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2022年9月 3日 (土)

新規事業は、世間がつまらないと思っている段階で始めると成功する。嬉しい大谷選手の活躍。2022年9月3日

Forbes JAPANの経済記事はとても役立ちそうに見える。でも最近は、新規企画に対しては役に立たないと思うようになった。人生哲学としてではない。現実にForbesの記事は役に立たない。何故なら、記事として発表された段階で、その情報はすでに古くなっているからだ。
成功する起業家は、記事に出る数年前に、それらの情報を掴んで、いち早く行動している。新規事業を起こす時、既製の成功例を真似する起業家の殆どは失敗する。二匹目のドジョウはそうそういないものだ。成功する起業家は、世間が「そんなにつまらないことを」と馬鹿にしている段階で、自分の直感を信じて行動するから大成功する。

もっとも、それは成功確率が高くなるだけのことだ。世間が判断したように本当にダメなアイデアのことも多い。私は、これまで100回は新しいことを試みた。成功率は3%ほどで、それも小さな成功ばかりだ。しかし、成功には別の側面がある。大成功した権力者がストレスばかりのつまらない一生を送っていたりする。その点私は、好きな絵描きをして自由に暮らしている。だから、貧乏でも大成功しているのかもしれない。

最近、一番嬉しかったのは大リーグ・エンゼルスの大谷選手の活躍だ。YouTubeの一般化で、様々なホームランシーンが見られるので、一層楽しめる。動画で知ったのは、米国球場での応援が、日本の球場の鐘太鼓のリズムにそっくりなことだ。ホームランの時、観客が一斉に万歳するのも、国籍を越えた共通点だ。
NYヤンキース戦で大谷が逆転3ランを放って、歓喜して揺れるエンゼルス・アナハイム球場の動画を見ながら、見覚えがあると思った。自分のホームページ を開いて、探すと、昔、シリーズで仕事をした小学館子供向け雑誌・おひさま「おおおとこエルンスト」の画像が見つかった。

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シリーズ始めの頃のエルンストは普通の大男だった。しかし、回を重ねるにつれゴジラみたいに巨大化してしまった。
今眺めると、エルンストが何となく大谷選手に似ている。球場の観客が一斉に万歳しているのも、アナハイム球場と似ている。それにしても、米国選手が小柄にみえるほど立派な日本選手が現れて、ベーブルースの大記録を書き換えたのだから、時代の変化に感無量になる。ちなみに小学館の「おひさま」は少子化の影響を受けて、かなり前に廃刊になった。

住まいの区営住宅は20年に1度の外装工事中だ。鉄骨が組まれ、飛散防止の目の細かい網が張ってある。だから、建物は蚊帳の中みたいで、小さな虫も侵入してこない。
台所の窓に小さなクモが小さな可愛い巣を張っていた。しかし、工事中はクモの店にはお客が来そうにない。
クモを嫌う人が多いが、私は大好きだ。男の子たちが黄金グモを飼って、喧嘩させる伝統があった南九州で育ったからだ。地元の住人自体がクモは益虫として大切にしていた。魚の開きが町中に干してあったので、それにたかるハエを退治してくれるハエトリグモは大切だった。子供の掌くらいあった大型のアシダカグモは、廊下の薄暗い壁にいつもいて、ゴキブリを退治してくれた。だから、クモを殺したことはない。
一番好きなのはハエトリグモだ。今もディスプレー上で、5ミリほどのハエトリグモがカーソルを追いかけている。その仕草はネコみたいでとても可愛い。

改修工事が始まってすぐの頃、非常階段の壁に子供のヤモリがいた。外の工事から避難してきたのだろう。しかし、網の内側では餌がない。その所為で、いつの間にかクモもヤモリも姿が見えなくなった。どうしているのか気になる。

ベランダの防水と塗装工事が始まるので、すぐにベランダのガラス戸には汚れ防止のビニールが張られて出入りができなくなる。それで、大切に育ててきたティーリーフは部屋に入れた。猛暑の頃だとベランダを締め切られると辛い。最近、少しだけ涼しくなったので何とか耐えられそうだ。
私は仕事場の机などの狭い空間に布団を敷いて寝ている。そこに大きく育ったリーフ持ち込んだので、更に寝場所は狭くなった。しかし、木陰にいる気分がして、不思議な安らぎがある。ティーリーフはハワイでは神聖な植物だ。魔除のために家の周りに植えてある。安らぎはその所為かもしれない。

