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2020年6月 8日 (月)

死を前にすると、どのような権力者もネコより劣って見える。令和2年6月8日

夕暮れまで、散歩コースの病院庭で休んだ。
爽やかな風が吹き抜けていた。
明日からは暑くなるので、夏前の短い安らぎのひと時だ。
芝生の先は崖地で太古からの自然林が残っている。
その梢が夕日に光っていた。
その美しい自然を眺めながら「幸せとは何だろう」と思った。

歳を重ねるにつれ、幸せの定義は曖昧になっていく。
少し前までは、世間から認められることに幸せを感じていたのに、今は何とか生活できるならそれで良い、と思うようになった。
それでも、気になることはある。それは、自分がいつ死ぬかだ。
死は誰もが必ず経験することなのに、誰も死の体験を語れない。未知のものへの恐怖は簡単には消し去ることはできない。

先日、Eテレの再放送「ネコメンタリー 猫も杓子も 養老 センセイと まる」を見た。この回は好きで幾度も見ている。
ネコは写真集にもなったマルちゃんだ。
「マルは何を考えているのでしようか」
ディレクターが聞くと、「何も考えてはいませんよ」と養老氏は素っ気なくこたえた。
それは人よりネコが劣っている、との意味ではない。何も考えずに過ごせるネコはすごいと言った意味だ。その証拠に、彼は先生の仕事机の、一番大切な原稿を選んで、その上に乗っかって寝てしまう。パソコンを始めると、必ずやって来て仕事の邪魔をする。それは彼が、先生の大切な仕事を見抜いているからだ。
「マルの行動は、仕事なんか無駄なこと、と言いたげで、ついつい遊んでしまう」
先生は楽しそうに話していた。

ネコメンタリーの最後のシーンで、ぼんやりとカメラを眺めていたマルの目はゆっくりと閉じて、居眠りをはじめた。
彼は14歳。人で言えば90歳ほどのご老体だ。しかし、子供のように可愛い無邪気な目だった。

ネコと比べると人は考えすぎる。老いれば、若い頃の体力と比較して「弱った」とか「食事が不味くなった」とか「恋から縁遠くなった」とか比較ばかりして嘆く。人と比べてネコは今に生きている。若い頃、自分がどんなに元気だったかなど考えもしない。そんな生き方を修行もせずに成し遂げているのが凄い。マルの最期は多分、昼寝の延長のように逝ってしまうのだろう。

病院庭のベンチで、そんなことを考えながら、一瞬眠ってしまった。
その時、短い夢を見た。遠い昔、大きな仕事を納めた後に、のんびり遊びに出かける夢だった。その時は、時間もお金もたっぷりあって、楽しさへの期待でいっぱいだった。すぐに目覚め、楽しい夢の余韻を反芻し、少し寂しくなった。

その後、母の終末期のことを思い出した。
死の一週間前まで、母の意識はしっかりしていた。死の当日の午前中も、簡単な会話が成立していた。
私が母がまもなく死ぬと意識し始めたのは、1週間前あたりからだ。その頃、母の視線がいつも遠くを見ているように感じた。
酸素飽和度が低くなって、眼のピントが合わなくなったことが主因だが、同時に、母自身の意識も現実から離れ始めた。母が自分の死を意識し始めたのも、その頃からだと思っている。しかしその時、間近に迫った死について母がどのように思っていたかは聞いていない。聞くことで、母の苦悩が増すことを恐れたからだ。

しかし、一つだけ気になることがある。それは、死を悟った時に涙を流すことだ。友人知人たちや母の臨終に接した時、涙を流すのを目撃した。それは溢れるような涙ではなく一筋の涙だった。それにどのような意味があったのか、想像だが、生きて来たことへの惜別の涙だったのでは、と思っている。
母は死の3日前の深夜、はらはらと一筋の涙を流した。そしてその後は二度と流さず逝ってしまった。母の気持ちはとてもよく理解できる。私自身も死を覚悟した時、人生への惜別の涙を流すと思っている。さほどに生きていることは素晴らしい。

死については誰も真実を語れない。
逆に言えば、死についてどのように考えても構わない。死んだら天国に行くとか、先に逝った肉親や友人たちと再会するとか、自由自在に好きなように考えて構わない。
でも、いつ死が訪れるかは気になる。人の寿命の限界値より先ではないことは分かっているが、明日なのか、3ケ月先なのか、10年先なのか皆目分からない。
今年はコロナ禍で世界中で多くの有名人がなくなった。彼らの多くは年頭まで自分が3ヶ月後に死ぬなど、考えもしなかっただろう。死を前にしたら、莫大な財産も意味をなさない。世の中には1万年間、勢を尽くした生活が続けられる大金持ちが沢山いる。そんな金持ちであっても、死を自在に支配することは不可能だ。死を前にしたら、無一文の一匹のネコより彼らは劣っていると言うことだ。

若い頃は10年20年先までを考えて、行動していた。
今は、3ケ月先まで考えれば十分だ。
そのようなことを考えながら帰路に着いた。

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夏休み。このくらいの歳の頃の意識は、人間より動物に近い。

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