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2019年12月13日 (金)

東京オリンピック2020年に首都直下型地震が起きる確率は限りなく低い。靴下の悪臭とバニラの香りを混ぜるとチョコレートの香り。令和元年12月13日

 先日まで、連日、NHKで地震防災番組をやっていた。
東京直下にマグニチュード7.3の地震発生を想定し、その経過をCGを使って再現したものだ。映像はリアルで、地震後の壊滅的で絶望的な展開はかなり憂鬱だった。
個人的な意見だが、その後の日本が滅亡へ至る展開には大きな疑問を感じる。日本人は大昔から世界一の災害列島を生き抜いてきた。番組での専門家たちの予測はあまりにも悲観的で、あのように日本人はやわな民族ではない。だからこそ、幾多の苦難を乗り越えこの繁栄を作り上げられた。

日本の為政者は建物の完全な崩壊を防ぎ、一人の死者も出さない決意表明をすべきだ。1995年の阪神大震災の後、崩壊を防ぐ様々なアイデアが出されていた。例えば、老朽化した木造家屋を梱包用ロープでぐるぐる巻きにするだけでも、壊滅的な崩壊を安価に防げる。大火災は人さえ無事に生き残ったら、協力して防ぐことができる。

震災後、公共建物に鉄骨の筋交いを入れる工事は、現在はかなり進んでいる。私が住む地区では、中小学校や公営住宅の補強作業はほとんど終わった。アメ横の山手線高架の補強作業も着実に進んでいる。
問題は雑居ビルだが、補強工事をしなければ使用禁止にするぐらいの強い指導をすべきだ。

かって、ケネディ大統領は「60年代の終わりまでに月に人間を送り込む」と宣言して実行した。
同様に、日本の政権も「首都での直下型地震では、一人の犠牲者も出さない」くらいの、力強い宣言をしたらどうだろうか。
もし、それがほぼ実行されたら、日本の世界での評価は震災後に著しく高まるはずだ。

 東京オリンピックの2020年に限定すれば、その年に首都圏で直下型地震が起きる確率は限りなく低い。
根拠は統計にある。昔から日本人は、自然科学的な思考をする。そのおかげて、様々な古くからの地震記録が正確に残っている。

その中で注目しているのは千年以上前に起きた貞観の大地震だ。
貞観三陸地震・M 8.3〜8.6は869年7月9日に起きた。それは2011年の東日本大震災M9.0に匹敵する。
それから9年後の878年10月28日に、相模・武蔵地震-M 7.4が起きた。これは関東南部の直下型地震で、今回、再現放映されたものに近い。
更に、その8年後の887年8月26日に 仁和南海地震・M 8.0〜8.5が起きて、東南海・東海地震が連動し、東海から紀伊半島にかけて巨大津波が襲った。

それらを今回にあてはめると、2020年の東京オリンピクに関東で直下型地震が起きることになる。
しかし、地震が全く同じ周期をたどることは、確率的にありえない。それは空襲の時、爆弾が落ちたクレーターに飛び込めば、次の爆弾にやられることがないのと同じ理屈だ。
以上の理由で、来年の東京オリンピックの年に直下型地震が起きることは、ほぼない。ただし、来年以降は次第に地震発生の確率は高まり、30年以内に70パーセントの確率で起こることは当たっているだろう。

三陸大津波を引き起こした東北沖の震源域海底は50メートル以上も動いた。この大地殻変動のひずみは日本列島全域に及んでいる。地震学者によると、日本列島は24年前の阪神大震災を始まりとして1000年周期の地震多発期に入っている。

私の寿命はこれから起きる大地震の前に尽きて欲しい、と願っている。もし、生存中に起きれば、大きな喪失感を伴った老年期を終えることになる。私と比べると、東北大地震前年の2010年に死んだ母の老後は実に穏やかだった。厳しい戦中戦後をしのいだ後は右肩上がりの高度成長期。そして、医療費無料と恵まれた安定の時代。最期は私に介護され、豊かな老後を享受できて、在宅で私に看取られて旅立った。

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木々が色づいた病院下公園。
紅く色づいているのはドウダンツツジ。

 先日のEテレの「又吉直樹のヘウレーカ」のテーマは「匂い」だった。
生物界においては悪臭と言う匂いはない。人にとって腐敗臭は悪臭だが、腐肉を好む生き物にとっては、食欲をそそる匂いとなる。
ワンコは人と比べると、とてつもなく鋭敏な嗅覚があるのに、路上に落ちている糞に鼻先がくっつくくらい近づけてクンクンするのが大好きだ。あれは、糞の悪臭がワンコにとっては良い匂いである証拠だ。

若い女性が嫌うおじさんの加齢臭も同じだ。
番組中で、加齢臭の検体を嗅がされた又吉氏は「キュウリみたいな匂い」と表現して、加齢臭だとは気づかなかった。
同じ検体を様々な人に嗅がせた結果は、良い匂いと言う者はいないまでも、悪臭と思う者はいなかった。
加齢臭を悪臭と思うのは、その場の雰囲気などの思い込みの結果のようだ。

興味深かったのは、汗ばんだ靴下の悪臭とバニラの香りを混ぜると、チョコレートの香りに感じることだ。例えば、靴下にバニラエッセンスを振りかけておけば、臭い靴下がチョコレートの香りに変わる。脂足で悩んでいる方は是非試してみるといい。
古本の香りが、バニラの香りに似ていることも、面白かった。

 梅宮辰夫氏が亡くなった。
縁もゆかりもない人だが、心に残る。
それは、彼が満州生まれだったからかもしれない。

数年前、ファミリーヒストリーで彼を取り上げていた。
彼の父親は満州医科大を出て、満州で開業した。
私の古い友人は医師一家で、彼の父親は満州医科大で教鞭をとっていた。
友人一家が住んでいた家は戦後も長く残っていて、日中国交が結ばれた後、友人一家は旧居を訪ねた。その時の写真と、梅宮辰夫が住んでいた家は、よく似た大きな文化住宅だった。

友人一家は戦後、宮崎に引き上げて医院を開業した。
その時の家は、満州と比べるととても貧しく、友人一家はひどく落胆したようだ。
何しろ、満州で住んでいた家は、冷暖房完備で、水洗トイレにダイヤル式電話だった。
満州は世界最先端を目指して建設され、日本とは比べられないほど近代的に整っていた。
だから、旧式電話に汲み取り式トイレに冷房なしの古い木造住宅の酷暑は、耐えがたかったようだ。

過去にブログに書いたが、母も満州に行っていた。
そのせいか、満州生まれの友人たちと私は、よく似た大陸的な自由な思考傾向があり気が合った。
梅宮辰夫氏とは縁もゆかりもないが、満州を共通項として、彼の死は赤の他人よりほんの少し身近に感じた。

 毎月一度、歯周病予防のために歯科医院でスケーリングをしてもらっている。プラークを取り除いた後は、歯の表面を磨いてもらえるので、とても爽快だ。これは歯科衛生士の主要な仕事だ。
スケーリングは一通り終えたので「次の予約は4月に」と言われた。
先のことを決めると、その間の月日が一瞬で過ぎてしまう気がする。
同様に、自分が死ぬ日を死神が教えてくれたら、死に至る年月は一瞬で過ぎるのかもしれない。だから、未来は不確実な方が良い。それなら、死に至る年月は長く感じるはずだ。

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歯科医院の予約時間に早かったので、時間つぶしに、近くの自然公園へ行った。
雨上がりの、澄み切った冷たい大気が心地よかった。

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絵本「クリスマスの前の夜に」学研。

 

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