« 幸せになるための、八つの心を強くする方法。17年8月23日 | トップページ | 北朝鮮の核ミサイル開発と米朝和平と金正恩王朝の命運は慰安婦問題に繋がる。17年9月5日 »

2017年8月30日 (水)

一日一善。菊池君と上野公園のネパールフェスティバルからアメ横へ。17年8月30日

27日日曜は早朝から浮間地区合同の防災訓練。
「無理しなくてもいいけど、すぐに終わるから良かったら出席してください」
町会役員の言葉を信じて、ほとんど寝ないまま気楽に出席した。

出席者はほとんどが老人。
大多数の女性たちはテントの日陰でお茶を飲みながらお喋りに夢中。
結局、力仕事は少数の男たちにしわ寄せされた。
リヤカーを使った救護、消火器に消防ポンプ、消火栓とホースの接続訓練、人工呼吸とAEDによる緊急救命、と延々と続いた。訓練行事後のテント解体と椅子の片付けから運搬まで働き詰だ。しかし、消火栓とAEDの使い方は役立ちそうだ。

お昼過ぎに帰宅して食事をして寝た。
午後3時半に目覚めると版画家の菊池君からショートメールが入っていた。
「3時15分-今、上野のボストン美術館展へ向かうところ」
すぐに電話すると菊池君は山手線鶯谷あたりの車中だった。
5時半に東京都美術館入口で待ち合わせることにした。


5時前に上野着。好天で気温は高いが乾いた風が爽やか。
上野公園口はなぜかサリー姿の女性があふれ、上野の森に鮮やかな原色が煌めいて不思議な感覚だった。

園内に入ると噴水広場の催し物スベースにネパールフェスティバルの看板。群衆に押されるように会場に入ると、囲むように並んだネパール料理の店から、むせ返るような香辛料の香り。群集の9割はネパールあたりからの人たちだった。
舞台では現地の歌や踊りが延々と続いていた。男女の演者のコケテッシュな仕草に会場は大爆笑し拍手喝采していた。多分、日本でのどじょうすくいや猥雑な夜神楽の類だろう。


M_9

ネーパールの祠。
この辺りで人並みが途切れ、時折、ネパール人が立ち止まり手を合わせていた。
来訪者の多くの若者たちは信仰より遊びや談笑に夢中だった。異国の人たちの表情には幸せ感と豊かさが溢れていて、日本はいい国だと思った。


M_12

会場を後にして、5時半に都美術館に着いた。
菊池君はまだ会場内なので、待つ間、入り口の球体の彫刻に自分を映して、股間に構えたカメラで撮影した。


ややあって出てきた菊池君と外へ出るとネパール人女性の4人組が記念撮影中だった。
「撮ってやろうか」
菊池君が声をかけた。
「日本人は本当に親切ね。大好き」
女性たちは陽気に対応した。
ネパールで1年過ごした友人の登山家の体験によると、ネパール女性は仕事もセックスも男から自立している。文化も民族もインドに近いが、男女の権利意識はまったく違う。
上野公園は美術館より現実風景が現代アートしていた。


M_11

菊池君の隣で私のカメラで撮った。
明快にインドのアーリア系とチベットのモンゴロイド系が交互に並んでいた。

お釈迦様はネパール南部のインドに近いあたりの王国の王子で王位継承者。
占い師の「出家して最高の聖人になる」との予言を聞いた王は驚愕して、出家しないように最高の贅沢と美しい妻を与えた。しかし、彼は偶然に城外の貧しい人や老人を見て悩み苦悩し、王位と妻子を捨てて出家した。「釈迦牟尼」は釈迦族の聖人との意味だ。


それからアメ横へ出た。
人並みは突然に中国系に変わった。
食い物屋や食品店に見入っている菊池君をしばしば置いてけぼりにして、何度も逸れそうになった。裏道の怪しげな露天では、東西雑多な人種が焼き鳥や海産物を肴に楽しそうにビールを飲んでいた。ぐるぐる裏道を巡り、空いていそうな居酒屋に入った。

