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2019年1月28日 (月)

縄文の竪穴式住居が理想の住まい。シャネルvsエルザ・スキャパレリを幸せの視点で見たらスキャパレリの勝ちだ。19年1月28日

週末は今年一番の寒さだったそうだが、まだ霜柱を見ていない。
去年の今頃は連日氷点下で、時には氷点下6度近くまで下がり、散歩道の日陰はいつも硬く凍り付いていた。

厳冬期、布団に入ってから想像する世界がある。
それは縄文時代の竪穴式住居だ。
その中で寝ている自分を空想すると幸せ感が溢れ気持ちよく寝入ることができる。
地面を掘り下げて茅葺き屋根をかぶせた竪穴式住居は寒そうだが、実験考古学で試した研究家によると夏涼しく冬は暖かく極めて快適だったそうだ。
竪穴式住居では、囲炉裏の火を1年中欠かさない。煙の防虫効果だけでなく、囲炉裏の熱が伝わって、地面は乾き温まり厳冬期でも快適に過ごすことができる。

囲炉裏の火を1年中絶やさない伝統は近年まで山村などに残っていた。昔、山国を訪ねた時、一抱えもある長く太い木材の先端を囲炉裏で燃やしているのを見て驚いた。木材は囲炉裏から土間まで突き抜けていたが、年寄りが1日中火の番をしているので火事になることはなかった。
縄文時代も、同じように留守番の年寄りが火を管理していたのだろう。ちなみに、最新の研究では縄文人は1日4時間労働で現代人より優雅に暮らしていた。食生活もその後の弥生、平安から江戸時代よりはるかに豊かで、体格も優れていた。


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もし裕福だったら、広い庭に絵のような竪穴式住居を作り、1日中過ごしたい。
友人の別荘にはアメリカ製の大きくて無骨な薪ストーブがある。火を入れると自然に人が集まり、薪の炎の揺らぎを眺めているだけで安らぎに包まれる。この安らぎは太古から人に刻み付けられている本能に近いものだ。

今、世の中は社会のAI化に血道を上げている。
社会学者の中には、これで人は不要になるだろう、と本末転倒する者すらいる。そのような錯覚を生んだ根底に労働を苦役として忌避する考えがある。
労働は苦役ではない。
何かを成し遂げるために苦労するのは楽しいことだ。
将棋や囲碁の対局で、AI棋士が人を圧倒して勝っても、ゲームの楽しさはない。
昨日は大坂なおみが全豪女子シングルスを制した。
近未来、ミスをしないAI搭載のロボットプレイヤーが登場して、軽々と人間のプレイヤーを蹴散らしても少しも楽しめない。人間が失敗したり悩んだりしながら戦うからケームは面白い。

生活だって同じだ。
IoT社会が実現して人の労働が消えても、楽になるどころか退屈で死にそうになるだろう。労働は苦役ではない。仕事で悩んだり失敗しながら成果を出すから人生は楽しくなる。


土曜Eテレのドキュランドは「シャネルvsスキャパレリ=エルザ・スキャパレリ」だった。
二人は20世紀のファッション界に革命を起こした女性たちだ。孤児院で育ち、縫製の技術を身につけ、決して手を抜かない職人気質のココ・シャネル。対して裕福な家庭で育ち、奔放な造形感覚を身につけた芸術家肌のエルザ・スキャパレリ。全く対照的な2人は若いピカソ、ダリ、コクトーなどの巨匠たちを巻き込み、戦前のパリで実に魅力的に、激しく競い合っていた。

大戦後、結局はシャネルが勝利しスキャパレリは敗退したが、幸せの視点では、家族に恵まれたスキャパレリの方が幸せだったかもしれない。
スキャパレリは近年まで世間では知られていなかったが、最近、注目され始めた。私も番組で初めて彼女の作品を目にした。その衣装模様は自由奔放で実に魅力的だった。

シャネルの死の寸前まで親しく付き合っていた女性精神科医によると、シャネルは仕事を終えた後、住まい代わりのホテル・リッツに帰って一人になることをとても恐れていた。
87歳で死んだ日も、仕事場からの帰路、付き添った親友の精神科医に明日も仕事をしたいと休みなく語りかけた。

