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2021年1月31日 (日)

55年前の厳冬期北海道旅行と「風雪ながれ旅」考。令和3年1月31日

相変わらず、寝る前にソロキャンプの動画を見ている。先日、いつものようにソロキャンプを検索していると、なぜか演歌「風雪流れ旅」の動画があった。副題に・・・田舎芸人 植正まさとしは、三味線の名人高橋竹山の生き方と風を感じる三味の音色に魅せられ、すっかりと虜になり生意気ではありますが、高橋竹山物語 風雪流れ旅を語りを入れて唄わせて頂きました・・・とあった。クリックすると、野太いど演歌で力強い門付芸だった。門付の流浪者たちは究極のソロキャンプ達人で、それで検索画面に加えられたのだろう。

風雪流れ旅は40年以上前に船村徹によって作曲された。最初は村田英雄に歌ってもらう予定だったが、彼に断られて北島三郎が歌うことになり、250万枚越えの大ヒットとなった。「風雪ながれ旅」は、北島三郎にはピッタリだ。しかし、浪曲師として各地を流浪した村田英雄はそれ以上に、合っていたかもしれない。余談だが、昔、北九州で芝居小屋を経営していた祖母の友達は、ドサ回りをしていた10代の村田英雄をよく知っていた。村田英雄がやっと世に出た時「あの鼻垂れが、よく出世したもんだ」と、彼女は嬉しそうに話していた。後年、村田英雄も「風雪ながれ旅」を歌っている。ぜひ聴きたいと検索したが見つからなかった。

この曲が出る前、その歌詞そのままに、若い私は厳冬期の北海道を、20日間1万円の周遊券で、毎年のように旅していた。・・カモメ啼く声 ききながら アイヤー アイヤー 小樽 函館 苫小牧・・この歌詞を聴くと、当時の光景がリアルに蘇ってくる。若さの愚かさで、孤独と寒さに打ちひしがれながら旅する悲壮さに憧れていた。しかし、実際の旅は逆だった。厳冬の北海道の住環境は東京の寒さとは別物だ。どの宿も暖房が効きすぎて眠れず、二重窓の乗り物は気持ち悪いくらいに暑かった。

孤独についても、訪れた函館 札幌 網走 帯広と、街ごとに女の子から声をかけられ、少しも孤独になれなかった。モテたと言っているのではない。私は近づきやすい雰囲気を備えているようで、若い女の子から気楽に声をかけられた。内容は「デパートはどちらに・・」とか「美術館はどこに・・」と言ったことで、道案内しながら仲良くなった。私は下車するとすぐに、その街の地図を頭に入れて街に溶け込んでいた。だから、地元の若者に見えたのかもしれない。もし、私が2枚目だったら、女の子から声をかけられたりしない。触れなば落ちん風情で秋波を熱く送られまくるだけだ。
今振り返ると、どの子も可愛いかった。勿体なくて嘘のような一人旅をしていた。しかし当時は、若者なら誰にでも起きる、普通のことだと思い込んでいた。

旅の列車では、しばしば年長の人から駅弁やうどんなどを奢ってもらった。年長の女性からはお菓子やミカンなどを貰った。
その逆に、全く面識のない地元の人から、「兄さん、この婆さんを〇〇の駅で下ろしてくれ」などと一人旅の年寄りを預けられたりした。
「函館で降ろしてくれ」と、父親らしき人に姉弟を頼まれた時はとても楽しかった。姉は16歳、弟は10歳。帯広辺りの山奥の開拓農家で育ち、鉄道に乗るのは初めてだと話していた。姉が弟に「函館には路面電車がある」などと、都会の素晴らしさを話し聞かせているのが微笑ましかった。

少しすると彼女は暖房が効きすぎていて暑いと、顔を紅潮させ花柄のスカートをパタパタさせた。健康的な色白の太ももが見えて目のやり場に困った。その子は目鼻立ちがくっきりとした小顔のエキゾチックな風貌だった。2019年の朝ドラは、開拓牧場を舞台にした「なつぞら」だった。そのヒロイン奥原なつ役の広瀬すずに、私はその子を重ねながら見ていた。





