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2020年6月 4日 (木)

コロナ禍以来、街の光景も雰囲気も変わった。令和2年6月4日

 最近、散歩コースの新河岸川の船着場で休む。そこは小さな公園を兼ねていて、滑り台とシーソーがある。シーソーの腰掛はFRP製のゾウで、小さな子供達にとても人気がある。

 船着場のベンチ前に桜の木がある。コロナ禍のため、花の季節は楽しむ間もなく去ってしまい、今は青葉が茂っている。青葉の桜を眺めていると、社会が重なって見える。昔の日本人は、自分は1本の木の1枚の葉で、自分が落葉しても一族の連帯を確信することができた。今は違う。自分は何かに属しているのではなく、自立した1枚の葉だと思うようになった。だから、老人が一族の敬意を受ける満足感は薄れ、老いの寂しさだけが際立つ。さらに今は、コロナ禍によって社会的距離が広がり、孤独感が増してしまった。
人は肉体的苦痛には耐えられるが、精神的な苦痛には弱い。先日、女子プロレスラーが自殺した。彼女は仕事柄、肉体的苦痛にはとても強かったが、絶え間なく続く誹謗中傷には耐えられなかった。

 武漢ウイルス対策として、散歩道の居酒屋がどこも扉を開け放って営業している。どの店も入ったことがないので、店内が見えるのが楽しい。
昨日は、焼き鳥屋の外テーブルで初老の男性と店長らしき若者が飲んでいた。
「再開して4日目だけど、毎日満席で、とても有り難いです」
ほろ酔い気味の店長が、涙声で話していた。
「そりゃー、よかった」
初老の男性はコップ酒を飲みながら、朴訥に応えていた。
これが健全な街の風景だ。いい光景だと思った。
しかし、銀座の高級クラブの凋落は気の毒なほどだ。見かけは華やかだが、高家賃と高人件費で、どの店もギリギリの経営をしてきた。このままでは、銀座のクラブのほとんどは、秋までもたないだろう。

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 5月下旬、使っているMacがクラッシュ寸前に陥った。内臓HDDに重大な問題が起きて「早急に取り替えないとファイルが壊れ、回復できなくなります」と不気味な警告マークが表示される。すぐに買い換えたいが、そのゆとりはない。まとまった金が入るまで、なんとか維持させようと、新データは手動で外付けHDDに保持して本体の負担を減らし、警告マークが出ないように工夫した。
診断ソフトで調べると、内臓HDD以外は問題ない。それなら、HDDだけを取り替えればまだ2年くらい使えそうだ。早速、自粛明けの22日月曜に秋葉原のMac専門の修理店へ持ち込んだ。

 朝から好天でとても気持ちが良かった。秋葉原は半年ぶりだ。以前のにぎわいには程遠いが、欧米系のモデルっぽい可愛い子が多く歩いていた。しかし、街の雰囲気に違和感がある。どことなくゆとりがなく、時折、通行人や店員の視線にとげとげしさを感じた。

 HDDは安いが駆動部が熱を持ちやすい。それで、駆動部がなく、立ち上がりが早いSSDに取り替えることにした。予定していた1TのSSDは12000円から18000円。SSDは突然に壊れる短所がある。それで、ほんの少しリスクが小さい18000円の製品を選んだ。取り替え料は13000円ほどだ。裏蓋さえ開けられれば自分でも取り替えられるが、仕事用のPCなので専門家に任せた。他にマウスも買ったので総額36000円ほど支払った。

 取り替え作業と検証に2時間ほどかかる。修理店へ行く途中、駅前広場の大型ビル1階に外が見える喫茶店を見つけていた。まっすぐその店へ行った。この店も社会的距離規制で席は一人飛ばしだ。都心店は何処も同じ、満席になっても利益は出ない。そのせいか店員はどことなく元気がなく、刺々しい空気があった。
待ち時間は退屈だ。うっかり友人へ電話をかけると店員が飛んできた。
「お客さん。電話は外でお願いします」と彼は注意した。
2ケ月以上、喫茶店へ入っていないので、そのような約束事があったことを忘れていた。
「いつもなら携帯はかけないのに、うっかりしていました」と隣席の女性に詫びた。
「ここは端の席だから、誰も気にしていませんよ」
彼女は笑顔で、迷惑していないと言ってくれた。
それから少し会話をして、あとは外を眺めながら、ぼんやり2時間を過ごした。

