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2023年7月30日 (日)

Photoshopでモノクロ写真をカラー化した。2023年7月30日

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Photoshopにモノクロ写真をカラー化する機能があることを知った。
早速、カラー化を試した。
「母10歳」100年前の大正期の記念写真。
母は一人で写真館へ行って、ツケで撮ってもらった。
代金は後で祖母が支払ったようだ。

時代は大正ロマン真っ只中。
カラー化すると、突然、現実感が増すことに驚く。
白生地は細かなレース織だと聞いている。
少し赤みがついてしまった箇所を修正すれば、本物に近づく。

小学校に入学してすぐの頃、母は弁当を持っていかなかった。
母は職員室で電話を借りて、洋食屋からカレーライスを出前で注文した。
先生たちは慌てた。
「明日からお弁当を、お母さまに用意していただいてください」
母は叱られたと話していた。

しかし祖母は、一度も料理洗濯などやったことがないアウトサイダーだ。
出前を取れと教えたのは祖母だろう。
母に料理を教えたのは祖父で、手芸を教えたのはヤクザな父だった。
と言っても祖父は軟弱ではない。
西郷軍に従って城山で戦ったほど血の気の多い人だった。

母の小学校の先輩にブリジストン創業者の石橋正二郎や画家の青木繁がいる。

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「母18歳」昭和初期。カラー化してみると、18歳の母の心情までリアルに見えてくる。
母からこの着物の色を聞いていた。
写真では赤みが強いが、実際は藤色が基調だった。
時間をかければそれに近づくはずだ。

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「母20代」郷里久留米を出て上京した。
東京はモガ・モボ時代だった。
カーデガンの下は、実際は細かな模様のレース生地だ。

この頃、母は横浜根岸にあった競馬場に通っていた。
「当時の馬券は最低価格は今のお金で10万くらいした」
母は話していたが、真偽はわからない。

この頃、母は雨のお台場で泳いで、風邪をひき肋膜炎を発症してしまった。
すぐに稲毛のサナトリウムで1年間静養して、快癒して退院した。
結核専門の療養所だが、治療薬はなかった。
ただ栄養を十分摂って、新鮮な外気の中でのんびり生活するだけだった。
千葉の稲毛はオゾンが豊富で、その殺菌力で結核が治りやすいとされていた。

退院するその日
「物かげから同年齢の女性入院患者が恨めしげ見ていた」
後年、母は話していた。
その人が無事に退院したかどうかは分からない。
肋膜炎は結核の一種で、当時の死亡率はとても高かった。

そのあと母は久留米に帰り、
祖母が保証人になって被った莫大な借金を10分の1にして返済した。
祖母にうんざりした母は、満洲へ家出した。

私が母のことをよく知っているのは、8年間、母を車椅子散歩に連れ出したからだ。
毎日、私が車椅子をむ3時間ほど押している間、母は昔のことを話してくれた。
もし、それがなかったら、母の歴史のほとんどを知らなかった。

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