疫病のことを忘れるように映画全盛期の黒澤・溝口監督作品を続けて見た。日本映画は素晴らしい。日米の新型コロナ対策と韓国対策の違い。令和2年3月8日
最近の日本映画はつまらない。かと言って海外作品で惹かれるものはない。アカデミー賞を総なめした韓国映画「パラサイト」は情感に程遠い。韓国映画だからで見たくないのではなく、しみじみと情感に満ちた昔の日本映画の方が好きだ。
最初に黒澤監督の「羅生門」を見た。若い頃見たときは、半分壊れた羅生門の迫力に圧倒され、京マチ子の妖艶さに強く惹かれた。それから10年程経た50年前、東寺を見学したついでに羅生門跡地を訪ねた。羅生門は倒壊以来1000年以上再建されていない。そこは羅生門跡の石碑が建っているだけの小さな公園で、子供たちが遊んでいた。
その旅で、京都の知人に桐箱入りのメロンをもらっていた。メロンは持ち歩くのが面倒で、公園で少し言葉を交わした若い母親へあげた。
「こんな高価なものをいいのですか」とその人は恐縮していた。
今は、メロンをくれた、鬼籍に入っている知人に失礼なことをした、と思っている。
平安朝の下膨れの妖艶な美人を演じて、京マチ子以上の女優はいない。
彼女をもっと見たくなり、溝口健二監督「雨月物語」を見た。織田信長に滅ぼされた琵琶湖湖畔の朽木家の若い姫の亡霊が陶工を見初める話である。上田秋成の「雨月物語」の「浅茅が宿」と「蛇性の婬」を下敷きに、川口松太郎などが脚色したものだ。
男を知らずに亡くなった姫=京マチ子を哀れに思った乳母が間を取り持ち、妻子ある陶工と結ばせる、幽玄で怪しいエロティズムに満ちた作品。陶工は最後に高僧に助けられ、妻子の元に帰る。しかし、閨を共にした愛妻はすでにこの世のものではなかった。
溝口監督が描く日本女性は本当に美しい。彼の作品では「近松物語」が一番好きだ。それで、「雨月物語」の次に溝口健二監督の「近松物語」昭和29年制作を見た。この作品については13年前にブログに書いたので、それを略して以下に記した。
近松門左衛門「大経師昔暦」を川口松太郎が戯曲化した「おさん茂兵衛」の映画化作品。経師とは書画を額や掛け軸に表装したり修理する仕事。その頂点にいるのが大経師で、朝廷から暦の発行を任され独占的な利益を得ていた。物語の大経師の以春は商才にも優れ、金貸しの他に京都近隣に広大な田畠も所持して巨万の富を築いていた。
姦通事件を起こしたおさんと茂兵衛と、下女お玉の三人が処刑されたのは1683年9月22日。しかし、川口松太郎の「おさん茂兵衛」の脚本では下女お玉は途中暇を取らされて刑死はしない設定。
処刑された時、おさんは十九歳。裕福な商家に育った美しい少女だったが、傾き始めた実家の為に30歳年上の大経師以春の後添えに入った。だから、不義密通と言うより、始めて恋に目覚めた少女と若い美男手代との純で激しい恋と言ったが良い。
おさん=演じた22歳の香川京子は清楚で目を見張るほど美しい。
茂兵衛=長谷川一夫、当時の代表的な二枚目。40歳半ばの完成された見事な演技。
下女お玉=21歳の南田洋子が実に初々しい。
あらすじ
茂兵衛は優れた経師職人。彼を想う下女お玉。しかし、茂兵衛は密かに主人の内儀おさんに想いを寄せている。一方、おさんは傾き始めた実家から度々お金を無心され、困り果てた末、主人以春に頭を下げるが、吝嗇な主人は冷たく拒否。
それを知った茂兵衛は、密かに主人以春の印判を使ってお金を用立てようとするが、腹黒い番頭に見咎められてしまう。主人の印判を不正に使うのは重罪。茂兵衛は厳しい処罰を待つ間、倉に閉じ込められる。しかし、茂兵衛は密かに脱出して、おさんのためにお金を工面しようと夜の町へ。
一方、おさんは下女お玉にも手を出そうとする好色で不人情な以春に愛想を尽かし、家を出て実家へ夜道を急ぐ。その時、偶然に夜道で出会う二人。それからは運命に翻弄されるように、二人の道行きが始まる。二人の実際の恋の始まりは道行き半ばからで、その構成に、近松のストーリーテラーとしての非凡さを感じる。
二人はお内儀と奉公人の主従関係のまま道行きを続けるが、すぐに役人の追っ手に追いつめられる。小舟で琵琶湖へ逃れたが、逃げ延びるすべは皆無。絶望した二人は入水しようとする。その時、茂兵衛は死ぬ前にこれだけはと、密かにおさんを想っていたことを告白。立ち尽くし感極まるおさん。おさんも密かに茂兵衛を想っていた。おさんは「聞いた以上、死にたくない」と、小舟の上で茂兵衛に激しくすがりつく。そして二人は結ばれる。
やがておさんは、大経師以春の追っ手に捕まり連れ戻される。実家に軟禁されたおさんを、茂兵衛は諦めきれずに追って来る。夜、おさんは裏木戸の影に茂兵衛の姿を認め、狂ったように駆け寄る。二人はすぐにおさんの母親に見つかり諭される。しかし、人目をはばかることなく、おさんは茂兵衛にすがりつく。
不義密通の罪で捕らえられた二人は背中合わせに縛られ、裸馬に乗せられ白昼の京の町を引き回される。おさんと茂兵衛はしっかりと手を握り合い、二人は微笑みをたたえながら刑場へ向かう。