50年前、赤羽台団地近くに住んでいた頃、手のひらに乗るくらい小さなティーリーフの苗を団地の福引の景品でもらった。幸福の木と書かれていたので大切に育てた。今は1メートル四方くらいに大きく育った。寒さには弱い観葉植物だが、幾度も冬を越すうちに寒さへの耐性がついてきた。今は、どんなに寒くても、葉先が少し枯れるくらいだ。

昨夜は、NHK「アナザーストーリーズ・女王美空ひばり・魂のラストステージ」を聴きながら仕事をしていた。
昔の男の子は美空ひばりの歌には興味はなかった。でも、映画で主演する姿は幾度も見た。子供たちは駄洒落で彼女のことを「味噌樽火鉢」と呼んでいた。今もそうだが、子供は駄洒落が大好きだ。「サンキュー ベリ マッチ」は「39ベル(鐘)マッチ(燐寸)」童謡・歌詞の「我は海の子白波の」は「我はノミの子シラミの子」と大声で歌っていた。おじさんがダジャレ好きなのは、子供時代に退化するからだろう。
終戦直後のシラミの猛威はすごくて、小学校で定期的に進駐軍提供のDDTの白い粉を頭に振りかけられた。おかげで、私の世代はシラミを見たことがない。

私は「いつもじ」みたいに湿気に弱い。大気が乾いていれば35度を越しても平気だけど、30度でも湿度が高いと、べとついてぐったりする。「いつもじ」とは、餅米粉をウエハースみたいに平らに焼いて、柚子砂糖をはさんだ久留米の銘菓だ。「いつもじ」は湿気を吸いやすく、ぐったりすると味が数等落ちる。久留米の水天宮(全国の総本社)のお守りを兼ねた長方形の菓子で、白地に5つの梵字が薄墨色で描かれている。母は久留米の出身だ。それで私も子供の頃から大好きな菓子だった。

「いつもじ」に似た菓子に、宮崎・日南市飫肥に「おきよせんべい」がある。同じように餅米粉を焼いた2枚の皮で蜜を挟んだお菓子だ。こちらは、全国的には殆ど知られていない。地元に住む知人は私の好物だと知っているので、毎年、段ボール一杯、送ってくれていた。彼女とは、祖母・母・兄私と3代に渡る長い付き合いだったが、先月、97歳で亡くなった。
友人は4,5人は健在だが、コロナ禍と加齢により会う回数は激減し、寂しくなった。今では黄泉の国の方が知り合いが多くなってしまった。

子供の頃食べた、進駐軍横流しのハーシーのチョコレートはとても美味かった。チョコレート本来の芳醇な天上の香りがした。時折あの素晴らしい香りが鼻腔の奥をよぎる。
だから、上京してアメ横でハーシーのチョコレートを見つけた時は狂喜して買った。しかし、子供の頃の素晴らしい香りも味もなかった。むしろ、国産の明治チョコレートの方が数倍美味しいと思った。それはハーシーの品質が落ちたからではない。子供の頃の鋭敏な嗅覚と味覚を失っていたからだ。

九州の銘菓「鶴の子」は子供の頃から今に至るまで大好きだ。丸いマシュマロの中に卵の黄身を模した黄色い餡が入っているお菓子だ。しかし、マシュマロとは食感が微妙に違っていて数等美味い。子供の頃、父の土産で貰うと、すぐには食べず、しばらくフワフワで滑らかな肌触りを楽しんでいた。

上京して初めて食べて、好きになったのは山形銘菓の「のし梅」だ。梅肉と寒天を甘く煮詰めて、板状に固めて竹皮で挟んだものだ。これはグミのような食感がして甘酸っぱくて本当に美味い。
しかし、血糖値に気をつけているので、甘いものは控えている。どうしても食べたい時は。散歩前に少量食べる。最近感じるのは日本のお菓子が本当に美味しくて繊細なことだ。虎屋の羊羹は若い頃はただ甘いだけと思っていたが、今は実に豊かな芳醇さを感じる。

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