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2020年10月23日 (金)

「風の音」シリーズの老いの世界に達し、嫌なことと嫌な人との付き合いを止めた。令和2年10月23日

北区から老人検診の案内が来た。以前は無視していたが、今回は受診するつもりだ。動機は二つ。近年、同窓生たちの訃報を聞くことが増えたことと、死を受け入れる儀式みたいなものだからだ。
検診で得られる利益は若い頃ほど大きくはない。余命が短くなれば、検診で得られる年月はさほど長くない。だから、若い頃のように「悪い病気が見つかったらどうしよう」といった不安は小さい。「やっぱり、見つかったか」とガックリしても、すぐに納得してしまう。

どんな権力者も、偉人も、必ず病んで死ぬ。世界の富を独占しているGAFAのCEOも、1日にハンバーク1個以下のお金で生活しているインドの路上生活者も、世界的な名医も、死の前では平等だ。しかし、平等だから死は怖くな、と言いきれるほど単純でもない。老いて、日々身体の衰えを実感し続けて、若い頃より死を受け入れている。28年間、祖母と両親の世話をして、老いと死を見つめて来た。その学習効果が、死生観に大きく影響しているようだ。

老いてなすべきことは、自分や世相を憂うことではない。できる限り心身を管理し、世間に負担をかけないことだ。それができるなら、良い歳の取り方をしている。

老いてから、人の死に対してセンチメンタルになった。
ドラマでの看取りの場面を見ると哀しくなる。戦艦大和の最期のCG動画を見ても、亡くなった一人一人の気持ちが胸に迫ってくる。たとえ、どんなに嫌な人でも、亡くなれば一抹の寂しさを覚える。
仏教では、死者をホトケと呼ぶ。それは、すべての人が死によって平等化される、との根本思想によるものだ。

最近死者たちが毎日のように夢に現れる。心理学的には、日頃、思っていると、それで心の負荷が解消され夢には出てこない。
夢で忘れていた人と出会うと、目覚めてからしばらくその頃を思い出して懐かしくなる。
上京してすぐの頃、通っていた銭湯の、日に日に色艶が良くなった番台のおばさん。彼女は番台に上がる時、短めのスカートが乱れるのを気にしなかった。もしかすると、若者たちを刺激していたのかもしれない。
銭湯の隣にあった床屋で親の手伝いをしていた豊満な娘もコケテッシュだった。
夢に登場する死者やそれに繋がる人たちは、なぜかワイ雑で楽しい。
番台のおばさんは今思うと40歳前で色恋では現役だった。床屋の娘は、床屋の跡を継いだ婿の放蕩によって、零落したと聞いている。

英雄伝説の戦士のように雄々しく死ねたら素晴らしい。30歳に満たない彼らが、なぜ死を恐れなかったのか。10代のロミオとジュリエットが愛のために死を恐れなかったのか。それは平均余命の短さのせいだけではない。生死の意味を、現代人より深く考えていたからだと思っている。
長く生きるようになった現代人は、人はいつまでも死なないと錯覚し始めた。
現代人の不幸はそこから始まっている。
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前々回に書いた激安A4エプソンスキャナを昨夜使った。最近、15年昔の作品「風の音」シリーズの絵を修正したからだ。このシリーズは22枚描いたが、そのほとんどは売れてしまった。
このシリーズはセピアを主調にしているのでスキャンが難しい。だからスキャナの性能を試す素材として最適だ。印刷業界でも、セピア色の再現は難しい。日本のお札がセピア色を主調にしているのは偽札を作りにくいからだ。

「風の音」シリーズは老後の自分はこうありたいと想像しながら描いた。今、その老境に達したが、理想の老後には程遠い。静かに枯れることはできず、コロナ禍の中、生活維持のためにもがいている。

最初に描いた「風の音」の全体像。未発表作品。

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要素を盛り込みすぎたので、下の絵のように、シンプルに描きなおした。
外は田園地帯で、海が見えないのが不満で、先日掲載した絵のように海を加えた。

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昔の仕事、彫金の仕事場を描いた。この絵は売却済だ。
その頃は集合住宅で、音が出る仕事はできなかったので、職人仕事への憧憬を描いた。
この絵のように、今も仕事机に愛用していた彫金用小槌がお守りのようにおいてある。
仕事で疲れると、小槌で肩を叩き「あー」とため息をついたりする。

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大晦日間近の老人。
夜中、風の音に目覚めて耳をすました。
このような静かな老人に憧れていたが、現実は程遠い。

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お供え餅と酉の市の熊手のお守り。

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老人の右手にはメガネ。

今年の酉の市は11月2日、14日、26日と三の酉まである。
お参りの密集を避けるため、行列は厳しく制限される。
だから、今年は空いているお昼に出かけようと思っている。


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老人が耳をすませた冬景色。
ウサギの右上遠景に老人の住まい。

生きていることは瑞々しくて楽しいが、死が遠くないことも自覚している。
やりたいことは山ほどあり、いつも、どれを優先すべきか迷っている。
行動の原則は、腕組みをして損得を考え込むことは止め、その時、心を揺り動かすことを優先している。

今日はブログをアップした後、段ボール細工をして、夜は注文の絵皿を描く予定だ。
それはあくまで予定で、どう行動するかは分からない。
結果を考えず期待せずに行動することが原則だ。

最近は嫌な人との付き合いはやめた。
以前は、偏狭にならないように、無理をして嫌な人と付き合っていた。若い頃はそれに合理性があった。とても嫌っていた人が、付き合って見るととても好人物であったりしたからだ。しかし、人生経験が長くなると、試さなくてもだいたい結果がわかる。当然、思い違いはあるが、完璧な人生などない。
嫌なこともしない。
嫌なことは、結局は、自分と世間を害するとわかって来たからだ。

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