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2018年10月 1日 (月)

無為に生きて終わるのが一番楽な死に方。未明に台風24号は北へ去った。18年10月1日

 昨夜9時過ぎに台風24号の強風圏に入った。
予報では瞬間風速50メートルと言っていたので、ベランダの植木鉢を風の当たらない場所へ移動させた。

深夜、台風は最接近したが、先の21号の時より風雨はひどくなかった。
ただし、生暖かい南風が猛烈な湿気を運んできて、トイレ・浴室の床壁は結露しビショビショに濡れてしまった。風の音がうるさいのでレンドルミンを飲んで寝た。

 翌10月1日は台風一過の晴天だった。
最高気温は32度に達し、朝洗った洗濯物は昼前に乾いた。
 "洗濯と言えば、アリエールCMの主婦役・西山真以さんが実に可愛い"

 南九州の漁師町に住んでいる頃、台風の後に被害調査をするのが子供たちの楽しみだった。海岸へ行くと珍しい貝や魚がたくさん打ち上げられていた。砂浜は波でさらわれ、3分の1に縮小していたがすぐに回復した。そのような昔のことを思い出しながら散歩をしていると、病院下公園の榎の巨木が根元から倒れていた。人と比べ、樹木は実に見事な最期を迎えるものだ。


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 台風前の夕暮れの荒川。風はほとんどなく雨も弱い。

散歩しているとキンモクセイが香った。
この花の香りには秋霖の記憶に重なり、1年の終わりを感じる。


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 2年前の円覚寺の金木犀。
その年の9月末に鎌倉円覚寺を訪れた。
境内には金木犀が香り、静かで心地よかった。

 最近、無性に鎌倉を訪ねたいと思っている。
お寺は心を癒すように作られているからだろう。
人生の終わりが近づくと、様々なことを振り返ってしまう。
私は一人でどう生きるかばかりを考えて来た。
先日、友人と飲んだ時「お前の生き方に潔さを感じる」と彼は話した。
無我夢中に生きてきただけだが、知らぬ間に孤独を楽しむ術を身につけていたようだ。

 東洋哲学では中庸を最上の生き方とする。
中庸とは、幸不幸がバランスよくある状態で、そうあることで人生は充実する。
不幸ばかりの人生が辛いことはわかりきっているが、幸せばかりでも人生は危うくなる。
幸せに満ち溢れた状態を東洋思想では「盈満(えいまん)の咎(とが)め」と言う。
良い出来事でも満ち溢れると、わずかな刺激でその器は壊れて災いを招く、と言った意味だ。

 70歳を超えた時に、嫌なことはしない、嫌な者とは付き合わないと決めた。
若い頃は、ものの良し悪しが分からなかったので、いろんな人と付き合ってみた。そうしてみると、感じが悪い人が付き合ってみたらとても誠実な人だったり、評判の良い人が利己主義で冷たい俗物だったりした。だから、様々な人と付き合うことに大きな意味があった。

今は経験を重ね、概ね人を見分ける力がついた。
だから若い頃のように誰とでも付き合う必要はない。

両親と祖母の介護から、老人は今日元気でも明日どうなるかわからないことを学んだ。
だから、元気で過ごせる今日1日はかけがえのないとても大切な時間だ。そのように貴重な日々を無駄遣に使うことはできない。それで嫌なことはせず、嫌な者とは付き合わないと決めた。


 今、空前の健康ブームだ。
先日、カニカマが体に良いと健康番組で取り上げたら、それからしばらく店頭からカニカマが消えた。死生観もブームで、樹木希林が残した「死ぬときぐらい好きにさせてよ」も話題になった。

昔は死を語ることはタブーだった。
先の大戦において、生死を軽んじたことへの反動なのかもしれない。
しかし、反動は行きすぎて、学校教育では死を語ることが禁じられ、肉親との死別の場からも子供たちは遠ざけられた。

 今はその束縛から解かれ、死が自由に語られるようになった。
死を意識することで生きている楽しさを謳歌できる。
それは昔から、多くの哲学者や思想家たちが説いてきたことだ。
哲学の専門家が、哲学とは生死を考える学問だと話していた。

それでも「死は自分には関係ない。百まで生きてみせる」と息巻く元気おじさんや、元気おばさんが多い。元気だと錯覚することで、死を遠ざけたような気分になるからだろう。
どのように捉えようと、死は最大の恐怖であることに変わりはない。誰にとっても死は未知の出来事で、真剣に考えれば考えるほど不安に苛まれる。他人の死の説明は簡単だが、自分の死を正確に理解することはとても難しい。
どのように生きようと、死をどのように考えようと、老若男女誰にでも死は確実に訪れる厳粛な事実だ。死について考えることを続けようとやめようと、健康に生きる努力を続けようとやめようと、確実に死神があの世へ連れて行ってくれる。それが現実なら、無為になされるがままに自然に生きて死を迎えるのが一番楽な生き方なのかもしれない。

 昔の人は死は解明できないと分かっていたので宗教を考えた。
どう努力しても理解できないことは、神様に任せてしまうのが一番合理的だ。
昔は看取り専門の僧侶がいて、御釈迦様の画像から伸びた五色の紐を死に行く人に握らせて、来世の幸せを説いて死の恐怖を和らげてくれた。そのような仕組みを持たない現代人は、死に関しては不幸だと思っている。

 先に書いた友人は頭を打って頭蓋内に出血し、これ以上ない激痛を味わった。医師は治療を諦め、家族も死を覚悟した。しかし、彼が臨死状態に陥った時、激痛は消えて経験したことのない爽やかさを感じた。そのあと彼は奇跡的に生還して、その経緯を話してくれた。

 以前、医師から、高齢になって認知症になって死ぬのは神が与えてくれた救いだと聞いたことがある。死への恐怖は頭が明晰な若い人ほど強い。
私は在宅で両親と祖母を看取ったが、三人とも死の前に夢現の臨死状態が続いた。
臨終前、一瞬意識を取り戻した母は「綺麗な光、いい気持ち」と途切れ途切れに笑顔で言った。多分、脳内にエンドルフィンが分泌されて多幸感に包まれていたのだろう。母の言葉は今も、私の死に対する恐れを和らげてくれている。


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埼京線での情景。

 池袋へ行く途中、八王子実践高校の女子バレーの選手たちが十条から大勢乗り込んできた。十条には国立競技場があるので、練習試合の帰りのようだ。昔は鬼瓦みたいな女子選手が多かったが、今の子はモデルみたいにスタイルが良く、可愛い子ばかりだ。殊に足がとても長い。この辺りかなと思った位置よりさらに上に尻があって、とても感動した。

池袋で私を含め大勢が下車した。彼女たちは入り口に踏ん張って乗り降りする人たちの邪魔になっていた。八王子の田舎暮らしなので、電車の乗り降りのルールを知らないようだ。

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京都大・本庶佑(ほんじょ・たすく)特別教授がノーベルノーベル医学・生理学賞を受賞された。
近年話題になった新薬オブジーボによるがん免疫療法の基本理論と開発への評価だ。
このようなニュースは本当に嬉しい。

その一方、我が国の基礎研究への予算は減額の一途で、20年後には日本人受賞者はいなくなると危惧されている。しかし、私は別の見方をする。純粋に人の叡智だけによるノーベル賞受賞はせいぜいこれから10年くらいのものだ。それ以降は人工知能を駆使した研究が評価されるようになる。さらにシンギュラリティが起こる30年後は人工知能が人に代わって研究の主役になるかもしれない。


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