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2022年12月 4日 (日)

日に2回の短い散歩と、納豆入り玉ねぎ大根おろしで逆流性食道炎と坐骨神経痛が完治。2022年12月4日

私は毎日、1時間半は料理をしている。対して、米国の1家庭あたりの調理時間平均は17分。米国での料理とは、冷凍食品を解凍して皿に盛ることだ。
料理と散歩は健康の基本だ。両方を損なうと、確実に命を縮める。9月から10月にかけて坐骨神経痛を発症し、激痛のために奥歯を痛めて食事を摂れなくなった。食べず、歩かず、安眠できないと、驚くほど衰弱し老いる。鏡に映る顔が日に日にげっそりと変貌して行った。

その頃、この痛みと一生付き合うことになると覚悟した。それ以上に自分の余命は長くないと感じた。不思議と、死への恐れはなかった。若い頃、老いるに従って悟りを開き死を受けいると信じていた。だから、心身の修行が大切だと思っていた。それは大きな間違いだ。老いると考える気力も落ちて、死を悩む力も衰えてしまう。それは祖母や両親を看取って、身を以て学んだことだ。

今はそれほどの激痛が嘘のように消え、通常の生活を取り戻した。
幾度も記入したが、器に盛った料理をハンドミキサーでドロドロにして一気飲みして、体力を劇的に回復させた。
HNKの5分番組で、東大教授が指導する腰痛体操も効果があった。それはきわめてシンプルだ。まず、両手を後ろに回して尻に当てる。息を吐くきながら体が痛気持ち良いくらい反らし、4.5秒上を眺める。「それを日に数回、2週間続ければ効果が出る」と、教授は話していた。
ネット上では様々な腰痛体操が紹介されているが、原因に適応していないと却って悪化させてしまう。
もう一つは、仕事を椅子に腰掛けてやるようにしたことだ。それまでは畳にあぐらをかいて絵を描いていた。あれは腰にとって最悪の姿勢だった。

腰痛が治ると、不思議なことに逆流性食道炎が完全に治っていた。私の逆流性食道炎は10年以上続く宿痾で、夜中に胃液が逆流し、激しい胸焼けで目が覚めることがしばしばあった。それは炭酸水素ナトリウム入りのパンシロンを飲むと治まった。病院で、胃カメラで調べてもらうと、胃の噴門部に近い食道内壁がただれていた。この状態が長く続くと食道ガンになる可能性が高くなる。対策として、敷布団に座布団を挟んで、上半身を持ち上げた姿勢で寝た。右を下に寝ることもやめた。他にも効果がありそうなことは全て試みたが、胃液の逆流は治らなかった。

それほど頑固だった逆流性食道炎がなぜ治ったのか不思議だった。ただ一つだけ、心当たりがある。坐骨神経痛でものが食べられなくなった時、玉ねぎと大根をミキサーにかけ、納豆を入れて食べていた。その食べ方は美味しくて気に入り、奥歯痛が完治した後も続けた。

その食べ方を、何となく10日ほど止めたことがある。すると再度、胃液の逆流が始まった。どうやら、納豆入り玉ねぎ大根おろしが、逆流性食道炎を完治させたようだ。だから今は朝晩、納豆入り玉ねぎ大根おろしを食べている。おかげで、胃の調子は快調で顔色も良くなり、長時間歩いても疲労を感じない。気のせいか、肌も若返った気がする。玉ねぎと納豆は血管を強力に若返らせ、体力を増強させる。他に血糖値も下げる。大根おろしは消化を助ける。それらを混ぜたことで、未知の相乗効果が生まれているのかもしれない。

作り方は、玉ねぎ3分の1個と大根は10cmほどの輪切り。それらを荒く刻んで器に入れ、ハンドミキサーでドロドロに粉砕する。玉ねぎは刻んだあと半日以上置いて空気に晒した方が効果がある。それらをドロドロにすると、どんぶり半量ほどになる。それに納豆と付属のダシとカラシを加えて混ぜ、食事の最初にサラサラと食べる。さっぱりしていて美味しく、飽きがこない。