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彼女は列車に乗ったことがないほどの僻地育ちだが、どことなくお洒落な感じがした。

終戦後、北海道の僻地に入植した開拓民は満州帰りが多かった。
戦後日本の生まれでも、もしかすると親は満州からの引揚者だったのかもしれない。
そのような雰囲気が姉弟にはあった。

彼女が左足を載せているのは列車のスチーム。
実際は座席の下まで続いていたような気もするが、とりあえずこのように描いた。
窓下にあるのは吸い殻入れ。
スチームに濡れた革底を乗せると煮えてしまい、ニカワ質が溶けバリバリに折れた。
だから、昔の人は濡れた革靴には注意していた。
彼女の靴はゴム底だったので問題はない。

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20代の旅。途中下車した倶知安駅前にて。
車中で親しくなった地元の女の子と一緒に下車して、駅前の喫茶店でお茶をした後に撮ってもらった。

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倶知安駅構内の蒸気機関車。厚く積もった雪にギュギュキュウと音を立てて停車した。

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函館本線のどこか。息が詰まりそうなくらい寂しく厳しい海だった。

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夜汽車の車中。
本州の列車の窓はすぐに氷の花が咲くほど冷たく、通路側は汗を掻くほど暑く、とても辛かったが、北海道の列車は二重窓で、窓際もよく暖房が効いていた。

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この閉塞したコロナ禍の中で聴く演歌はとてもいい。野太い力強さや、率直さが心に響く。友人にそのことを話すと「自分も最近、演歌をよく聴くようになった」と話していた。Kポップ全盛の韓国の若者たちも、日本の演歌の流れをくむ韓国演歌にハマるものが増えている。辛い時はモダンな曲より、土俗的な演歌の方がピッタリくる。そういえば、演歌の動画には必ず、台湾の繁体字訳が付いている。台湾でも同じ傾向があるのかもしれない。不透明な時代に大衆は、本能的に泥臭い力強さを求めるのだろう。

iTuneストアで、最初に北島三郎を探したがなかった。入手できた船村徹の「風雪ながれ旅」は、自分が作曲しただけに、とても心に染み入る。女性の歌い手は美形美声ではダメだ。美空ひばりは何を歌っても美空ひばりになってしまうので、彼女のフアンでないと没入できない。その点、神野美嘉の「風雪ながれ旅」は、声を壊すのも厭わない強さと激しさがあり、とても素晴らしい。
毎日の散歩中、必ずこの二人を聴いている。

奥歯保護のため、スプリント(マウスピース)を装着して就寝している。7年前に作ったものが去年末、劣化したので上野歯科医院で作り直した。制作工程は義歯と同じだ。まず上顎の歯列を型取りし、それに合わせて透明なプラスチック製スプリント製作。その後の調整が重要で、私のスプリントは熟達した院長に時間をかけて調整してもらえた。この調整がいい加減だと、歯並びが悪くなったり顎関節を痛めたりする。
おかげで、違和感なく安眠できる。新調したスプリントは、私の平均余命12年くらいは保たせたい。

治療後、待合室でマスクをつけ忘れていた。
「篠崎さん。マスク着用お願いします」
すぐに受付の若いAさんに叱られた。
そのような慎重な対処のおかげで、全国の歯科医院での新型コロナ・クラスターは起きていない。今の歯科医院では、治療前の消毒液でのうがい、待合室の換気、治療器具の消毒と、感染予防対策が徹底的に行われていて信頼できる。

コロナ禍は今年も終わりがない。その前の何でもなかった2019年が遠い遠い昔のことのように思える。テレビの映像でも、マスクの有る無しで、いつの撮影かすぐに分かる。その頃、毎日のように行っていた喫茶店の店長や働いていた女性達は、飲食業の経営悪化で配置換えになったり退職したりした。名前を聞くこともなく去って行った彼女たちを、懐かしく思い出している。

