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2018年6月 3日 (日)

埼京線のちょい悪日系老人二人に、介護施設の死を待つだけの老人に、104歳の自死、老い三題。18年6月3日

荒川土手の階段を下っていると、カップルとすれ違った。男性は日本人、女性は北欧系のグラマーなブロンド。彼女は満面の笑顔で幸せそうだった。下り終えて振り返ると、二人は土手上に立ち、広大な荒川河川敷を眺めていた。二人の後ろ姿に幸福感が満ちていた。

二人を眺めながら、先日のEテレ「世界の哲学者に人生相談」の中で紹介されたフランスの元高校教師の哲学者アランの言葉を思い出した。
「幸福は他人に対しても義務である。なぜなら、幸福は人に伝染するからだ」
若い頃は幸せなカップルに対しての羨望があり、素直に幸せにはなれなかった。しかし、老いた今は違う。アランの言葉のように、自分にも幸せが伝わって来て心地良かった。


中国の天安門事件の頃、自由と豊かさに憧れて日本に移住した中国人の後悔についての記事を読んだ。
今、彼らの多くは日本国籍を取り、日本人として安定した生活を送っている。しかし、本国の大発展と同窓生の大出世を見ると取り残されたようで、心中穏やではない。もしあの時、我慢して留まっていたら、彼ら同様に豊かさを謳歌できたのにと後悔しているようだ。元来、拝金主義の中国人には日本の安全で静かな生活は物足りず、騒々しく弱肉強食の母国の方が魅力的なのだろう。だからか、彼らの多くは子供たちを欧米に留学をさせ、そのままその地へ移住することを薦めている。
日本人にも海外の安い生活費や、豊かな自然、一攫千金に憧れ、移住する者は多くいる。しかし、日本国籍まで捨てる者は稀だ。だから、中国系日本人の後悔に日本人の多くは共感できない。

私見だが、中国は地方と中央の大きな格差を是正する前に、日本以上の急激な少子高齢化によって今の好調な経済は激変する。それは今の中国の子供たちが大人になる頃に起きるだろう。中国の富裕層を相手に商売をしている友人から聞いた話だが、中国人の子供たちは甘やかされて育ち依頼心が強く、日本人の子供たちよりひ弱だ。

振り返るとバブル期の日本人たちも今の中国人たちのように豊かさを謳歌し、さらに豊かな未来を夢見ていた。栄枯盛衰は世の習いだ。歴史上、繁栄を長く維持できた国は一つも存在しない。

老子の言葉に「足るを知る」がある。
「十分に持っているものには気づかず、足りないものばかり気になって、自らを不幸にしてしまう」との意味だ。

自分の選んだ人生を後悔するのは最大の不幸だ。
若者たちは健康と未来の可能性に溢れているのに、自らは気づかず、足りないものばか論えて不満を言う。それらは老いて初めて気がつくことだ。先の中国系日本人たちも、綺麗な空気、安全な食物、健康保険で受診できる信頼できる医療、穏やかな人情、それらは当たり前になってしまい、物足りない資産や社会地位ばかり気になるのだろう。


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先日、池袋へ向かう埼京線に大らかな顔つきの日に焼けた逞しい老人が二人乗っていた。二人は物珍しそうに過ぎ行く車窓風景を眺めていた。時折聞こえる会話から、南米移民二世の日系人のようだった。九州の郷里にも同じような雰囲気の逞しく日焼けした老漁師たちがいた。電車の二人との違いは、大らかさに日本人特有の実直さが加わっていたことだ。

電車の二人は遊び好きのちょい悪の雰囲気もあって魅力があった。そのような老人を見ると、エトランゼとなって南米辺りの辺境をさまよいたくなる。
池袋で二人の老人とともに下車した。ホームには彼らの孫らしいラテン系の綺麗な女性たちが待っていて、陽気に再会を喜んでいた。


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ガクアジサイが咲き始めた。
いつの間にか梅雨の季節になっていた。


時折、東京医療センター入り口のベンチで休む。
道路を隔てて高級介護施設がある。基本利用料は月に20万〜40万。それに様々雑費が加わるので、高額年金生活者しか入居は無理だ。施設は完成してから10ケ月が過ぎたがまだ半分ほどしか埋まっていない。運営は厳しそうだ。

ベンチからは各階の談話室が見える。夕暮れ、夕食を終えた入居者たちがそこで互いに会話するでもなく佇んでいる。彼らの1番の楽しみは家族や知人の訪問だが、その望みが満たされる入居者は少ない。そうやって3年か4年過ぎれば体力が低下し、老人専門病院へ転院して死を迎えることになる。老人の幸不幸は財力以上に体力が大きく関わる。


先日記した、安楽死目的でスイスへ旅立った104歳のオーストラリア人科学者グドール氏はフランスのボルドーで暮らす親せきを訪ねた後、スイスに戻った。そして、地元の報道陣に「50歳か60歳になった時点で、当人が、このまま生きるか死ぬか自由に選択できるようにすべきだ」と訴えた。
その数日後、グドール氏はバーゼルのクリニックで致死量の麻酔薬を投与され、ベートーベンの「第9」を聴きながら、息を引き取った。ちなみにスイスでは、2015年に約1000人が安楽死を選んだ。

素晴らしい人生を送り、オーストラリア最高齢の104歳の長寿に恵まれながら、最期に自死を選んことは衝撃だった。老子は天に為されるがままに生きよと言った。最後に苦痛が待っていたとしても、死は受け身に受け入れなければならない厳粛な事実だ。

どのような最期を迎えるかは極めて個人的なものだ。法によって強制できることではない。去年暮れ、西部邁氏は友人たちの手を借りて自死を選んだ。手を貸した友人たちは自殺ほう助罪で罰せられるが、執行猶予付きの比較的軽い刑になるだろう。

西部邁氏の気持ちは大変よく理解できる。しかし私は、自分の死は自然に任せようと思っている。だから、延命措置は拒否するし自殺も選ばない。もし体力が残っているなら、いつものように絵を描いて、最後まで仕事をしていたい。
誰かに頼って生きようとは望んでいない。
できることなら、野生動物のように一生を終えたい。

「老いたら明日のことは考えてはならない」
最近気付いたことだ。
自分の死後に残された家族や、自分のいない世界のことは考えてはならない。
死を躊躇する気持ちは、そのような未来に囚われることから生まれる。
最後の最後まで、今生きていることを不満なく淡々と受け入れ、どんなに些細なことでも楽しむことだ。更に付け加えるなら、老いたら後悔も反省も、嫌な者と付き合う必要もない。
後悔したり、先のことを心配したり、嫌な者と付き合ったりすれば大切な今の時間を無駄にしてしまう。


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いつもの公園のベンチにて。

いつもの公園の木立を抜ける時、頭すれすれにカラスから4度襲われた。通路脇に営巣を始めたようだ。
少し行くと40前後の女性とすれ違った。カラスに襲われた道は樹木に覆われ薄暗くて通る人は少ない。その人は違う道にそれるだろうと思い、カラスのことは話さなかった。

ベンチで休んでいると、カラスの騒がしい声が聞こえ、ややあって先ほどの女性が引き返してきた。
「カラスに襲われましたか」
声をかけると女性は「とても怖かったです」と笑顔になった。
その笑顔が好きな女優に似ている思った。しかし、どうしても名前を思い出せない。帰り道、延々と考え続け、やっと夏川結衣の名を思い出した。最近、とてもよく知っている名前が思い出せなくなった。


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Goof

Mas

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