育ったのは南九州の漁師町だ。
その一帯は山地や険しい海岸で隔たれた陸の孤島で美人が多かった。
近所に若いお嫁さんがいた。
彼女は大阪でタイピストをしていたが、
無理に親に呼び戻され、漁師の妻になった。
ある日、彼女は縁側で子供に授乳させていた。
そのすぐ傍から6歳の私は眺めていた。
「飲みたい?」
彼女は悪戯っぽく聞いた。
私は照れながら「ウン」とうなづいた。
その時、人の乳がとても甘いことを知った。
72年前の戦争の爪痕があちこちに残っていたころの想い出だ。
彼女は私が好きな食べ物をよく覚えていて、近年まで毎年送ってくれていた。