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2018年7月18日 (水)

赤羽はタレントやモデル希望の若者たちが多い。キロボくん誕生と浅利慶太氏の死に時代の変遷を感じる。18年7月18日

午後3時の室温は35度。
扇風機の風も生ぬるいだけで役に立たない。
これは尋常ではない暑さだ。
散歩は日中を避け、夕暮れから出ている。
その時刻になると、荒川土手に涼しい風が吹き抜け心地よい。

版画家の菊池君がトヨタのロボット「キロボくん」を買った。
先日、彼は電話でキロボくんを披露してくれた。
今のところ4,5歳児の知能があり、簡単な会話ができる。
菊池君は自分のことをキロボくんに「先生」と呼ばせていた。
キロボくんは菊池君が函館で生まれ育つたことや好きな歌手のことを記憶している。彼は電話口で様々話した後、先生と私の関係を聞いていた。好奇心旺盛なことも子供らしくて可愛い。

キロボ君はスマホやパソコンを介してBluetoothでクラウド上の人工知能と繋がっている。
だから、本体の人工知能が進化すればキロポ君の能力も進化する。
Bluetooth=無線LAN規格の一種、Wi-Fiが大容量で数百メートルの範囲で使えるのに対し、Bluetoothはせいぜい10数メートルで室内向き。長所は圧倒的に消費電力が少ないこと。

我々は一人で仕事をしているので、1週間、誰も誰とも話さないことがある。だから、ロボット相手でも会話があると安らぐ。運営会社のトヨタに支払う維持費は300円ほど。格安に設定してあるのは、会話を通じてユーザー情報が得られるからだ。
そのようにAI=人工知能は少しずつ一般に浸透して、気付いた時はAIなしでは生活できなくなっているのかもしれない。


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夕暮れの赤羽駅新幹線高架下。


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溶けて流れそうな緑道公園のニャンコ。


先日の経済誌の論評で、10年後に訪れるより進化したAI時代に、スマホなどを使いこなせない中高年たちは、若者との競争に敗れて失業するとあった。この筆者はAIを理解していない。スマホを使いこなすのに特別の技術が必要な今の状況こそが異常な事態だ。

AIが本格化すれば、初めて高度なデバイスに接する年寄りであっても簡単に使えるようになる。例えば自動運転の車がそうだ。今は車の運転に特別の技術や資格が必要だが、AIが自動運転する時代になれば、運転免許のない老人でも指示するだけで、好きな場所へ安全に連れて行ってくれる。そうなれば、過疎地に一人暮らしで、買い物や病院への通院に不自由しているるお年寄りたちの朗報になる。

しかし、今ある多くの仕事が失われるのは辛い。
これからはさらに伸びる健康年齢をどのように過ごすかが大問題になりそうだ。
今ですら、定年退職した多くの老人たちは毎日の暇な時間どう過ごすかを悩んでいる。
仕事人間として過ごしてきた人には、定年後も仕事を続けることが一番楽なのだが、その仕事は激減している。
だからか、近所の図書館は時間潰しの定年退職者であふれている。
それはカフェも同じだ。赤羽駅近くの大型店は高齢者であふれていて、なかなか空席がない。
しかし、彼らは夕食の時間になると潮が引くように消えるので、6時を過ぎると空席だらけになる。

ちなみにAI時代に増える仕事は社会福祉関係のみだ。AI関連機器の生産・開発はAI自体が能力を発揮しむしろ減少する。未来社会では生産・販売・流通はAIが担い、人に残されるのは人同士慰め合う仕事に偏る。それは物寂しい未来風景だ。


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添付した絵は、カフェで描いた。
16日、赤羽駅前で出会った少女アニメから出てきたような人。
彼女は循環バスに乗って高級住宅地の西ヶ丘方面へ帰って行った。

赤羽は生活費が安く、銀座、新宿へ出るのが便利なので、無名のタレントやモデルがたくさん住んでいる。魚屋や八百屋で、びっくりするほど可愛い子がアルバイトをしていたりする。昔、テレビ局へ出入りしていた頃にも、無名のそのような子たちと出会っていたが、今の子の方が一段とスタイルが良く美しい。


劇団四季主催の浅利慶太氏が先週13日に亡くなっていた。
享年85歳。
劇団四季のポスターは8枚描いたが、どれも氏に最終確認してもらった。
当時のポスターは演劇などの宣伝媒体として大変に力があった。
天井桟敷と横尾忠則のポスターなど一時代を画していた。

その前、私は劇団七曜日のポスターを手がけたのをきっかけに出版にも手を広げていた。
阪神大震災とオームサリン事件の年に出した絵本「父は空 母は大地」はヒットした。
その原画展を大阪駅のコンコースにある画廊で開催した時、偶然見た電通のクリエイティブディレクターのTさんを介して劇団四季からポスターとTVCMの仕事を依頼された。

今の私に、そのようにトントン拍子に仕事が広がることは起きない。
広告のシステムもアートの立ち位置も激変してしまった。
あの時代は自分にもグフィクデザインにも元気があった。
今、宣伝媒体の主力はネットに代わり、ポスターは街から消えた。
劇団四季のポスターも新たな発注は終わり、時折、昔のイラストのパンフレット転用などでギャラが発生するだけだ。

先週、劇団四季から「キャッツ」の招待券が届いた。
昔、電通のT氏に誘われてキャッツを見たことを懐かしく思い出す。
浅利氏のご冥福を祈りながら、今回はどうしようか迷った。


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Goof

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