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2020年11月10日 (火)

四季劇場「秋」のこけら落とし「オペラ座の怪人」は最高の完成度だった。令和2年11月10日

7日土曜は劇団四季の「オペラ座の怪人」の招待日だった。
開演は午後5時半。3時前に家を出た。劇場は竹芝埠頭近くの四季劇場「秋」。開演時間まで海を眺めていようと、早めに家を出た。
浜松町から浜離宮脇を直進して行くと、竹芝埠頭の帆船をイメージしたモニュメントが見えた。
埠頭の半円形の建物から竹芝桟橋を眺めた。
久しぶりの海の香りは心地よかった。

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伊豆七島からの浮上式のジェット船「大漁」が到着した。
ジェット船「大漁」は165t。最高速度は時速80km。停船中も、エンジン音が大迫力でズシンと腹に響いた。
遠景はレインボーブリッジ。
海好きは多く、一人で海を眺めに来ている人が4,5人はいた。
小一時間、海を眺めてから劇場へ向かった。

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右手のSF的な流線型の船は浅草行きの観光船。
外見は良いが、船内からの眺望はさほどではない。
左手は浜離宮。少し紅葉が始まっている。
この辺りは観光客で賑わっていた。

「オペラ座の怪人」はJR東日本のビル2階に新設された四季劇場「秋」のこけら落とし公演だ。
初めて行く劇場で、場所を間違えて自由劇場隣の四季劇場「春」へ行ってしまった。新劇場はビル内でわかりにくい。受付で案内状を見せると、劇団四季の若い女の子がJR東の新築ビル2階の新劇場へ案内してくれた。

開演30分前の客席は半分以上埋まっていた。
ソーシャルディスタンスで一人置きだろうと思って、隣席に荷物を置いてのんびりしていると、両隣の席にも客がやって来た。
開演10分前には満席になった。招待客は全て住所氏名が分かっている。満席に客を入れたのは、クラスター発生調査の実証実験の一つかもしれない。早く、演劇界がコロナ禍から回復してほしいと願っているので、良い試みだと思った。

「オペラ座の怪人」は30年以上、公演が続いているが、今回は最高の完成度だ。
象徴的に使われるシャンデリアなどの舞台美術も、今回の公演のために大金をかけて新装された。それは劇場の中にオペラ座を構築する不思議な演出だ。
「オペラ座の怪人」原作は、フランスの作家ガストン・ルルーが1909年9月23日から1910年1月8日まで日刊紙「ル・ゴロワ」に連載した小説。その頃のパリはアールヌーボー全盛で東洋趣味が流行していた。

舞台は闇の中で、怪しげな舞台小道具のオークションから始まった。
そして、物語の象徴シャンデリアが突然に華麗に煌めき、観客は一気に物語に引き込まれた。
去年、「パリのアメリカ人」を観たが、今回はその数倍は魅了された。それは唐十郎や寺山修司や江戸川乱歩と相通じる幻想的な怪しさの所為かもしれない。「パリのアメリカ人」は西欧文化が行き着いた洒脱な世界だ。西欧人の洒脱さは日本人がどんなに上手に演じても違和感が残る。しかし「オペラ座の怪人」の耽美的な世界は、日本人が演じても違和感はなかった。

30分の幕間、エントランスはトイレを待つ人が長蛇の列を作っていた。膀胱は空の方が観劇に集中できるので、列が短くなるのを待った。エントランスをぶらついていると、いつもなら誰か知人に会える。しかし、今回は全員マスク姿だ。2,3人と軽く挨拶を交わしたが、互いに相手が誰なのか確信を持てず、言葉は交わさなかった。
後半開始5分前に、やっとトイレ待ちの列が短くなったので、急いで小用を済ませて席へ戻った。

後半も素晴らしく、時間はあっという間に過ぎた。
出演者たちの技量は歌唱もダンスも全て素晴らしく、心ゆくまで楽しむことができた。それは他の観客も同じだったようで、スタンディングオベーションはいつもより長く、いつまでも終わらなかった。劇団四季の公演はほとんど観ているが、これまで好きだったのは「美女と野獣」と「ライオンキング」だ。しかし「オペラ座の怪人」はそれらを凌駕していた。
良質な舞台は自分の過去の一部になって、いつまでも思い返す。
舞台に没入できたのは、一人で観たからだと思っている。昔はいつも傍に綺麗な人がいたので、集中して観ていなかった。後期高齢者の利点は、一人で楽しむことができることだ。若い頃は一人だと、他のカップルが気になって仕方がなかった。それで、意に沿わない相手を誘ってしまい、虚しさを覚えることがあった。

帰りの電車は午後9時なのに空いていて楽に座れた。
その時間に空いているのはコロナの影響だろう。

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クライマックスのシーン。撮影禁止なので、ネット上の画像を借りた。
近年の米国芸能界ではポリコネが常に問題視され、出演者の人種の割合まで公平さを求められている。例えば実写映画版「美女と野獣」では白人が演じるべき役が黒人に変えられ、違和感を感じた。演劇ではおどろおどろしい闇が必要だ。社会道義や政治思想から距離を置かないと、良い作品は生まれない。
ポリコネ=ポリティカル・コレクトネス
性別・人種・民族・宗教などに基づく差別・偏見を防ぐ目的で、政治的・社会的に公正・中立な言葉や表現を使用すること。

ちなみに、実写映画版「美女と野獣」で好きな画面は、ベルの父親を助けた魔女の木のうろの住まいだ。
そのような住まいに子供の頃から憧れていた。

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何もない広い部屋にこのような木のうろをしつらえ、昼寝に使ったら気持ち良さそうだ。

ポリコネはアカデミー賞の受賞条件にも加えられ、白人以外を一定量出演させないと賞の対象から外される。近年のハリウッドでは、更に中国市場を意識し、中国系役者を無理に嵌め込み作品をつまらなくしている。ポリコネは教育の現場にも及んで白人学生は逆差別を受けているようだ。近年、米国出身の白人留学生が日本を選ぶ理由に、自由な日本の空気があるらしい。

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近所の紅葉。

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夕日に染まった病院下公園

午後の澄み切った青空を飛行機雲がキラキラと流れていた。
飛行機雲を見上げていると、いつも50年前のヒット曲・はしだのりひこ・「花嫁」・・・花嫁は夜汽車に乗って・・・のフレーズが口をついて出る。
それは、ある朝の小さな出来事以来の癖だ。
その日、アパートを出て仕事場に向っていると、旅支度の若い女性が声をかけてきた。
「これからアメリカです。向こうで婚約者が待っています」
毎朝、出勤する彼女とすれ違っていたので、顔は知っていた。しかし、挨拶も言葉も交わしたことはない。その彼女が唐突に声をかけてきたので私はビックリした。
「それは良かったですね。お幸せに」
私は戸惑いながら答えた。
彼女は嬉しそうに、重そうなトランクを下げて去っていった。
彼女は空色のフラノ地のコートを着ていたので、季節は今頃だったかもしれない。

その日の午後、澄み切った青空に飛行機雲が見えた。
航路は違うが、アメリカ行きの飛行機のような気がした。
空を見上げながら、当時はやっていたこの曲が口をついて出た。
彼女は嬉しくて我慢できず、声をかけたのだろう。
もし、言葉にしたいほどの良い事があったら、人の思惑など気にせず口にした方が良いと思っている。
そうすれば私のように、誰かが記憶してくれるはずだ。
もし何もしなかったら、自分の足跡はどこにも残らない。

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