敗戦前の子供達と自然。藪蚊の攻撃。2023年8月15日
戦時中でも、自然は生き生きとしていた。
人は人中心に世界を見てしまうが、自然は人とは無関係に、それぞれの生を謳歌していた。
昔観た戦争映画で、塹壕前に咲く小さな花で、花アブが花粉を集めているシーンがあった。
花も虫たちも次の瞬間に、軍靴に踏み潰されるか、砲弾に粉砕されるかもしれない。
それでも、その一瞬に、迷いなく生きている。
そして、子供たちも大人にはない、まっすぐな生きる強さがある。
8月15日まで、町からも家庭からも青年たちは消え続けた。
そして、その日を境に、生きている青年たちは帰還し、死んだ青年たちの魂も戻って来た。
さらに、それまで口籠っていた、平和・軟弱・敗北、
などの言葉は不思議な輝きを取り戻した。
如何なる言葉であっても、
前後左右の勢力に規制されるのは悪い時代だ。
「中庸」この言葉こそ平和を象徴する言葉だ。
どちらかに偏れば、社会は危うくなる。
平和は、絶妙なバランスの上に成り立っている。
「孫の手」孫の手の曲がった部分に、痒み止めをテープで括り付けてある。
背中など手が届かない場所に、これで痒み止めを塗布する。
今日は東京医療センターに隣接した公園で休んだ。
前身の王子病院、陸軍病院時代からの大木が生い茂り、涼しい風が吹き抜けて心地よい。
しかし、猛烈な藪蚊の大群の攻撃が煩わしい。
今日も攻撃して来る蚊をかたっぱしから潰し、200匹ほどやっつけた。
私は田舎育ちで、藪蚊には嫌と言うほど刺され耐性がある。
だから、刺されてもさほど痒くならない。
やっつけるときはタオルハンカチを折ったもので叩く。
蚊は掌が発する赤外線を探知して素早く逃げる。
だからタオルハンカチで熱線を遮断すれば、蚊が気づく前に簡単に叩き潰すことができる。
その場合、叩くと同時に少し擦るのがこつだ。
そうしないと、蚊の柔軟な体がハンカチのパイルの間に挟まるだけで、致命傷を負うことなく逃げてしまう。
蚊の飛翔力は弱い。
せいぜい5.6メートルの範囲にいる蚊が攻撃して来るだけだ。
その範囲にいるのは多くても200匹ほどだ。
それくらいやつけると全滅し、後は快適に過ごすことができる。
それでも生き残る蚊がいる。
彼らは決断力がない蚊たちだ。
私の周りを迷いながらウロウロするだけだ。
ブーンブーンと飛び回るのは煩いが、刺されることはほとんどないので無視している。
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