「禍は福の倚る所、福は禍の伏する所」老子
成功イコール幸せとならないのが、世の中の面白いところだ。

余談だが現代のシャネル代表デザイナーのカール・ラガーフェルドに溺愛されている飼い猫はモデルなどで年間3億5千万を稼ぐ超セレブ猫だ。その猫には専属の世話人が2人いて、専用ジェットで移動している

ファション関連記事に、ミラノ・ブランドのバックは原価2600円だが、ミラノのモンテナポレオーネ通りにあるブランド旗艦店では39万円で売られているとあった。その低賃金を支えているのは違法滞在の中国人労働者たちだ。彼らは今は搾取されているが、その中の目端の利いた者は帰国してブランドを立ち上げ大儲けするのだろう。

そのようにファッションブランドの多くが、素材のダンピングと労働コストの徹底的な搾取によって巨大な利益を上げている。しかし、中世風の田舎町にあるブランド・ブルネロ-クチネリは対照的に、昔ながらのイタリア人職人たちによる家族経営によって支えられている、と記事にあった。
最近、フイリッピンで一番の大金持ちの華僑が94歳で亡くなった。

彼は中国福建省から12歳でフイリッピンにやって来て、靴の商売で成功してから2兆円を越す資産を形成した。そんな大金持ちでも、死から逃れることはできなかった。
彼は最高の医療を惜しみなく施されたのに、貧しい私の母より3年早く死んだ。

中国人は死を忌み嫌う。だから訪日中国人たちは、街中にある墓地を見て、墓地の近くに平気で暮らしている日本人に驚くようだ。
大金持ちの華僑の彼も死を忌み嫌い恐れていただろう。
誰もが絶対に逃れることができない死を忌み嫌う生き方は苦しい。死は受け入れ共存している方が楽に生きられる。
Eテレで、生と死の間の幽玄を描いた能の「卒都婆小町」を見ながらそんなことを思った。日本人の心の根底に死を肯定的に捉えた美意識がある。だからか、能を観ていると安らぎを覚える。

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22日、渋谷ヒカリエの前辺り。
欧米からの来日観光客たちが東京はクレージーで面白いと言っているが、このような混沌とした風景を言っているのかもしれない。

その日は劇団四季の「パリのアメリカ人」の招待日だった。
劇場は渋谷に新設されたヒカリエの11階。
招待席辺りは美人が多く幸せな気分になった。
観劇は幕間の休憩時間が楽しい。昔はロビーで知人によく出会ったが、今、その多くはリタイアし、いなくなった。それでも四季の素敵な女性スタッフと言葉を交わせて、とても楽しかった。華やいだ雰囲気の中で絵描きになりたての平成初めの頃が蘇った。あの頃はまだバブルの余韻が残り、私はとても元気で悩みはほとんどなかった。

劇団四季とは25年ほどの付き合いだが、最近の変化は中国人観客が増えたことだ。
劇団四季の「パリのアメリカ人」のクライマックスにモダンダンスが登場した。それはドキュランドの「シャネルvsスキャパレリ」の中でピカソやコクトーなど当時の巨匠たちとシャネルたちがコラボした舞台に繋がっていた。
今、アートの中心はパリからニューヨークに移動した。

現代アートの評価は、形や美しさ以上にアーティストの考え方、美術史における立ち位置など、武装された理論が重視されるようになった。その代表は、今、各国で話題になっている謎の作家バンクシーだ。
私は絵を描いて楽しむことを重視しているので、現代アートとは程遠いところにいる。

散歩コースに郊外型のディスカウントスーパー・OKストアーがある。毎日が特売日のようなスーパーで、土日など近隣から車でやってきた客がレジに長い列を作る。
ここだけで買い物を済ませれば食料費は2割ほどの節約になる。殊に土日は車でやって来た若い夫婦者の客が多い。彼らのほとんどは黒っぽい地味なダウンジャケットを着ていて、赤羽駅近くの多彩な人波を見慣れた目には滅入る光景だ。
しかし今日、無彩色の人波の中に異質な中年女性がいたので描いた。


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この女性もダウンを着ていたが、全てが高級感があった。
殊に、黒エナメルのプレーン・パンプスが目を惹いた。


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昔の句に絵をつけた。
東京は連日快晴の日が続く。
冬ひざしの散歩道に長く伸びた影を見ながら、この句を思い出した。


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Goof
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