1日に2回、短い散歩もしたことも効果があった。
散歩は一気に6キロ歩くより、1日に2キロづつ2回分けて、計4キロ歩く方が圧倒的に効果がある。この歩き方は、体力が弱った年寄りにぴったりだ。生理学者の研究でも、散歩は脳細胞が活性化させて心を安らかにする。免疫系や内分泌系も活性化する。
昔の西欧貴族の散歩は贅沢な娯楽だった。彼らは広大な庭園に美しい散歩道を作って散歩を楽しんだ。
絵の発想のほとんどは散歩中に思い浮かぶ。悩みを解決するのも散歩中だ。納豆玉ねぎ大根おろしと、日に二度の短い散歩は最強の健康法だったようだ。
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東京駅、素晴らしい観光スポットだ。

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いつもの和田蔵門の噴水。手前のスタバでカフェラテを飲んだ。

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キッテビルのクリスマスツリー。

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12月は雑用が多くて嫌になる。先日は、丸の内の仲通りで人と会った。
並木道のイルミネーションが実に美しかった。

寒風の中、イタリアンレストランの外店でホットワインを700円で売っていた。体がとろけるほどに美味しくて体も温まった。
仲通では、アラスカン マラミュートを4.5頭を散歩させているグループがいた。珍しいボルゾイを散歩させている人もいた。
丸の内近くで大型犬を飼える人とは、どんな金持ちだろと思ったが、そうではないかもしれない。どうやら遠くから車で連れてきている様子だ。この通りで散歩させれば、すぐに犬好きが周りに集まり注目される。それが楽しいのかもしれない。

毎日の散歩中、様々なワンコと親しくなった。
ワンコは正直で、リアルタイムに飼い主の気持ちを反映させるのが面白い。もしワンコがよそよそしい態度をとる時は、飼い主も敬遠していると解釈すればほぼ当たる。もしワンコが親しげに懐いてきたら、飼い主も好意を持っているはずだ。

仲通から、1年ぶりに銀座へ行った。丸の内と比べると、銀座は道が狭く雑然としていた。
銀座は中国人の個人観光客が多い。習政権から圧力をかけられたアリババの創始者ジャツク・マーも日本に来ていて、赤坂あたりの高級クラブに入り浸っているとの噂がある。

今、北海道のニセコや富良野あたりで土地が高騰し、周辺地域までバブルが起きている。中国富裕層の投資によるものだが、一部専門家の分析では、彼らには緩い亡命志向があるようだ。
日本は、飛鳥・平安時代から、大陸から亡命者を受け入れてきた。鑑真和尚が大勢の学者や技能集団を引き連れて来日したのも、真意は次政権からの宗教迫害を予期してのことだと言われている。大陸の政権は交代するごとに前政権時の文化破壊が起きる。しかし、日本では政権交代がおきても、文化破壊は起きなかった。だから、正倉院も法隆寺も現代まで維持された。それは極東では実に稀なことだ。

近年、DeNA解析で、日本人の系図がはっきりしてきた。
アフリカを出たホモサピエンスは中東で左右に分かれた。
東に進んだ古モンゴリアンが最後にたどり着いた地が日本で、縄文人を形成した。
大陸にも残った縄文人と同じ系統の種族は、後から入ってきた新モンゴリアンに駆逐された。大陸で生き残ったのは、昔から僻地だったチベットあたりだけだ。だから、チベット人のDeNAは日本人に近い。

昔は日本人の起源は半島からやってきた騎馬民族だと言われていたが、今は科学的に完全否定されている。
半島人と日本人はDeNAの配列が全く違う。ちなみに縄文人の血が一番濃いのは沖縄と北海道のアイヌだ。
アイヌ文化は鎌倉時代に南下してきたオホーック人の影響を大きくうけている。しかし、DeNAは縄文人の要素を70%以上、濃厚に多く受け継いでいる。関東でも縄文人の血は濃い。

古代日本は豊かで自由の地だった。だから、大陸の意欲のある若者たちは新天地を求めて、荒波を越え日本列島にやって来て、穏やかな混血が進行した。
ミトコンドリアは母方のDeNAを受け継ぎ、男女の性別を決定するY染色体は父方のDeNAを受け継ぐ。
侵略者は男を殺して女を奪う。だから、侵略された地域のY染色体は一つの傾向を持つことになる。
しかし、日本人のY染色体は雑多で多様性がある。それは、歴史的に一度も他民族に蹂躙されていないことを科学的に示している。日本列島は古代から、世界では稀な穏やかな地域だった。

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