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2019年12月27日 (金)

「思い出の 長き影追う 年の暮れ」クリスマスが終わると突然に伝統的な日本に変化する。令和元年12月27日

 25日クリスマスの散歩帰りの夕暮れ、スーパーに寄った。売り場のクリスマス飾りが片付けられ、正月用に変身中だった。この作業に年の暮れを感じる。近年、洋菓子店の倒産が増えた。10年前までは、クリスマスが終わった26日には、売れ残りのクリスマスケーキの安売りをしていた。しかし、近年は見かけない。クリスマス飾りのホールケーキは、注文生産に変わったこともあるが、それ自体が少子化の影響で激減した。

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 ミッション系の一貫校・星美学園のある師団坂からの赤羽風景。
左手の建物は増設中の東洋大学。
この大学が移転して来たおかげで、赤羽はアパート建設ラッシュだ。

 モミの木で 失業サンタが首括る
 
 先日、ドコモからお知らせが届いた。内容は「今使っている携帯電話の部品保有期間が過ぎたので修理は受け付けない。スマホに買い換えるように。」だった。これは「自転車は使用禁止にするから、飛行機に買い換えるように。」と同じくらいに、私には失礼な通知だ。

私は1日に7時間ほどはパソコンを扱っている。
だから、外に出てまで画面の小さなパソコンをする気にはなれない。
持ち歩いている携帯は、月に1,2度電話かショートメールをするくらいだ。
だから、スマホ機能の99パーセントは不要で、全くの無駄遣いになる。加えてスマホは電池の持ちが悪く、あのバカでっかさも気に入らない。おまけに落としたら画面が壊れる。タップ操作は誤作動が多い。買い物は、世界最強の日本のプリペイドカードシステムの方が断然使いやすい。ちなみに、プリペードカードは4種持ち歩いている。それで大半の買い物は済ませられる。ガラケーだけでなくiPadも持ち歩いている。仕事で人に作品を見せたり、ネットをするにはiPadの方が便利だ。私の年代には、スマホ画面は小さすぎる。
しかし、3G対応の今使っている携帯は2026年に使えなくなる。その年には私は80歳を迎える。もし、それまで生き長らえていたら、代わりの携帯を求めるつもりだ。

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 クリスマスの夕富士。

 宮崎市の高校の弦月同窓会会報が届いた。
編集を請け負っている印刷会社から住所氏名掲載の同意を求める電話が毎年入る。個人保護法の関連で本人の承諾が義務付けられているようだ。「私は死んだので、会報から除外するように」と毎回伝えているが、無視されている。請け負った会社には営業上の理由があるのだろう。

会報には、90歳代の卒業生から近年まで、卒業年度ごとのグループ写真が掲載されている。年上の卒業生諸氏には敬意を払っているが、若い集合写真の面々は、なぜか馬鹿面ばかりに見える。同窓会は絶好のマウンティングのチャンスで、社会的に成功したり、エリートと結婚した美貌を誇る卒業生たちは、出席したくなるようだ。しかし、成功している友人たちは出席しない。昔、彼らから、私の出席料を払うから行こうと誘われたが、断って来た。

今回はオリンピックにちなみ、アントワープオリンピック・テニスで銀二個をとった熊谷一弥とベルリンオリンピック・5000・10000mの村社講平が卒業生だとあった。宮崎では、長距離選手の村社講平は超有名人だ。宮崎市と青島・内海間を運行していた軽便鉄道と競争して勝った伝説は、子供でも知っている。しかし、テニスの熊谷一弥は知られていない。私はこの会報で初めて知ったくらいだ。多分、彼が福岡の大牟田出身だったからかもしれない。


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 すっかり、冬景色に変わった河川敷ゴルフ場。
台風浸水で覆われていた泥は取り除かれ、ようやく再オープンした。
泥はコース傍に積まれている。そのうち、芝で覆われるのだろう。


 昨夜は床に入ってから、2001年公開のアメリカ、ドイツ、イギリス、アイルランド合作の戦争映画「スターリングラード」の録画を見た。戦争映画として、好きな映画だ。独ソの狙撃手の最後の対決の場、攻防戦で荒れ果てた操車場風景が懐かしかった。それは、4,5歳の頃、母に連れられて行った博多の戦災跡が残る操車場光景に似ていたからだろう。

ソヴィエトの若い狙撃手ヴァシリ・ザイツェフの恋人ターニャ役レイチェル・ワイズは好きな女優だ。
非情なドイツ狙撃手・エルヴィン・ケーニッヒ少佐役のエド・ハリスも好演していた。

1960年代のソヴィエト時代のモノクロの戦争映画は傑作が多い。
「誓いの休暇」「僕の村は戦場だった」いずれも素晴らしい青春映画だった。
共産党政権の厳しい制約の中で、ギリギリに追い詰められて作られたので、佳いものができたのだろう。アートは自由な環境より、制約があった方が佳いものができる。

比べて、先日、テレビ放映された「スターウォーズ・最後のジェダイ」はつまらなかった。シリーズ最初の頃は痛快な活劇で、気持ち良く楽しめたのに、最近は精神性が中途半端に強調されて駄作にしている。
整備士役のアジア系のダサい女優は出演させる必然性がなかった。問題を起こすためだけに配役されているのに、ほぼ全編に出演させたのは意味不明だ。このような配役の場合、初めはダサい役者だと反発していても、卓越した演技力に引き込まれ、最後は共感するものだ。しかし、彼女にはそれが皆無だった。ヴェトナム難民の子女らしいが、アジア人枠として無理やりはめ込んだのだろう。
近年、ハリウッドに中国資本が入ってから、このような駄作が増え、佳い作品が激減した。
ディズニー映画が、今も面白い作品を輩出しているのは、中国の影響が少ないからだろう。

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 「風の音」から年の暮れ。
住まいの雰囲気は、子供の頃過ごした漁師町の古い家を思い出しながら描いた。
漁師町なので、船大工が作った家があった。
とても骨太な作りで、大型台風でもびくともしなかった。

 昔はよく恋文を書いた。
50歳代に入ってからは、熱すぎる手紙は下書きだけで止めて、実際は抑制した手紙を出していた。
当時はワープロで書いてフロッピーに記録した。
パソコンを始めてから、それらのデータはパソコンへ移転させたので、下書きは今もたくさん残っている。

 さよならを 告げれど醒めぬ 血ぞ悲し
 切なきは 車窓で隔つ きみの町

出さなかった手紙に挿入してあった句だ。
今、読み返すと、若い血の熱さを感じて当時の情熱が蘇る。
若さとは、本当に素晴らしい。

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