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2022年2月13日 (日)

量子力学・エンタングルメント=量子もつれ現象に神の存在を感じる。10日初午・雪の王子稲荷。ウクライナ危機の行方。2022年2月15日

量子のもつれ=エンタングルメント現象は量子コンピーターや半導体開発に必須の重要原理だ。その初期応用例が1957年の量子トンネル効果の江崎ダイオードだ。発明者の江崎玲於奈氏は後にノーベル賞を受賞された。
量子力学は物理学では説明できないのに、数学では矛盾なく答えが出る。その不思議さに、多くの学者が魅了されて来た。量子力学の代表的な二重スリット実験では、誰かが観測していると量子は粒子として振る舞い、観察していないと波として振る舞う。
近年の実験では、炭素原子60個がサッカーボール状に繋がったフラーレンも同じ振る舞いをする。なぜ、素粒子や原子や分子まで、人が見ているか見ていないかを察知して自身を変化させるのか、極めて不思議だ。近年、観測者がいなくても、近くを大型トラックが通過することで実験結果が変わることが確かめられた。

スポーツの重要な試合は見ないことにしている。なぜなら、私が見ると必ず日本チームは敗退するからだ。それを言うと偶然だとか、確率の問題だと指摘される。しかし、すべてが量子で構成されている以上、なんらかの関係はあるかもしれない。

そのことですぐに思いつくのはドーハの悲劇だ。1993年ワールドカップ・アジア地区最終予選で、後半ロスタイムに失点して予選敗退に終わった。あの時も嫌な予感がしていたので、観戦しなければ良かったと思った。
近年では、2021年東京オリンピク。散歩に出ようとすると陸上男子400メートルリレー決勝中継が始まった。出るのをやめて見ていると1走は2位の好スタート。しかし、2走へのバトンの受け渡しに失敗し、まさかの敗退。
今日も、散歩に出ようとしたらスピードスケート女子団体パシュート決勝中継が始まった。嫌な予感がしたが競技が終わってから散歩することにした。日本はカナダを抑えてトップを維持。しかし、残り200メートルを切ったところで、最後尾の高木菜那選手の尻を押す動作がぎこちないと思った瞬間、転倒して銀に終わった。量子もつれに関連づけるなら、いずれの試合も、誰一人観察していなかったら日本は勝利していたことになる。
物理学には、観察者は常に無限にある世界のどれかを選択して現実と認識している、との多重現実の考えがある。大雑把に言うと、今、個々が感じている現実はその観測者が選んでいる世界だ。そのような考えを完全に否定できないのが、量子力学の面白いところだ。

昔の教科書に記載された原子模型は陽子と中性子でできた原子核の周りを電子が飛び回っている形だった。私が量子に興味を持ち始めた60年前の物理学の本には、電子は雲状の電子雲として描かれていた。雲状にしたのは電子を観測してその位置を特定することは不可能だからと説明されていた。そして、人が観察すると、はじめて電子は見なれた原子模型のように、きれいな軌跡を描くと説明されていた。

その考えを進展させて、太陽系も観測者が誰一人いなかったら、惑星の軌道は太陽の周りの明瞭な楕円形ではなく、雲状にぼんやりとしているかもしれない、と考える学者がいるほどだ。アインシュタインはそのような量子の動きを「月は誰かが見ているからそこにあって、見ていなかったらそこにないとでも言うのか。量子は気味が悪い」と語っている。アインシュタインは量子力学を解明しようとしたが、果たす前に亡くなってしまった。

量子力学が想像を絶する世界なのは、我々がいる宇宙自体がホログムのように映し出された3次元の仮想現実だとの考えだ。我々の世界は、シャボン玉の膜のような2次元の広がりに記録された膨大な情報が、投影された仮想現実だと数学的に示されているらしい。そして、その2次元の無限の広がりに、ビックバンから遠い未来の宇宙消滅まで、すべての情報が記録されていると言う。
50年前、物理学者ヤキール・アハラノフと量子力学のボームが予言した「アハラノフ・ボーム効果」では、時間は遠い未来の宇宙の終末から現在へ逆に流れていると考える。そして、実験室でも未来が過去に影響を与えていることが確認された。

