第7回日展の工芸美術に日本の生き残りの道筋が見えた。令和2年11月3日
地方で絵を描いている方から日展の入場券をもらった。
2日は大塚の眼科で定期健診を受けた。
眼圧が通常より高い。それで、緑内障の症状が出ないように点眼薬を処方してもらっている。現在のところ眼底に異常はない。
診察を終えて、大塚駅から山手線に乗車してから日展入場券の案内地図を見ると、会場は上野の都美術館ではなく乃木坂の国立美術館だった。古い世代には、日展は上野都美術館だとの思い込みがある。幸い、西日暮里で地下鉄千代田線に乗り換えれば遠回りだが乃木坂へ行ける。
千代田線乃木坂駅は地下道で国立美術館と直結していた。
通路途中に関門があり、コロナ防止のために検温された。
国立美術館入り口。
地上に出ると雨に変わっていた。
連絡通路から青山墓地の紅葉が見えた。
平日の美術館内は閑散としていた。洋画、日本画、彫刻の会場から、最後は美術工芸会場へ行った。平面と立体作品に目新しさはなく、昔行った時から日展はずーっと眠っているように思えた。しかし、最後に訪れた工芸美術の会場は異質の、明るい躍動感があった。
日展審査委員の評価とは無関係に、魅力的だった工芸美術作品を以下に掲載する。
評価の基準は国際美術市場での競争力だ。
日展受賞作品はどれも旧態然として、残念ながら国際美術市場で評価されそうになかった。
刺し子である。
凜とした静謐さに惹かれた。
織と染め。
力強い。もっと巨大に作ったら、国際的に評価されそうだ。
イラストのような染色作品。明るくて楽しい。
重苦しい洋画と日本画の世界に心が潰れかけていたので、この会場には自由な開放感があった。
これも染色作品。とても楽しい。
カマキリを力強く描いた染色作品。
カマキリだけで十分に力強く魅力的だ。
無理に背景を描く必要はなかった。
ちょっと残念。
これは単純に私の好み。
グニョリと膨らませた分厚いガラス造形に、とても惹かれた。
漆作品。
艶々とゴロンとした造形は、子供がしゃぶりつきそうだ。
以上の作品に受賞作品は含まれていない。
洋画、日本画、彫刻は、従来の範疇内の凡庸な作品ばかりで、心を打つものはなかった。
しかし、工芸美術の会場には、未来を感じさせる躍動感があった。
私見だが、日本の作家たちは制約がない自由が苦手だ。
殊に制約のない洋画は、自由に伸び伸びと描けるはずなのに何を描けば良いのか分からず、自らに規制をかけて迷っているように思えた。対して、工芸美術は明るく伸びやかだった。それは技術上の厳しい制約が幸いしているのだろう。工芸作品の技術水準はいずれも高く、プロとして生活されている方が多い。
もし、優秀なギャラリストの助言があれば、多くの工芸作家が国際的に飛躍できるはずだ。しかし、日本には優秀なギャラリストがほとんどいない。ギャラリストとは美術商のことだ。旧弊に縛られ新人作家育成に熱心ではない美術商と区別するためにギャラリストとした。
日展会場は、日本の産業構造を端的に表していた。
受賞作品は国内では評価されるが、国際美術市場では相手にされない。
そのような美術界同様、日本産業も企業トップの無能さと霞が関のビジネス感覚の欠如のために、海外から実力が評価されにくい。
それは世界の富を独占しているGAFAが日本から生まれにくい構造につながる。GAFAが生まれた風土は、美術に例えると自由な創造が可能な洋画の世界だ。自由奔放に生きられる米国だからGAFAは生まれた。しかし日本では、自由にやれと言われると多くの起業家は尻込みしてしまう。優秀でアイデアは豊富なのに、いざとなると何を作っていいのか分からなくなって右往左往してしまう。その結果、余計にサービスしすぎたり、不要な機能にこだわったりして、飛び立つ前に自滅してまう。
