酉の市から浅草寺、おみくじ売り場でアラフォー4人組の3人が凶を引き当てた。日曜は天皇陛下即位のパレード。令和元年11月11日

1993年(平成5年)6月9日 皇太子徳仁親王と小和田雅子さんの結婚の儀
記念CD・ウエルナーミューラー作曲・東芝EMIのカバー絵。
描くにあたり、ソシアルダンスでトップの美しい知人から指導してもらった。
今も、彼女の手や腰の感触を記憶している。カバー絵の背景は赤坂離宮。
御成婚後のパレード日は銀座で個展をしていた。
お客が見学へ行ってしまい、銀座も会場も閑散としてしまったことを
鮮明に記憶している。CDカバー原画はすぐに売却した。
11月8日、酉の市へ出かけた。
例年は夕暮れ近くに出かけていたが、遅いと大混雑するので、今年はお昼過ぎに出た。
赤羽から京浜東北線の王子下車。王子駅前の陸橋を渡り、都電荒川線・王子駅前駅から都電に乗車。このコースは50年以上変わらない。都電の沿線は、昔は低い家並みが続いていたが、近年は瀟洒なビルが増えた。
荒川車庫前駅から見える車庫の一角に展示された一つ目の5500形旧車両が懐かしかった。
私の好きな停車場は荒川7丁目駅だ。S字にカーブした木立の一角にあり、当日はプラットホームの女子高生とお年寄りの姿が情感深く心に残った。近く、その情景を描こうと思っている。
終点の三ノ輪橋駅で下車。梅沢写真館のアーケードを抜けると日光街道。
お参りのあと裏通りへ戻り、少し先から右折して国際通りに出るとすぐに鷲神社。参詣者の行列最後尾についた。いつもは長蛇の列だが、今回は時間が早かったので10分ほどの待ちで入り口鳥居に到着しそう。
列の隣の女性に「古い熊手を納めに離れますので」と声をかけ、急いで国際通りに停車したお札収集車前の段ボールに納めた。
本殿に入ってからの列は遅々として進まず、待ち時間が長い。その間、隣の女性と雑談していたので、退屈せずに済んだ。
彼女から離れ、いつもの本殿右端に移動してお参り。巨大な賽銭箱下には、入り損ねたお札や貨幣が無数に落ちていた。昔の近隣の子供達は、それを拾おうとして、大人たちから叱られていた。今の子供たちは行儀よく、そのような光景はなくなった。

境内には鷲神社と鷲在山長國寺が並んで、酉の市の本家はこちらと競っている。
しかし、一般参詣者の多くは、酉の市は鷲神社との認識だ。
近年の酉の市は、海外観光客の比率がとても多い。
次の二の酉は11月20日水曜日。
気分的には、寒い二の酉の方がぴったりする。
参詣の後、浅草観音様へ向かった。ぎっしりと夜店が並び、美味しそうな香りが漂っていた。欧米からの一人旅女性が、たこ焼きを美味しそうに食べながら歩いていた。今回はいつものルートを変更して、千束の吉原辺りを抜けた。道は複雑に折れ曲り、かなりの遠回りだ。しかし、途中に吉原弁財天などあり、江戸の歴史をたどる深い情感があった。
このコースは複雑で、土地勘が狂う。各所の警備のお巡りさんに道を聞くが、日曜の即位パレードに動員された地方の警察官ばかりで、聞いても地理を知らない。
最後に聞いたお巡りさんは沖縄訛りだった。「浅草寺へは」と聞くと「赤い服の女性二人連れに教えましたから、ついて行ってみてください。」と女性たちを指差した。慣れない地図を見ながら繰り返すのは、大変だからだろう。
赤い服の二人は20メートルほど先をのんびり歩いていた。すぐに追いついて「お巡りさんから、ついて行け、と言われました」と言うと「今日は地方のお巡りさんばかりで、要領を得ませんね。」と笑った。
数分、彼女たちに同行していると、見覚えのある、千束通りに出た。この道は熟知しているので、女性たちと別れ、一気に六区から花やしき前通りへでた。目前に観音様とスカイツリーが見え、スカイツリー右側には白い月が浮かんでいた。

境内の観光客の半数以上は海外からの観光客。
皆、のんびり歩いているので、せわしなさはない。
まだ夕暮れに間があり、本殿が開いていて、久しぶりにお参りできた。
本殿内の天井絵や、観音様の厨子のきらびやかな装飾が美しい。
線香の白檀の香りも懐かしく、心底心地よかった。
本堂前のおみくじ売り場を、少し離れて見学した。浅草寺のおみくじは、とても凶の率が多い。私は10年前、6回連続で凶を引き当てて、以来、おみくじは引かない。
凶を引き当てると、軽く受け流す人やひどく落胆する人と、人生模様が垣間見える。
今回は、アラフォーの4人組に注目した。
まず最初の一人が凶を引き当て、表情が一瞬引きつった。次の人が「あら残念ね」と揶揄しながら引くと彼女も凶。凶の二人は顔を見合わせて苦笑した。それを眺めていた三人目はもう凶は出ないはずと、自信満々に引くとまたもや凶。3人連続の凶で気が大きくなったのか、三人は何となく嬉しそうに見えた。しかし、最後の人は吉を引き当てた。「何が出たの」と凶の三人が迫ると「大したことないわ」と、自慢げに吉をちらりと見せた。その瞬間、気まずい空気が漂った。4人組はこの後食事だろう。もし、酒が入れば、荒れそうな予感がした。
参考に、古来から伝わる凶から逃れる方法。
利き腕ではない片手だけで、凶のおみくじを桟に結びつける。巧くできれば、困難を乗り越えて凶を克服したことになる。
おみくじは神からのありがたい御託宣で、人を窮地に陥れるものではない。
凶の真意は、気をつけて慎重に生活すれば、良い結果に至ります。吉は、運の良さに慢心せず謙虚に生活しなさい、との意。
凶極まれば吉に、吉極まれば凶に至る。
私は6回連続凶を引いたが、その間、慎重に生活したので、さほど悪いことは起きなかった。
浅草寺から仲見世への賑わいは穏やかで心地よかった。
地下鉄浅草線で上野へ向かった。
即位パレードがあった日曜日は素晴らしい好天だった。
縁起のいい日なので、絵の納品のために私はお客さんと会っていた。その合間にテレビ中継を見たが、日本は長い伝統が生きている、本当に素晴らしい国だと思った。
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