 店に戻ると、ハードディスク以外に問題が見つかったコードも取り替えてあった。
久しぶりの秋葉ではのんびりせずに、まっすぐ5時前に帰宅した。
ファイルとOSはTime Machine機能で外HDDに自動的にバックアップしてあるので復旧作業は簡単だ。しかし、データ移転に時間がかかり、夜中にやっと復旧した。
復旧してからも、小さなトラブルが次々と発生した。それらを一つ一つ解決するのに1週間はかかり、正常に使えるようになったのは6月に入ってからだった。SSDに取り替えて実感しているのは、PCの起動と終了、ソフトの立ち上げ、それらがびっくりするほど早くなったことだ。

 故障原因は、去年夏の35度を超える室温だった。最悪の頃は熱くなった筺体を湿した布巾で冷やしながら使っていた。今回、SSDに変えたので、以前より暑さに強い。SSDは巨大なメモリーで、主としてノートパソコンに使われている。SDDはあと2年耐えてくれれば十分で、その後は買い換えたいと思っている。

 コロナ禍に良いことがあるとすれば、テレワークを多くのサラリーマンが体験したことだ。意外だったのは、一人の時間の大切さだった。どんなに素晴らしい家族でも、四六時中顔を突き合わせていては息苦しさを覚える。それが積み重なって離婚まで進んでしまった例も耳にするようになった。

 我が家の前は荒川土手だが、自粛期間は家族づれでウォーキングやジョギングを楽しんでいる人たちで賑わっていた。今は自粛前の静かさに戻っている。
昨日は、奥秩父から下ってきた野生鹿が我が家前の河川敷を通り、下流で捕獲された。狐は以前から野ウサギや野ネズミを追ってやって来ていた。時折、夜中に「ケーン、ケーン」と狐の寂しげな声が聞こえることがあった。去年はイノシシの群れもやってきたので、荒川河川敷にまだ現れないのは、熊とカモシカくらいだ。

 コロナ禍で被った経済界の深刻さは、戦前の大恐慌を越すほどだ。社会的距離や人出の減少で、これから1年は、都心で利益を出せる飲食店や劇場はほとんどないだろう。最近、画廊の閉鎖通知が次々と届く、実業が回復したとしても、不要不急の音楽、舞台、美術界が元に戻るのは2年先だ。日本の自粛規制の基準はドイツの100倍厳しい。それでもマスコミは第二波来襲と、再度、コロナ禍の恐怖を煽り始めた。コロナ・リスクを0にするために、日本経済のリスクを増大させる愚は侵して欲しくない。

 障害者番組でコロナ禍について話していた。内容は同じ重症患者が複数いた時、障害者の救命措置は後回しにされる。それは差別だ、といった内容だった。この問題は答えが出せない。障害者が差別だと主張するのは間違っていないが、第三者の判断は複雑だ。例えば、多くの家族を養っている健常者と、介護を必要とする障害者が同時にコロナに感染して重症に陥った時、現場の医師は前者を優先して救命するはずだ。
その選別は、スウェーデンでは冷徹なほど明快で、助かる確率の低い80歳以上の老人は公費では集中治療室を使えないことになっている。個人の生きる権利を主張することを認めても、社会的には個人の必要度が優先される。それは社会が生き残るために必要な措置だからだ。

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 毎日、散歩コースの公園で音楽を聴きながらぼんやりしている。誰とも会わないし、直接会話することもない。6月に入ってから、マスクが暑苦しい。マスクを外すと、花の匂いがして心地よい。誰もいない公園で、音楽を聞いている時間はとても安らぐ。

トップニュースは連日、米国の人車差別反対デモ。差別反対には100パーセント賛同している。しかし同時に、デモ参加者たちに偽善を感じる。それは、中国におけるウイグル人、チベット人、モンゴル人に対する強烈な差別を、デモ参加者たちが無視しているからだ。この手の国際的なデモの背景にはいつも、中国の煽動工作を感じてしまう。

 来年のオリンピックは簡素に開催される。メインスタジアムに屋根をつけず密閉されなかったのは、今思うと正解だった。

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