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2018年3月28日 (水)

春爛漫、連日桜三昧。孤島で暮らす老いた母娘に孤独の概念を覆させられた。18年3月28日

あっという間に桜は満開となった。
今年は都内の桜の名所めぐりはやめた。
桜は北区の区の花で、いたるところ桜だらけだ。
花見はのんびり歩いて行ける範囲がいい。

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新河岸川沿の旧居の桜。
ここへ引っ越して来た頃は、幹の直径は15センチほどだったが、今は立派な成木に育った。写真を撮った場所は昔からの散歩コースだったので、この桜並木は植えられてすぐの幼木の頃から知っている。

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東京北医療センター庭の桜。
この桜も植えられてすぐの幼木の頃から知っている。

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上の桜の下で記念撮影。
100円ショップで買った小さなタコ足みたいな三脚を初めて使ってみた。
時折、風が吹くと桜がサーっと散る。
目の前のベンチ下には花弁がたくさん散っているが、ベンチ上には1枚もない。観察していると、ベンチ木材の2センチほどの隙間を風が吹き抜け、花弁も風とともに吸い込まれていた。花弁が吸い込まれる様子が面白くて、いつまでも眺めていた。

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枯れ始めた桜の古木を伐採した後に、今月半ばに植えられた幼木が開花した。
白く清楚で、初々しい。

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病院下の花見客。
この芝生に炬燵を持ち込み、気のあった友人たちと朝まで過ごしたら楽しいだろう。

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桜並木の弁当屋。
今年は夕暮れの桜の美しさに毎日感動している。
こちらから見て弁当屋の右隣は民間の老人施設で月に20万から40万の入居費がかかる。去年の9月に開業したが、まだ3割も埋まっていない。見上げると2階のロビーで年寄りが数人、会話を交わすでもなく、ぼんやりと花見をしていた。とても裕福な老人たちなのに寂しげだ。比べると母の晩年は貧乏なのに幸せだった。


最近、ワイドショーの音声が体に突き刺さるようにうるさくて、テレビを止めておく時間が長くなった。
昔、彫金職人をしていた頃は、仕事中はラジオだった。ラジオの音声はのんびりしていた。音楽の合間に、アナウンサーが地方の話題や、季節の風物詩を淡々と語っていた。最近、昭和が無性に懐かしい。今より活気があったのにも関わらず、せわしなさはなかった。そのように思うのは若かったからかもしれない。

4年前まで住んでいた公団住宅は環八に面していて常に車の轟音が聞こえたが、今の公営住宅は静かだ。広さは少し広くなったのに家賃は10万安い。しかも家賃は収入にスライドする。だから収入が0になれば家賃もタダ同然となる。不安定な生活を強いられている絵描きにはこれほどありがたいことはない。

今の民間賃貸では家賃が1日遅れても、保証会社からヤクザまがいの取り立てを受ける。そんな賃貸でも、60歳を過ぎると門前払いで、借りることさえできない。それほどに恵まれているのに、公営住宅へ入居当時は慣れず、いつか収入を増やして元の生活に戻りたいと思っていた。

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緑道公園のボケの花。
日本人が珍重する珊瑚のボケ色はこの花が語源だ。

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カリンの花。
秋になれば完熟した沢山の実が下の芝生に落ちる。
それでカリンジャムを作るととても美味い。


この1年近く、本業から離れて、IT関係の新提案に熱中して来た。
企業コンペに応募して専門家たちと競争して勝ち残るが、最終で負けるパターンを繰り返している。さすがに最近は負け癖に虚しさを感じ始めた。だから、時たま金になる実業をすると僅かな収入でも仕事をした満足感がある。
思い返すと失敗ばかりの人生だ。
しかし、後悔したら本物の失敗になるので、後悔をしたことはない。


最近、心にズシンと残った番組があった。
チャンネルを適当に変えていると、偶然、一軒家を尋ねる番組にぶつかった。
いきなりなので正確ではないが、場所は五島列島の離れ島だ。
そこに99歳の母親と70歳の娘だけが住んでいた。

他の住人は野良猫だけで、町営定期船が週に1往復だけ運行している。
今は一軒家だけだが、以前は200戸の家族が住み、商店も3軒あって、半農半漁の豊かな島だった。祭りは夜店が出るほど賑わったと言う。
おばあさんの夫は60代で亡くなっている。彼女が23歳で島に嫁に来てから、夫から毎日飽きるほど伊勢海老を食べさせられたと、楽しそうに話していた。

こたつで寝ていた99歳のおばあさんは見た目は老いていた。
しかし、起き上がって受け答えをすると、別人のようにしっかりしていた。
スタッフが「寂しくありませんか」と問うと「少しも寂しくはない。夏が来て草むしりをするのが楽しみ」と、九州訛りで話した。
訛りが母や祖母と似ていて懐かしかった。
70歳の娘も幸せそうで肌つやはよく、もし服装を洒落た都会風に変えたら良家の奥様に見えそうな整った顔立ちだった。

賑わいを失った孤島での生活が寂しくないとは、孤独の概念を覆させるほどの驚きだった。
気のあった娘との二人暮らしと、健康に恵まれ、美しい自然の中で変わることがない生活が、そうさせているのかもしれない。孤島で母娘二人だけの生活であっても、夢と現実が合致していれば幸せを感じることができるのだろう。

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荒川河川敷の山桜。
左手は荒川土手の北斜面。
南斜面より遅れて、いたるところ土筆が伸びている。
遠目には地味だが、近づくととても清楚で美しい。下写真。

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山桜のアップ。
新芽を摘んで口に含むと、桜餅のような爽やかなほろ苦さとクマリンの香りが口中に広がった。

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山桜を背景にオニグルミの新芽。
秩父から流れ着いた野生のくるみが根付いたもの。
荒川河川敷は実生の山桜と同じくらい多い。

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荒川土手へ伸びる満開のしだれ桜の並木。
青空へ消える道は田舎育ちにはとても懐かしい。

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Goof

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