五島列島から今朝直送された、ハタと真鯛とイサキの刺身盛り合わせが美味い。
ハタは九州ではアラと呼び名が替わる。アラは刺身でも煮物でも大変に美味しい魚だ。絢爛豪華な曳山で知られている唐津くんちでは、高価な巨大なアラの姿煮を来客に供するのを誇りにしている。今はどうか知らないが、昔の唐津くんちでは、通行人は誰でも通り沿いの民家に呼び入れられ、酒肴を大振る舞いされた。


M_10

生ビールでホロ酔いの私を菊池君が撮影。
支払いは菊池君が奢ってくれた。感謝。


翌28日は画材を買いに新宿へ出た。
駅の階段で大きなキャリーバックを下ろそうと悪戦苦闘している女性がいた。
大きな車輪がついているので一人でも大丈夫だろう、と思いながら振り返ると1段降りただけで動けないでいる。すぐに引っ返して「降ろしてあげる」と声をかけ、バックを右手に下げた。かなり重く20キロ近くある。これでは女性一人で降ろすのは危ない。先に降りて階段下で彼女を待った。


M_7


「ありがとうございます」
彼女はしきりに礼を言っていた。
私は先を急ぐので適当に聞き流して改札へ急いだ。
画材買いはワクワクするくらい楽しい。だから先を急いだ。普通だったら「旅行帰りですか」から始まって少し会話したはずだ。


M_8


駅近くのオカダヤでフランス製の布用絵の具を買った。
これは世界堂には置いてない。
それから、世界堂へ回りB4のハイユニを1ダース買った。
デッサンはB4であらかた描いて、仕上げは10Bの筆鉛筆を使う。
掲載した絵もそのように描いて、色味を茶コンテ風に変えた。

新宿も外人旅行客が多い。
歌舞伎町への通りは民族の大移動のように東西雑多な大群衆が流れていた。
新宿には青春の苦さがある。
しかし最近、老いたせいか新宿が少し楽しくなった。


29日は赤羽で散歩。
気温は上がったが、堪え難いほどではない。
途中の公園で休んでいると、顔見知りのイヌ好きが集まって芝生でドックランをさせていた。
この日常風景をぼんやり眺めている時間は楽しい。
風が強く、蚊が近づかないのも心地よい。
豊かではないが自由があれば、頭と体を使って、とても楽しく過ごせる。


M_4

散歩道の野生のヤマユリ。


病院通りに出ると酒屋入り口でTシャツにミニスカートの女子高生が立ち止まり困惑していた。
どうやら自動ドアが開かないようだ。
スタイルの良い子だが、上背があり体重が足りないとは思えない。
「開かないの」
声をかけるとコックリうなづいた。
彼女の足元に足を伸ばしてマットを強く踏むとすぐに開いた。
「ありがとうございます」
笑顔が可愛く弾けた。
近くで見ると20代の大人で高校生ではなかった。
この通りを往来する者は病院関係ばかりで、一般人の通行はほとんどない。
見舞帰りは何となく憂鬱な顔なのですぐにわかる。
どうやら、仕事を終えて私服になった病院の看護婦さんのようだ。

今日も一日一善を実行できて清々しかった。
予報では9月1日からは突然に秋めくようだ。
思い返すと、今年の夏も一瞬で過ぎてしまった。


NHKの「ひよっこ」はツイッギーのミニスカートが流行り始めた頃。
あの頃は突然に世の中がパッと明るくなった感じがした。
若者だけでなく、八百屋のおばちゃんまで、膝上スカートに変わってビックリした。
自分の時代と重なる「ひよっこ」は画面の一つ一つが懐かしい。


Ma_3

Ma_4

Ma_5

Goof

Mas

|

« 幸せになるための、八つの心を強くする方法。17年8月23日 | トップページ | 北朝鮮の核ミサイル開発と米朝和平と金正恩王朝の命運は慰安婦問題に繋がる。17年9月5日 »