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2018年9月16日 (日)

無欲で誠実な人に天は幸せを与える。18年9月16日

土曜は友人と上野のアメ横へ行った。
関空の台風罹災や北海道地震の影響で訪日旅行者が減少しアメ横は空いていた。いつもは大混雑で通り抜けが難しいアメ横センター前も、今日はスイスイと抜けられた。

いつものように"とんかつ山家"でヒレカツを肴にビールを飲み、そのあと上野駅前の椿屋珈琲店に入った。
友人としばらく話していると隣のテーブルに30代の女性と上司らしき男性が席についた。
男はガサツで怒鳴るように自慢話をするのがとてもうるさい。彼女の方は居心地が悪そうで早く帰りたい様子だ。男は明らかにデートのつもりだが、彼女は渋々付き合っているようだ。そのような不毛な関係を見せられると気分が滅入る。

彼がトイレへ席を離れた時、彼女は手持ちのお金をしばらく調べていた。彼女が口にしていたコーヒーとケーキは合わせると2000円を超える。彼女は割り勘にしたいが、手持ちのお金が足りないようだ。結局、彼女は男性が勘定を済ませるのを後ろで黙って見ていた。
二人がいなくなって静かになり、私たちは安堵した。


洪自誠著・菜根譚前集91

貞士は福を徼(もと)むるに心無し。
天、即ち無心の処に就きてその衷(ちゅう)を牖(ひら)く。
嶮人(けんじん)は禍いを避くるに意を着く。
天、即ち着意の中に就きてその魄(はく)を奪う。
見るべし、天の機権の最も神なるを。
人の智巧は何の益あらんことを。

次のような意味だ。
「貞節な人は無理に幸せを得ようとしない。
だが、天はその無欲な姿勢に感じて、幸せを与えてくれる。
心のねじけた人は小細工を弄して災禍を避け幸せを得ようとする。
だが、天はその作為を嫌って、災いを与える。
そのように、天のはたらきは高遠で、人の小細工などなんの役にも立たないことがわかる」
洪自誠の言う「天」は「世間」に置き換えると現代人でも納得しやすい。

洪自誠は明代末の人で、「菜根譚」は16〜17世紀に書かれた処世訓の最高傑作と言われている。
著者は老荘思想から仏教道教に造詣が深かったが、「菜根譚」は極度に宗教的・哲学的ではなく自己啓発の側面が大きい。

私は去年の夏から1年近く、様々なテーマに挑戦しては、ことごとく敗退し、結局生活に窮してしまった。その時、脳裏をよぎったのがこの言葉だった。
「なるほど、あまりに強く成功を望んだために、神様が苦難を与えたのか」と納得した。
以来、心がけを改め、つまらない仕事でも、どんなに安い仕事でも来るものは受けることにした。中には1日働いて1000円にしかならない仕事もあったが、喜んで受けて誠実に働いた。
そのような実入りのない仕事を続けて行くうちに運が上向き、絵が売れて大きな仕事が舞い込むようになった。

世の中の運気が低迷している人は愚痴が多かったり根暗だったりする。
対して、人当たりがよく、いつも明るい人は幸せに恵まれる。

40年昔、赤羽の洋品店で5000円を無くしたことがある。
その時、ポケットには5000円札が1枚しかなかった。その金で3000円ほどのズボンを買おうとレジ係に5000円札を渡した。
レジ係は5000円札をレジにしまってから、まだお金は受け取っていないと言った。
「1枚しかない5000円札を渡したことを間違えるわけがない」と言い張ると、奥から店主が出て来た。
「自分も見ていたが、あんたは金を出さなかった」と言い張った。
店の奥から私の手元が見えるはずはなかったが、結局泣き寝入りをさせられた。
その店はそれから1年足らずで閉店した。
策を労して5000円をせしめるような不誠実さが商売を傾けさせたのだろう。
当時の5000円は今の1万以上の貨幣価値があった。


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9月2日、友人の作品展を見に銀座へ行った帰り、歩行者天国で見かけた人。
アフリカ系の女性で巨大な胸は見かけたことがあるが、日本人でこれほど大きな胸は珍しい。


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彼岸花が開花した。
彼岸花はなぜか縦横斜め、1列になって生える。
土手に登る坂道では手すりから1メートルほどの位置に、人が植えたように等間隔で1列に生えている。


M_1

仕事が忙しくなると、不意に海が見たくなる。
それで11日火曜日に横浜へ行った。
山下公園から海を眺めながらiPodのどの曲がぴったりするか試した。
横浜の風景は女性歌手のアンニュイなJohnny GuitarとSummertimeがとても似合っていた。

公園のベンチでぼんやりしながら、通り過ぎる人を眺めていた。
横浜の女子高生は小生意気で可愛い。
対して赤羽は、ちょっと田舎っぽくて可愛い。
昔の山下公園はアベックばかりだったが、今は一人で来ている人が増えた。
日本社会が成熟したからかもしれない。

インスタグラムやFacebookなどのSNSで、多くの人とでつながっているのに孤独”を感じる若者が増えている。理由は、SNSで"友だち"の豊かな暮らしを見て劣等感を抱くからだ。SNSは現代人の孤独を癒すために生まれたのに、逆につながりの薄さを見せつけられてしまう。互いに虚飾に走らず、本音を語れば良いのだが、正直に話すと却って炎上したりする。SNSは数多くある人付き合いの一つと割り切り、それのみに重きを置かないことが肝要なのかもしれない。

そのようなことから、最近「SNS疲れ」を耳にする。
その反動でスマホをやめガラケーに乗り換える人が増加しているようだ。街中や電車中でも、うつむいてスマホに熱中している人が以前より減った。ちなみに私はiPadは持っているがスマホはない。スマホは年寄りには字が小さすぎるし、出先で作品を見せるには画面が小さすぎる。


「コバエがホイホイ」を衝動買いしてゴミ箱のそばに置いた。絶えず確認しているが、3日目の今も一匹も捕れていない。

我が家で見かけるのはショウジョウバエではなく黒っぽいノミバエだ。
ショウジョウバエは果物やぬか床の酵母を餌にしていて病原菌を運ばない。
それどころか遺伝子研究で人の役に立っている。
対してノミバエは雑食で傷んだ肉などに発生し、不潔だ。

私の仕事部屋にはハエトリグモがいる。
デイスプレーのカーソルを追いかける仕草が猫みたいでとても可愛い。何を餌にしているのだろうと心配していたが、どうやらコバエを捕って暮らしているようだ。だから、コバエを壊滅させるのはまずいかもしれない。

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15日に樹木希林さんが死去。享年75歳。
彼女は私よりピッタリ2歳年上だった。
年の近い人の死は心に響く。
「死ぬときぐらい好きにさせてよ」の言葉が彼女の終末期全てを表現している。
ご冥福を祈る。


Ma_3

Ma_4

Ma_5

Goof

Mas

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