これは不条理な法に追いつめられ、狂ったように激しく燃え上がった恋物語だ。二人は心中を選ばず、敢然と法に立ち向かって処刑される。だからか、近松の「大経師昔暦」には近代性を感じる。映画では、おさんは自分を主張する凛とした女に描かれていた。
原作の人形浄瑠璃に詳しい人によると、筋立ては映画とは違い、茂兵衛が下女お玉とおさんを間違って結ばれることになっていて興ざめするようだ。しかし、ただの映画好きとしては、原作の細部はどうでも良く、映画そのものを楽しむ。
溝口監督の描く女性たちは、モノクロ作品なのに華麗で、香り立つように美しい。昭和20年代の撮影所は結髪職人さんが豊富で、まるで浮世絵から飛び出たような優雅な結髪は画面を引き立てていた。
「近松物語」は若い頃に2度見た。その時は、もっと上手く立ち回れば良いものをと、茂兵衛の行動を馬鹿にした。そして、13年前に見た三度目では、おさんの激しさがとても理解できた。
19歳のおさんも、平均寿命が40歳を切っていた江戸時代では後のない恋である。だから、不義密通の連帯責任で一族を路頭に迷わせたくないと言った理性は、激しい恋に押しつぶされたのだろう。
実際の姦通事件当時、近松は浄瑠璃作者としてデビューしたばかりの30歳。事件は心中もの戯曲作家として魂を揺り動かす題材だったがすぐには戯曲化しなかった。「大経師昔暦」を完成させたのは事件から30年以上経た1715年。その年はおさん茂兵衛の三十三回忌であった。
極めて強欲で好色な大金持ちの以春。公家も大名も彼から金を借りて窮していた。京の市民も高利貸しの彼を憎んでいたはずだ。おさんが不義を犯したことを、奉行所に隠して内々に片付け、今の地位を保とうとした以春は厳しく咎められ、家財産は全て没収され、茂兵衛を陥れた悪番頭とともに京から所払いになった。
彼から金を借りていた公家も武家も町人も、借金が消滅して喜び、彼の零落を哀れむものは一人もいなかった。
気に入った映画は人生の節目節目に、幾度も見ると、とても感慨深い。当時の日本映画は本当に素晴らしい。
水仙とカラスノエンドウ。
新型コロナについて少し記す。
日中、日韓の人の行き来が事実上停止されるに伴い両国から帰国者が増えた。中国からの帰国者たちが、日本人は緊張感がなさすぎると厳しく発言していた。
彼らは勘違いしている。早く収束させるには中国のやり方は確実だが、あれは特定の個人に犠牲を強いてしまう。日本がのんびり見えるのは表面だけで、本当は緊張感を持って普通に暮らしている。これから、美しい桜の季節を迎える。オープンスベースでの感染は少ない。世間は新型コロナを忘れ、心ゆくまで、桜を楽しめばいい。
注目しているのは、感染者数ではなく死者の推移だ。今の所、死者は増加傾向にない。それは、爆発的流行の押さえ込みがやや巧くいっていることの証だ。日本政府は大いに問題ありだが、地方自治体の北海道は押さえ込みに成功しつつある。地方に任せれば、県同士の競争意識があるので、うまく対処してくれそうだ。県別の感染者数では、暖かい地方が少ない。ことに沖縄など落ち着いている。この事実から、暖かくなれば沈静化が期待できそうだ。
韓国での死者は人口比で日本の4倍ほどある。それは医療施設の能力を超えた検査を大規模にやりすぎた結果だ。検査で見つかった多数の軽症者が陰圧室完備の病院に入院して医療崩壊が起きた。その結果、重症者が自宅療養を強いられて死者を増やした。
大流行が起きた場合、慎重に医療体制を構築しないと、そのような矛盾を起こす。日本と米国があえて検査数を増やさなかったのは、医療崩壊を避ける側面がある。とはいえ、日本の対処方法は適宜な治療チャンスを失う危険を伴う。それは、しっかりと検証すべき課題だ。
何事でも大切なのはバランスだ。
今は新型コロナに対処しながら普通の日常生活を保ち、経済崩壊を招かないことが極めて重要となる。
今日のテレ朝「テレビタックル」に医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏がゲスト出演していた。
この方は以前から何か起きると荒唐無稽のデマを捏造し、吹聴する人だ。先日は、スイスの製薬会社ロシュが開発した新型コロナ検査キットを厚労省が頑なに拒否していると発言していた。理由を厚労省の利権が絡んでいるからと言っていたが、すぐに厚労省から、ロッシュのキットは採用していると否定された。私は彼の言葉を調べずにブログに記入してしまい恥じている。
福島第一原子力発電所事故時も彼は事実無根のデマを拡散させ、国民を不安に陥れていたようだ。彼は東大医学部出身だが、思いつきを実証せずに専門知識で補強して発表するからタチが悪い。繰り返す虚言は、心に病を抱えているのかもしれない。
テレ朝の、社会不安を煽るばかりの怪しい専門家をゲストに並べる姿勢は問題ありだ。他局も似たり寄ったりで、ワイドショーはどれも不安を煽るばかり。だから、音声を止め字幕で見ている。役立つ情報はほとんどないので、時たま画面を眺めるだけで十分だ。
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