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2021年6月11日 (金)

2回目ワクチン接種後の開放感。2021年6月11日

2回目ワクチン接種後の副反応は1回目よりひどいらしい。しかし、私は何も起きなかった。副反応は免疫ができる過程で起きる反応で、若い人ほど強く出る。何ともなかったのは、老いて感受性が弱くなったからだろう。

接種後、「玉紐」を買いに渋谷の東急ハンズへ行った。「玉紐」とは、書類入れなどの封に使う、二つのボタンと紐を組み合わせたものだ。この名称は東急ハンズの専門家も知らない。私はネット検索してやっとたどり着いた。他にも様々通称があるようだ。

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カメラ、衣類スチーマーなどの収納容器をダンボールで作っている。「玉紐」はその封に使っている。画像の玉紐は30年前に、渋谷の東急ハンズで100組入りの大袋を買った。その時は一生使えると思っていたのに、ほぼ使い切ってしまった。年月が過ぎるのは早い。

渋谷はコロナ以前、劇団四季「パリのアメリカ人」に招待され、ヒカリエの劇場へ行って以来だ。その時は劇場と駅を往復しただけで、街へは出なかった。10年以上続いていた渋谷駅の大改装工事は終わっていた。迷路みたいな構内は簡便に整理されたはずだが、スクランブル交差点へ出ることができない。窓から見えているのにたどり着けない。結局、道玄坂へ出てしまい、坂を登って東急文化村の案内所で地図をもらい、やっと東急ハンズへたどり着けた。

渋谷の街は5年ほど行っていない。東急ハンズは池袋店を利用しているので、12年ぶりだ。少し行かなかっただけなのに、街を行き来する女の子たちがとても可愛くなっていた。渋谷へ足を伸ばしたのはワクチンを済ませた開放感によるものだろう。帰宅してからも友人たちに電話をしまくり、台湾から来たメッセージにも返事を出した。

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ワクチン接種をした東京北医療センター庭の小径。
5月1日の祖母と6月1日の父の命日は、一瞬で過ぎてしまった。
7月1日の母の命日もすぐにやって来る。

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病院庭のヤマモモ。
今年はまだカラスに見つからず、無事に実っていた。
遠くのベンチに休み、眺めていると、時折、摘んでいく人がいた。
多分、南国の出身なのだろう。
母の最期の頃、ヤマモモがたわわに熟していた。
だから、太宰治の桜桃忌に倣って"山桃忌"と個人的に名付けている。
早いものだ。母が逝ってから12年目に入る。

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病院庭の一角に群生している。
一般的には60㎝ほどに育つが、庭は絶えず草刈りをするので、矮性化し30㎝ほどの背丈だ。

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病院庭のネジバナ。
この可愛い蘭科の野草は愛好家が多い。

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ベンチから空を見上げていると、次々と旅客機が過ぎる。
まだ乗客は少なく、空気を運んでいるようなものだ。

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病院庭のドクダミ。
葉には強い臭気があるが、花は清楚だ。

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病院下のガクアジサイ。
母が死ぬ20日前、この花の前で、車椅子の母の写真を撮った。

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新河岸川河畔の旧居。

帰り道、私の前をおばあさんが、杖をついてソロソロと歩いていた。明るい花模様のブラウスにホワイトグレーのスラックス。"白髪混ざりの髪をすっきりまとめている後ろ姿が、何となく母に似ている"と思いながら「ごめんなさい」と追い抜いた。
「あら、気がつかなくて、ごめんなさい」
おばあさんは笑顔で謝った。
「いえ、びっくりさせては危ないので、声をかけました。後ろ姿が母に似ている、と思っていました」
そう話すと、彼女はとても嬉しそうに、また笑った。

荒川土手ではバングラデッシュの家族が凧揚げをしていた。
静かだ。
彼らから遠く離れても、親子で交わす異国の言葉がいつまでも聞こえた。
どこか遠い場所を旅しているような、不思議な気持ちになった。

