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2018年4月18日 (水)

貧富に関係なく、現代人は様々な孤独と戦っていた。18年4月18日

文書ソフトJedit X をJedit Ω proにバージョンアップさせた。今までのバージョンは文字入力すると、通常は平仮名表記の言葉まで不自然に漢字変換する癖があり平仮名へ戻すのが大変だった。それはバージョンアップでやや修正された。

バージョンアップすると旧文書ファイルを新ソフト対応に変更する必要がある。その作業をしながら、ついつい昔の日記を読んでしまった。それは大掃除の時に畳の下に敷いた古新聞に読み耽る心境と似ている。その中で13年前の2005年6月19日の日記が目にとまった。

その頃、母は肝臓ガン手術が成功して体調は安定していた。母を自然公園へリハビリに連れて行った帰り、桐が丘団地を抜けることがあった。その道で車椅子を押す親子によく出会った。車椅子に乗っているのは交通事故で重度の障害を負った息子だった。大柄な息子を小柄な70歳ほどの母親が押すのは大変そうだったが、暑い日も休まず施設へ連れて行っていると彼女は話していた。

三十代後半の息子の頭には半分を縦断する大きな手術跡があった。それは十年前の交通事故の跡で、生死を彷徨いなが奇跡的に助かった。彼女は今も、事故の知らせがあった午後3時になると胸が苦し苦なると話していた。彼女の人生はその一瞬から激変し、夢見ていた息子夫婦と孫達に囲まれた穏やかな老後を完全に失ってしまった。

それから数年後、親子とはまったく出会わなくなった。元気なら母親は80代中ば、息子は50代前半だ。13年の年月は一瞬で過ぎてしまう。過ぎてしまった年月に隔たりを感じないのは、人は時間の幅を記憶できないからだ。時間の幅は記憶を時系列に遡ることでしか認識できない。そして今現在もまた一瞬も休むことなく過去に取り込まれ、人は今現在を認識することができない。今現在は理論的に存在するだけで、人はそれもまた認識できない。

現代宇宙論の一つに、宇宙はシャボン玉の表面のような二次元で、我々が感じる宇宙はシャボン玉中のような空間に二次元の情報が映し出された幻覚である、との考えがある。人が認識している現実も同じように、脳の記憶域に収まった情報をホログラムのように脳内に立体化して認識しているにすぎない。


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雨上がりの河川敷ゴルフ場。

世の中には、豊かな人、貧しい人、才能がある人、権力者、不幸な人と様々いる。
それらの違いは、過去の積み重ねによって生まれる。
未来は過去からの因果関係で形作られることは間違いないが、それは不確実なものだ。
それを痛烈に感じたのは、阪神大震災と三陸大津波の時だった。
地震が起きる寸前まで平和な日常が流れていたのに、被災後に多くの人が命や大切な人を失って不幸のどん底へ落とされてしまった。


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東京北医療センター下の公園。

荘子の名言に「不測に立ちて無有に遊ぶ」がある。
意味は・・・明日のことは考えたり計画したりせず、今起きていることに対して受け身に素直に従えば、生き生きとした人生を送ることができる。未来を予測したり、その結果を他と比べてはならない。悪い結果を否定してしまうのは、他と比較して劣っていると思うからだ。未来も同じで、他と比較することで、結果や運命は良くなったり悪くなったり不安定に揺れ動く。

命は不安定でいつ失うか分からないし、最終的に誰もが失うものだ。どのような権力者でも、惨めな貧乏人と同じように最後に死が訪れる。不幸な人は死を受け入れる能力が優れていて、権力者たちより穏やかに受け入れてしまう。ガン宣告を受けてうろたえ「いくら金がかかっても良いから治して欲しい」と医師に虚しく懇願するのは権力者たちだ。今、世界で一番命が不安定で、不安に苛まれている権力者は北の将軍様だろう。

 人生は死への前奏曲である リスト


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ベンチから顔を出しているハルジオン。
人気のあるベンチだが、いつもハルジオンは無傷でいる。
みんなが気をつけて腰掛けてくれるからだろう。


息子をリハビリに連れて行く母親に出会った頃、毎日のように自然公園に心を病んだ40代ほどの息子の手を引いて散歩に来る70代ほどの老夫婦がいた。
老親はいずれ障害を持つ息子を残して、先に逝かねばならない。13年を経て、あの老夫婦のどちらかが逝ってしまったかもしれない。しかし、障害者を大切にする体制はできていて、健常者よりケアをしっかり受けて穏やかな生活を送ることができる。孤独による自殺のほとんどは、ケアシステムの外に放置された健常者たちが占めている。


孤独に関して、先週の「世界の哲学者に人生相談・孤独を抜け出るには」は面白かった。
ゲストの石井竜也氏は借金地獄に陥った時の孤独体験を涙ながらに語っていた。
番組中で哲学者が考えた「孤独から抜け出す秘けつ」はユニークで説得力があった。
リトアニア、カウナス出身のユダヤ人、レヴィナスは親兄弟をナチスに虐殺される壮絶な体験をした。その結果、彼は極度の孤独に晒され、人の顔がのっぺらぼうに感じられることに苦しんだ。
彼はその解決方法を必死に考え、ある簡単な方法を思いついた。それは知らない人の顔を60秒眺めるだけの方法だ。ただそれだけで知らない相手の人間性が見え、孤独感から解放される、というものだった。

この「世界の哲学者に人生相談」は哲学の面白さを伝える好番組だ。
司会の高田純次は、いつものいい加減さに崩れてしまいそうで崩れない。
ゲストの芸人や歌手やタレントたちが熱くなって熱弁を振るうのも新鮮だ。

その翌日に偶然見た、「ドキュランドへようこそ!クラシック界の貴公子シエム」も良かった。
番組の出だしに、イタリアあたりの観光地の町にふらりと半ズボンのラフな青年が現れる。青年はポルシェの販売店に入ってすぐに真っ赤なポルシェを買い、海沿いの険しい道へドライブにでる。

それがヴァイオリンの才能に恵まれ、貴公子のような容姿で世界の女性立ちをとりこにしているシエムだった。資産家の家庭に生まれ、華麗な学歴。すべてを手にしているように見えるシエムは「実は孤独とたたかっている」と告白していた。信じられないが、彼は6年前に恋人と別れてから一人のままだ。ここにもまた孤独な者がいた。

番組背景のヨーロッパの文化は重厚だった。
対して上海公演では文化のかけらも感じなかった。
演奏会の前振りで、バニーちゃん姿の黒づくめの女たちと、シルクハットの黒服の男たちが下手なダンスをしていたのが時代遅れのセンスで、見ていて恥ずかしくなった。
シエムの歓迎パーティーの出席者たちが黒ずくめなのも、服装を自由にさせたら趣味の悪さが露呈するので主催者が黒服指定にしたのだろう。

最近、中華文化を捨ててしまったことを嘆く中国人が多い。
それはこのような情景を言っているのだろう。
中国人が伝統文化を維持していると褒める日本なら、華やかな着物姿や、自由奔放なドレス姿、会場のいたるところに華麗な生け花が飾ってあったりして、ヨーロッパとは異質の個性を演出したはずだ。シエム自身も上海はつまらなかったようで、街を出歩くことなく、ホテルにこもりっきりで、終始、不機嫌だった。


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昨日の寒い雨の中。
東京北医療センターへの見舞い帰りらしい二家族。

ヒーローになりきっている7,8歳の男の子たち。
花模様の傘で楽しそうに相合傘をしている女の子二人。
どれも、とても可愛かった。


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Goof

Mas

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