その代表がスマホだろう。スマホの基本技術とアイデアの多くは日本が先行していた。しかし、アップル、サムスン、中国メーカーに壊滅的に敗れてしまった。そのような日本風土の特性を自覚しないと、どんなに力があっても成功しない。トランジスターのソニーや、低公害エンジンのホンダが躍進できたのは、敗戦によって旧弊が一掃されて自由闊達な気風が生まれた時期と重なる。
工芸美術に魅力があるのは、技術上の障壁がとても高いからだ。工芸美術会場で、技術へ力を傾注した結果、作家の肩の力が抜け、伸びやかに表現できていると感じた。
そのような伝統的な匠の精神を逆手に取れば、これからも日本から世界企業が輩出するはずだ。これからの日本産業は、力勝負になる汎用品は避けて、制約の大きい分野に特化すべきだ。幸い、日本の工芸美術やオタク文化は元気が良い。日本人は他国がやりたがらない面倒な研究開発が好きだ。ITでも総取りを目指さず、他国がやりたがらない分野を選択すべきだろう。
そして、結果が出ても安売りしないことだ。世界トップの技術力を持ちながら、安売りして業績に伸び悩む企業が日本には無数にある。新人発掘に優れたギャラリストのようなビジネス専門家が生まれれば、これからも日本産業は発展し続けるはずだ。
日展の工芸美術の会場は魅力に溢れていたが、日本には他に現代工芸展と伝統工芸展がある。伝統工芸は保守的で魅力を失っているが、今まで足を運んだことがない現代工芸展は見てみたい。さらに刺激的な展覧会だと期待している。
第7回日展会期・令和2年10月30日(金)~令和2年11月22日(日)
休館日:毎週火曜日 ただし11月4日(水)は休館
11月休館日、4・10・17日
観覧時間. 午前10時~午後6時、入場は午後5時30分まで
表参道の改装された同潤会アパート。
国立美術館からの帰りは行きの逆コースを辿った。
乃木坂から地下鉄に乗り、次の表参道駅で下車した。
雨に濡れたケヤキ並木が美しかった。
平常だったら、人通りが多い通りだが、新型コロナの影響で静かだった。
この世情ではモノは売れない。
どの店も閑散としていた。
新装の原宿駅は初めてだった。どこが良くなったのか分からないまま、ホームへ下って山手線に乗車した。
ショーン・コネリーが亡くなった。享年90歳。若い頃はクセが強すぎて、味わいがなかったが、歳を重ねる都度、魅力が増した。
アルカトラズ島を舞台にした「ザ・ロック」の最後のシーンで、老テロリストを演じていた彼は何処となく消えた。今も彼はどこかで密かに生きるような気がしてならない。本当に惜しい役者だった。
テレビをつけると連ドラ「エール」をやっていた。
寝込んでいる主人公の雄一郎を、妻の音と娘の華が甲斐甲斐しく世話をしていた。
「妻子がいる素晴らしさは、こういうことか」
私はシミジミと見入った。
私の立場では、生活と体が破綻しないように独りで必死に頑張らないと、あっとう間に落ちていく。
家族がいる素晴らしさを家族持ちの友人に話すと、「それは一面だけだ」と応えていた。
友人の言葉の半分は私への気遣いで、残り半分は真実だと思っている。
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 第7回日展の工芸美術に日本の生き残りの道筋が見えた。令和2年11月3日(2020.11.03)
- 昭和30年代町風景。楽しい子ども花火大会。秋の色。令和2年10月26日(2020.10.26)
- 「風の音」シリーズの老いの世界に達し、嫌なことと嫌な人との付き合いを止めた。令和2年10月23日(2020.10.23)
- 去年始めに放映されたEテレ「宮澤賢治・銀河への旅-慟哭の愛と祈り」を再生した。コロナ禍の憂鬱な世相の中、賢治の言葉に不思議な励ましを感じた。令和2年9月27日(2020.09.27)
- オリンピック・エンブレム・デザイン候補4作品の当落予想。16年4月11日(2016.04.11)