宇宙の過去から未来までの膨大な情報を人の脳で解明するには無理がある。目に見える宇宙や人が生活している空間ですら、解明されているのは5%だけだ。ありふれたコップ一杯の水ですら、人は正確に解析できない。水の温度は温度計自身が持つ熱の影響を受けるので正確ではない。コップなどの周りの物質は絶えず水に溶け込んでいるので組成の数値も不正確だ。水自身も揮発し続け、宇宙線や振動など無数の要因が水に影響している。仮に全世界のコンピューターを駆使して調べても、わずかコップ一杯の水すら正確に分からない。真実は神の領域だ。人が思っている真実は推測にすぎない。

人知には限界がある。量子力学が解明されたとしても、その先に新たな疑問が広がるはずだ。昔の人は分からないことを神と結びつけて心を整理して来た。その対処方法に不都合は何もない。大切なことは安らぎを得ることだ。
ちなみに、仏教と物理学はとても相性が良い。仏陀は、宇宙は無限で微塵から始まって微塵に終わると言っている。微塵はこの世で最小の単位で、素粒子と同じだ。

今の世界が,ホログラフィーによる仮想現実だとすれば、量子もつれが起こす不思議な現象を説明できる。例えば、互いに量子もつれを起こした二つの原子を1光年引き離して、片方に刺激を与えると片方が瞬時に反応する。アインシュタインの相対性原理では光以上のスピードを出す通信手段はない。だから、1光年離れた原子間での、そのような反応はありえない。しかし、現実が二次元の膜上で起きていることの投影だとしたら、相対性原理との矛盾はない。

映画「メン・イン・ブラック」は大好きなSFだ。「メン・イン・ブラック3」では五次元の世界に生きるアルケィナ星の宇宙人グリフィンが登場する。彼は自由自在に過去と未来を行き来できる。彼は量子もつれによって記録された過去から未来を自在に動き回れるのだろう。

二次元の情報が三次元に投影されたのが現実世界だとしたが、虚像である仮想現実とは違う。それは、ページを開くと、折りたたまれていた立体像が立ち上がる立体絵本のようなものだ。我々は三次元の世界で生活していると感じているだけで、本当は平面上でペッシャンコに暮らしていることになる。そして、その二次元には、宇宙終焉に至る無限な情報がパラレルに記録されている。だから、未来の情報が現在に影響を与える実験も成立するのだろう。

人は古代から、自然や神に祈り続けてきた。
何万年も続けられた行為には確かな理由がある。
祈ることで、未来へ続く膨大な情報が良い方向へわずかに書き変えられ、幸せを招くことを人は学んできた。
脳細胞が量子もつれを起こしているとの研究もある。
願いが叶うことと量子もつれは、密接な関係があるのかもしれない。
量子力学で起きていることを人が解明するには、相手は壮大すぎる。
人が真理に近づこうとするほど、神の存在はより大きくなって行くようだ。

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10日、王子稲荷・初午へ出かけた。朝からみぞれで気が重い。
京浜東北線王子で下車。
予想通り人出は閑散として、出店はいつもの10分の1以下だった。
いつもなら、この道の両側は出店で埋まり、参詣客で混雑している。
大雪の予報のため、全部で8軒ほどの出店だったが、どの店も大繁盛だった。画像のベビーカステラの店も客は行列していた。店主は雪模様にめげず出店して良かったと思っているだろう。参詣客も同じだ。寒いみぞれを押しての参詣へのご利益は大きいと期待している。

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例年なら、この山門まで30分待ちの大行列だが、雪の予報のおかげで待ち時間なし。
階段上の拝殿・本宮社参拝。その後、境内社、御石様から裏手崖中腹の狐穴・石祠と参拝したのは私一人だった。願いをかけて持ち上げた20キロほどの自然石の御石様は、いつも通り胸元まで持ち上げることができて安堵した。
最後の狐穴を参拝してから帰路についた。神社の係が境内社の扉を閉め始めていた。まだ5時前だ。夕暮れから雪がひどくなるので早じまいしたようだ。間に合って本当に良かった。間に合わなかったら、がっかりするところだった。