最近、気になったネットニュース。
米カリフォルニア州で売り出された賞金28億3400万円の宝くじ当選券を、購入者の女性が誤って洗濯機で洗ってしまい、ボロボロにしてしまった。女性はくじを購入した同州ノーウォークのコンビニ店を訪れ、事情を説明した。しかし、当選券を購入したことの証明はできず、大金をふいにしてしまった。女性がくじを買い入れたのは昨年11月14日。当選したら半年以内に名乗り出ることが必要だが、その期限は過ぎている。宝くじの購入者は署名し、くじの裏表をコピーして、購入の事実を証明すべきだった。この高額当選金をふいにしてしまった彼女は、いくら悔やんでも悔やみきれないだろう。
彼女を慰める言葉は「もしボロボロにしていなかったら、運気の流れが変わって、当選しなかったはずだ」と話すはずだ。しかし、彼女は生涯、繰り返し思い出し、割り切れず、後悔してばかりの人生になるだろう。

似た話で、5,6年前、時価数億円の仮想通貨ビットコインの暗号が記録されたパソコンをうっかり捨ててしまった英国男性のニュースがあった。彼はそれ以来、仕事に手がつかず、ゴミ捨て場でパソコンを探し回っているようだ。ビットコインはそれから、更にとてつもなく値上がりしている。男性の後悔は更に更に深まっているはずだ。

「さざなみ」発言で話題の高橋洋一氏もビットコインの初期の頃、マイニングで得たビットコインのパスワードをなくしてしまった。もし、パスワードがあったら数億?円の資産に膨らんでいたようだ。本人は「気にしてはいません。当時、今ほど寝上がるするとは思っていなかったので、いい加減に放置していました」と淡々と話していた。彼は成功者だから、そのように淡々と話せるのだろう。

菅内閣はカーボンニュートラル政策・温室効果ガス排出ゼロを2050年に達成すると宣言した。達成年度は世界の国や企業によって様々だが、多くは2050年以前に達成すると宣言している。当然ながら、それを宣言した為政者や企業トップの多くは、その年まで現役ではいないし、寿命すらが尽きている。言い方は悪いが、彼らは宣言に対しての責任を負う必要はない。

地球温暖化が騒がれ始めたのは、ソ連・東欧の共産国家が破綻した時期と一致する。ある政治学者は、共産革命を目的にしていた活動家たちが、共産国崩壊によって目的を失い、温暖化防止のための脱炭素運動、LGBT運動、などに活動を変えた。
近代科学が確立してからの歴史は浅い。地球温暖化は完全に解明されていず、そうなるかどうかはわからない。気候学者の中には、これから小氷河期へ向かっていると主張する者さえいる。達成年度を30年後にしたのは、その間に温暖化の証明がなされるかもしれない、と期待しているからだろう。
世の中は再生可能なエネルギーを過大に評価しすぎている。脱炭素・代替えエネルギーは原発しかない。しかし、福島の原発事故以来、不安感は解消されていない。そこで、制御が簡単な小型原発の大量増設が世界中で推し進められている。小型原発の歴史は長く、原子力潜水艦はその先駆けだ。小型原発開発に背を向けているのは、日本くらいのものだ。
以前、文献で目にした小型原発の建屋は2階建の一軒家ほどで、大量の冷却水を不要とし、地方都市の電力を賄えるとあった。それらを都市周辺にいくつも設ければ、送電ロスも少なく、炭素フリーの未来社会が実現する。
EV車の普及は、安価で高機能の電池開発にかかっている。
希少金属のリチウムに頼る限り、普及は無理だ。
こちらもまた、実用的なEVの完成まで10年はかかりそうだ。
脱炭素運動は見かけほど清廉ではない。常に、その背後に国際投機家たちが蠢いている。歯をむき出して大人たちに噛みついていたグレタ少女も、最近、姿を見なくなった。彼女も少し大人になり、環境運動の背後にある胡散臭さに少しだけ気づいたようだ。

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