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2022年7月 1日 (金)

赤羽夏景色。酷暑の中、12回目の母の命日を迎えた。2022年7月1日

今日は12回目の母の命日。
以前、母が死んだ時間はとても暗かったと書いたら、読者から「曇っていましたけど、外は明るかったですよ」と、好意的に指摘された。私は部屋を暗く感じるほどに落ち込んでいたのだろう。

今日から13年目に入る。命日には、その日のことを鮮明に思い出す。18時、放送塔からの夕焼け小焼けが聞こえると同時に母の容態は急変した。病院から借りていた吸引器の管を気管まで入れて吸引した。わずかな透明な粘液だけで呼吸困難は殆ど解消しない。後日、それについて親しい医師に聞くと、それは粘液が泡立っている状態で、吸引は効果がないと説明された。
吸引はとても苦しいものだ。効果がないと感じ、それ以上母を苦しめないために吸引は中止した。
酸素マスクをしているが、容態はさらに悪化した。
18時30分に呼吸停止して、30秒ほど遅れて心音も消えた。
すぐに病院に連絡。医師が駆けつけたのは18時50分。
医師による死の確認は18時55分で、法的な死亡時刻は18時55分と記録された。

M_2_20220701234501今日、19時10分あたりの東京北医療センター下、桜並木通りの夕景。
ブログ読者の指摘通り、母が死んだ夕刻では、外は明るかったはずだ。

立派だった桜並木は去年末、老朽を理由に伐採され、幼木と植え替えられた。
幼木が成長して花見を楽しめるまで、私は生きていないはずだ。

左手の丘に都営桐ヶ丘団地がある。
今は給水塔も住居棟も建て替えのため取り壊された。
数年後には高層アパートが林立し、写真の桜並木通りの寂れた商店は新住民によって潤うかもしれない。
前回、書いた、廃業した床屋さんもそこにある。
その主人は高齢なので、店を続けても恩恵は受けないだろう。

M_3_20220701234501前・夕暮れ写真、桜並木通りの右手奥の公団分譲マンション前の夾竹桃。
右手は桜並木の桜で、7,8年前に植え替えられ今はすこし成長した。
珍しい赤白の夾竹桃。通常は薄い紅色だ。

M_4_20220701234501先日の夕暮れ、荒川土手から見えた見事な積乱雲。
手前は化学工場跡地で、数年後には高層マンションが建つ。

M_1_20220701234501病院庭の花梨。
完熟して自然落下した実は、滑らかで美味しいジャムができる。
母が元気な頃、10個ほど拾って来てジャムを作った。
深夜、咳が出た時、スプーン一杯食べさせると頑固な咳が止まるので重宝していた。

M_5_20220701234501浮間通りのヤマモモ。
車の交通が多いのでカラスは近づかない。
しかし、高過ぎて手は届かない。
この色味なら、甘酸っぱくて美味しいヤマモモだろう。

M_6_20220701234501
M_8_20220701234501病院下公園のガクアジサイ2種。
私は白ピンクの方が好きだ。

M_7_20220701234501病院庭のネジバナ。
一株で3本出ていた。
左巻きと右巻きが一対になっていて珍しい。

猛烈な暑さなのに、セミの声をまだ聞いていない。
炎天の白昼の住宅街を、長身の白人金髪の女性が日傘をさしてのんびりと歩いていた。
「ああ、これが日本の夏だ!」と、季節を楽しんでいる風情だ。
彼女には炎天の日本の夏も、一つの風物詩なのだろう。
どの季節でも日本は素晴らしい。

昨日は猛暑の中、1日中歩き回ったので酷く疲れた。
おかげで、目覚めた時、喉と胸の奥が痛んだ。
もしかして、コロナに感染したかと、気になった。
そんな時には葛根湯がある。一回分残っていたので、すぐに飲んだ。
効果はてきめん、小一時間で体はすっきりと回復した。

この一週間、猛暑が続き、今日は37度に達した。
夜11時、目の前の温度計は33度。
姉は部屋にクーラーを入れているが、私の部屋にクーラーはない。
この程度の暑さでは何ともない。しかし、パソコンは暑さに弱い。硬く絞った濡れ布巾を乗せて冷やしている。これを怠ると、たちまちクラッシュして仕事ができなくなる。
ただし、保冷剤で冷やすのは絶対に厳禁。以前、それを試してパソコンが結露し、慌てたことがあった。

暑い時はシャワーが最高。
不思議なことに40度近い気温でも、水シャワーでは冷たすぎる。
私は37度設定で、冷水を半分混ぜるとちようど良い。
ただし、仕上げに頭と足に冷水をかける。これは最高に気持ちいい。
それを日に3〜5回繰り返して、猛暑を乗り切る。
シャワーで濡れた体は軽くタオルで押さえるだけにして、大部分の水気は残す。今年の酷暑は乾燥しているので、数分で揮発してしまう。その清涼感はとても心地よい。

今年は郷里の複数の知人たちから、立派な宮崎マンゴーが食べきれないほど送って来た。多すぎた分は賽の目に切って、冷凍しておく。それに冷凍ブルーベリーを混ぜ、ヨーグルトをかけて食べると最高に美味い。

我々は、左翼教師やインテリたちから、ソ連賛美を散々聞かされて育った。
だから今、ウクライナ戦争のロシアの理不尽さを見ると腹が立ってならない。
テレビもネットもニュースは暗いものばかり。
経済評論家たちは、30年間、賃金が上がっていない日本は世界最低の不幸な国家だと国民の洗脳を続けている。しかし、今回の世界的なインフレでも、日本の物価上昇率は一番低い。
我々は、物価が安定しているのが良い国家だと学んできた。
私の実生活でも、貧しくても工夫すれば食べるのに困らない。
日本の貧困家庭は、社会制度が生み出したものだ。
母子家庭の貧困は、生活費を出す義務のある父親が逃げているケースが多い。それと母親の職業選択が限定されていることと併せて、法整備の遅れが原因だ。日本蔑視ではなく、その現行制度を強く非難すべきだ。

ブログのアクセスは、母の介護中は今と比べ桁違いに多かった。
しかし、ブログは自分の心の整理のために書いているので、気にならない。正直に言うと、介護中より心の闇は深くなった。老いへの対処は一筋縄では行かないと痛感している。
生きていることは愛おしいのに、生きて行くための日々のことがらは結構疲れる。例えば、歯磨きがそうだ。3食後に必ず、歯間ブラシ、通常ブラシ、電動歯間ブラシと使い分け、丁寧に磨くのが面倒なこともある。
しかし、そのおかげでこの30年間、ほぼ口内の健康を保っている。歯科医療が進化しても、自分の歯に勝る快適さはない。

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