2月22日火曜日は二の午。
今年は二の午の方が賑わうだろう。

雪模様のため、いつになく疲れた。
埼京線への乗り換えの赤羽駅構内の喫茶店で休み、温かいカフェラテを飲んだ。
いずれも一人客ばかりだ。斜め前のカウンター席ではアクリル板を挟んで、向かい合わせに若い女性と初老の男性がコーヒーを飲んでいた。そのアクリル板に、可愛い女性の顔と明るくライティングされた男性のハゲ頭が見事に合成されて映っている。思わず吹き出しそうになった。

こみ上げる笑いを我慢しながら、持参したマルクス資本論の入門書を読んだ。概要は知っているが、始めて読む資本論だ。それによると、資本論初版100部の半分が日本にあり、マルクス全集が出版されたのも日本が世界初らしい。ちなみに毛沢東は延安時代、日本語の資本論の本を読んで学んだ。昔の日本の書籍は漢字が多く、彼は日本語ができなかったのに概要は理解できた。そのような経緯が、中国語の現代政治用語に日本発が多い理由だろう。

日本人は大昔から本当に本が好きだった。唐時代の頃、中国で出版された本の半分は日本が輸入して、そのほとんどが今も現存している。その知的好奇心の旺盛さは、世界的に凄いことだ。

資本論をざっと読んで感じたのは、かっての共産国、ソ連、中共、ベトナム、モンゴルなどは、本当はマルクス主義と遠い存在だったことだ。むしろ、社会主義的傾向がある現代日本の方がマルクス主義に近い。
しかし、商品価値についてのマルクスの見識は不十分だ。労働者の多様な個人能力を正しく評価していないからだ。この制度では、勤勉で優秀な労働者ほどやる気を失くしてしまう。そのような欠陥が、歪んだ専制国家を生む遠因となった。

外は湿ったボタン雪が激しくなった。
埼京線で北赤羽に出た。
駅前のライフで野菜と牛乳を買った。
ビニール傘に雪が張り付いて重い。
夜の河川敷は見る間に雪で覆われた。

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夜明け前の荒川河川敷。

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11日の新河岸川夕景。朝まで残っていた雪は日中に完全に溶けてしまった。

ウクライナ危機を前に米露は厳しく対立している。老練で強面のプーチンに対して中途半端なバイデン。バイデンはアフガニスタン撤退で失敗した。米国国民はバイデンの外交能力を疑い、目立つのはサリバン大統領補佐官ばかりだ。ちなみに、プーチンとトランプ前大統領は気が合っていた。
ロシアによるウクライナ侵攻では、プーチンはすぐに攻めると言いながら、延々と引き延ばす作戦かもしれない。なぜなら危機によって資源価格が高騰し、ロシアは潤っているからだ。へたに侵攻してしまったら経済制裁で終わる。しかし、強権国家は経済合理性が欠如しているのが特徴だ。その代表が北朝鮮だ。経済制裁はロシアにはまったく通用せず、戦争抑止には繋がらないかもしれない。

ソ連時代のウクライナは軍事産業集積地で、ソ連終了後、先端軍事技術が北朝鮮などに流出した。ウクライナは独立後、自動的に世界3位の核保有国となったが、米露の圧力で放棄した。ロシアはウクライナが独立するなど、夢にも思わなかったようだ。
ウクライナ東部はロシア人が多く、この危機の解決を複雑にしている。はかない希望だが、今回の危機は情報戦が主体となり、プーチン・ロシアは攻め込むと見せかけながら終了させる可能性がある。

ウクライナはロシアの原点だ。9世紀、ウクライナのキエフ大公国からロシアが生まれた。
50年近く昔、1971年ソビエト映画、アンドレイ・タルコフスキー監督「アンドレイ・ルブリョフ」を見た。舞台は15世紀初頭、タタールに蹂躙された頃のロシア公国。
タルコフスキーは好きな映画作家だ。「僕の村は戦場だった」「惑星ソラリス」「ストーカー」「ノスタルジア」と主要作品は全て見ている。「アンドレイ・ルブリョフ」はイコン画家アンドレイ・ルブリョフの苦悩を描いた作品だ。この映画でモンゴルによるロシア支配=タタールのくびきと、ロシア正教の修道僧が描く宗教画・イコンを知った。
ロシアがタタールから独立したのは15世紀末だ。

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