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2017年7月31日 (月)

アキバで見た妄想の塊のフィギュアに理論物理学を連想した。銀座老舗中華料理店の横柄な対応。17年7月31日

曇り空の涼しい日が続く。
トイレの窓から吹き込む夜風が冷たくて心地よい。
明日から8月。虫の声に秋の気配を感じる。
荒川河川敷対岸遠く、川口の高層マンション群の夜景が美しい。


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浮間橋から見た積乱雲。

7月半ば、34度湿度94%サウナ状態の日に秋葉原へ出かけた。
猛烈な蒸し暑さの中、街は海外の若者たちで溢れていた。
オタクたちは海外も国内も差はない。
ポケモンのストラップを下げた根暗そうな白人少女が、ショーウインドウの美少年フィギュアを夢見るように見つめていた。

クレーンゲームをしていた綺麗な十代の女の子が巨大な子アザラシのぬいぐるみを落とした。よほど嬉しかったようで、たった一人の観客の私を彼女は振り向いた。
「すごいね。こんな大きなもの、よく落とせたね」
褒めると、彼女は弾けるように笑顔になった。
彼女の先では40代のアロハに半ズボンの男性が、大量の百円玉をじゃらつかせながら手慣れた感じでゲームをしていた。足元には景品が10個ほど詰まった買い物袋があった。それだけ落とすには、相当の投資をしたはずだ。

その後、中古フィギュア売買のビルに入った。
アキバにはその手のビルが各所にある。
どの店でも、海外の若者を大勢見かける。
若者の妄想の塊みたいな精緻なフィギアが幾万種と並んでいる光景は目眩を覚えるほどだ。
ビル3階場末のショウウィンドウに辿り着くと、そこには作家もののソフビ怪獣が置いてあった。それらは現代アートと見紛うほどの素晴らしい作品群だ。もし、資金をかけて4,5メートルほどの立体作品として発表すれば世界から注目されるだろう。

話は飛ぶが、発明家ドクター中松は発明した連射式パチンコ台だけで年間520億のロイヤルティーが入る。そのようなとんでもない金持ちが日本には大勢いる。しかし、彼らがアーティストを育てた話は耳にしたことがない。
今よりずっと貧しかった江戸時代の大衆や金持ちたちは、世界の美術史に残る、北斎、歌麿、蕭白、若冲の作家を育てた。もし現代の金持ちが、巨匠作品への投資をほんの僅か節約して、無名の彼らに投資すれば、歴史に残る作家が日本から輩出するはずだ。


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散歩コースの薄紅色の百日紅。
紅色が普通で、白、深紅も珍しくないが、薄紅色はこの一本だけだ。


フィギュアは二次元のアニメを立体化したものだ。
彼らの感覚は理論物理学を彷彿させる。
ある仮説では、我々の宇宙は本当は面に広がる2次元で、それがホログラムとして投影され立体化されたものを宇宙として我々は感じている。この仮説は、若者たちの二次元愛の妄想からフィギュアを生み出す思考に似ている。

ホログラフィー原理では、我々の属する大宇宙は、巨大なブラックホール表面の2次元データが内部に投影された3次元の幻影に過ぎないと考える。
ブラックホールの中身は3次元に詰まっているのではなく、ブラックホールの表面に2次元に広がっていると数学的に導き出されている。ちなみに3次元である宇宙では、2次元の世界は理論上のもので、どこにも存在しない。例えば極限まで薄いグラフェンであっても、炭素原子の厚みがある3次元である。

量子力学では、量子もつれによって結びつけられた二つの原子の情報共有は瞬時で、光より速いと地上実験で実証されている。その結果は光より早いものはないとする物理学に矛盾する。
仮説だが、量子もつれによって結びつけられた二つの原子が銀河系の両端に置かれていたとしても、片方の原子に刺激を与えると十万光年離れた片方の原子が同時に共振する。瞬時に10万光年の距離を無視して刺激が伝わるとは理解しがたい。しかし、宇宙を投影している基データが2次元上の一点にあるなら、量子の不思議な動きも、ワームホールも、ビックバンも、今の宇宙も、何となく納得できる。

大宇宙の姿は虹色の模様が流れるように揺れ動いているシャボン玉みたいなものと私は空想している。なぜなら、シャボン玉は石鹸水が2次元に広がったもので、数学的に推測されたブラックホールの形状と似ているからだ。その虹色に揺れ動く表面の一点が内部にホログラム投影された立体像の一つが我々の宇宙なのかもしれない。

老荘思想や仏教思想の本を毎日熟読している。
読み込むに従い、それらの思想と理論物理学がとても似ていると感じる。
それは大宇宙を司っている何かが共通しているからかもしれない。


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荒川土手を行く二人。


先日、郊外に住む友人に誘われて銀座へ行った。
彼は松坂屋跡地の新商業施設GINZA SIXを見たいと言う。
私は全く興味がないが渋々付き合った。

店内は巨大な吹き抜けに草間彌生の風船オブジェが下がっていたのが目新しいだけだ。入居している店舗はありきたりの今風で、彼にも私にもワクワク感は皆無だった。
退屈してGINZA SIXから裏道へ出ると老舗中華料理屋が目に止まった。
二人とも空腹だったので、吸い込まれるように入った。

受付の陰気な女性が慇懃無礼に「お呼びするまでお待ちください」と入り口の椅子をアゴで示した。
店内は老人ばかり8割ほどの入りだ。
案内された店内は、老舗の割に凡庸で安っぽい。
30年昔、同じ銀座にある本店によく行っていたが、もっと品良く立派だった。
注文を取りに来た中年女店員は横柄だったが、料理が美味ければ良いと気にしなかった。

運ばれた料理はどれも極めて量が少なく2,3口で終わった。
「この店はここだけですか」
記憶と違い過ぎる貧相な料理だったので女店員に聞いた。
「銀座にはたくさんありますよ」
女はそんなことも知らないのかと言った風に横柄に答えた。

グラスワインがカラになった頃、同じ店員が、今度は打って変わってにこやかにやってきて追加を要求した。
「いらない」
私は店員の顔も見ずに答えた。
愛想笑いができるのなら初めっから見せれば良いのに、と思った。

友人が支払いをした。
二人で22000円だ。
「コストパフォーマンスが極めて悪い店だな」
友人とつぶやきながら店を出た。

食べた全量は前菜ほどで、全く腹を満たしていなかった。
帰宅してから、用意しておいた夕飯を食べた。
自分の料理の方が数倍美味しいと思った。
食後、"くるなび"でその店を調べると星三つ半と甘い評価だ。
私の評価はせいぜい一つ半だった。
このような店は、昔を知っている食の細い老人と有名店崇拝の田舎者に支えられているのだろう。


昨日、イトーヨーカ堂の地下食品売り場で買い物ついでにアイスコーヒーを飲んだ。
110円と格安にもかかわらず、女店員は満面の笑顔で対応してくれた。
なんとなく、先日の銀座の老舗での対応を思い出して比較してしまった。


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画帳がなかったので手帳にスケッチした。

広い店内は空いていた。
斜め向かいの女子高生が、一心に勉強をしていた。
とても綺麗な頭が良さそうな子だった。


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Goof

Mas

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