コロナ禍の去年夏、散歩へ出てすぐに、よぼよぼと歩く顔色の悪いおばあさんと目が合った。
誰だったのか思い出せなかったが「こんにちは」と挨拶した。
すると、彼女は弱々しく言葉を返した。
「最近、すっかり弱ってしまいました。娘が訪ねて来た時は助かりますが、一人では何もできません」
声を聞きながら、やっと思い出した。3年前、町内会の防災委員をしている時に会合で一緒だった人だ。町内の火の用心の見回りも一緒にした。ふざけて「への用心、致しましょう」と大声を出しながら拍子木を打つと、彼女はみんなと一緒にゲラゲラ笑っていた。
その後も、自転車を飛ばして買い物へ行く彼女を見かけたことがあった。
老人は弱り始めると早い。人生の終わりに、コロナ禍の嫌な年を過ごさなければならない不幸が、気の毒でならなかった。

海外ではマスクなしで外出すると、厳しく罰せられる。
欧州では、コロナ自粛に怒ったデモ隊が、政府の方針に、歯をむき出して激しく抗議をしていた。
警官隊はデモ隊に対し、容赦無く放水を浴びせた。真冬に冷水をかけられれば風邪をひき、却ってコロナ患者を増やしそうだ。

その点、日本のコロナ対策は穏やかで人間的だ。日本人は自粛を呼びかけるだけで、厳しく規制を守るので、陽性者は減少する。日本人の自粛は罰せられるからではない。各々が自主的に守る方が、社会負担は安上がりで合理的だと理解しているからだ。そのような日本人の合理性は、海外ではなかなか理解されない。ちなみに、コロナ禍の中で住みやすい国世界ランキングでは日本は8位だ。住みやすさにの条件に「自由な生き方」を加えたら、日本は断然トップとなる。

先日、赤羽駅近くのドトールでカフェラテを飲んだ。この1年、毎日カフェラテを飲んでいる。一番美味しいのはセブンイレブン系の、150円の自動ドリップのカフェラテだ。赤羽駅のコンビニは同じ値段で量が3割ほど多い。どちらもテーブル席はないので、近くのイトーヨーカ堂の連絡通路にある休憩用ベンチでゆっくり飲んでいる。
駅中の方はミルクが強く泡だてあり、スターバックスの米国タイプのカフェラテに似ていて、味も香りも軽い。ドトールは香りが強い。値段は270円だが、テーブル席なので落ち着く。

赤羽のドトールは100席はある大型店だ。ほとんどがカウンター席で、アクリルの感染予防の仕切板があり、9割近くが一人客だ。
先日、隣席のおばあさんが、ケーキとコーヒーのセットを終えた後、丁寧にテーブルを拭いて去って行った。来日中国人がそのような光景を見ると「それは店員の仕事だろう」と、客が丁寧に片付けることを訝しがる。しかし、一人一人の行動によって、店の負担が小さくなり、結果的に客は安くコーヒーを楽しむことができる。だから、おばあさんの行為はとても合理的だ。

中国では、路上にゴミを捨てる人が多いので、役所は清掃員を雇って町の美観を守っている。しかし、日本ではそのような清掃員は不要で財政支出が減る。他にも、国民はゴミを分別して出したり、交通信号を守ったりするので、取り締まる人員が不要だ。犯罪者も少ないので、家を鉄格子や、頑丈な鍵で守る必要がなく、その社会的経費も小さい。

規則を守る日本人を見て、来日中国人たちは、破ると厳しく罰せられるからだと思い込んでいる。それは誤解だ。日本人は人に迷惑をかけないことが美徳だと、子供の頃から自覚している。
衛生観念においても、日本の神道には汚れの思想があり、心身を清らかな水で洗い清める美風がある。土足で家の中に入らないのも、汚れを避ける感覚によるものだ。そのような風習が、結果的に感染症を減らしている。

日本人の多くは、たとえ親兄弟でも人が齧ったものを口にしない。しかし、欧米人は平気で他人の唾液がついた一つのパンを回し齧りしたり、一本のワインを平気で回し飲みする。今回のコロナ禍で、欧米人に感染が広がったのはそのような風習のせいかもしれない。


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