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2023年10月13日 (金)

樹下美術館で講演をした。柿の木の 寄り添う家に 普段あり。2023年10月13日

樹下美術館企画で夏から10月17日まで作品展をしている。
美術館から講演を依頼されて訪ねた。
以前は上越新幹線越後湯沢駅でほくほく線に乗り換えた。
今は北陸新幹線が完成したので、車で30分の上越妙高駅で下車する。


所要時間は短くなった。
上越妙高駅から杉田館長の車で美術館に向かった。
講演は、私が持参したiPadを美術館のプロジェクターが認識してくれなかったので用意した画像は無駄になった。
しかし怪我の功名で、急遽、心の赴くままに話したら、とても受けた。
講演の後、杉田館長や地元有志の方々と地元レストランで食事をした。
使えなかったiPadの画像を見ながらの会話は盛り上がった。

喋り過ぎるといつも自己嫌悪に陥る。
これからしばらくは人と話すのが嫌になるだろう。
落ち込んだ気分で、美術館に用意していただいた直江津のホテルに宿泊した。

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翌朝は5時に目覚めた。
私は昔から、旅行中はほとんど寝ない。

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ホテルの窓から見えた直江津風景。
朝5時に目覚めた。
この直江津背後の山中には多くのツキノワグマが生息している。
14日も、この方角の山中で男性が熊に襲われ亡くなった。

50年以上前に直江津を訪れた時、駅前商店街は人通りが多く栄えていた。
今は人通りが絶え、多くの商店はシャッターを下ろして見る影もなく寂れていた。
雪除けの雁木を支える鉄柱はサビてペンキが剥げ落ちていた。
喫茶店で休もうと探したが、見つからなかった。
直江津は先端産業で栄えている。
そのせいか、スナック・クラブ・小料理屋は多かった。

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八坂神社近くの派手なスナック。

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八坂神社。
風化した狛犬に時代を感じた。

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真行寺は趣なく改築されていたが、社寺様式の蔵が珍しかった。

帰りは直江津からほくほく線終点の越後湯沢で上越新幹線に乗り換えた。
ほくほく線は10年前は幹線として賑わっていた。
今は一両編成ワンマンカーに変わっていたが、
ローカル線の情緒があった。
沿線の十日町、六日町の車窓風景も良かった。

急峻な山々。稲刈りが済んだ田園風景。
柿は熟し、一早く紅葉していた。
往路では感じなかった旅愁を、帰路で初めて感じた。

 柿の木の 寄り添う家に 普段あり

越後湯沢始発の新幹線はガラガラに空いていた。
長トンネルを抜けて、上毛高原駅に着くと海外観光客たちが乗り込んできた。
高崎辺りからの車窓に東京の雰囲気を感じた。
首都圏は本当に広大だ。
その風景を眺めると、なぜか安堵した。

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大宮駅で夕食用に湘南名産鎌倉の鯖寿司駅弁を買った。
美味い。

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埼京線、浮間船戸駅で下車した。
この辺りの光景は村上春樹の小説に登場する。
湖畔にはコメダ珈琲などがあり住民に人気がある。
直江津より東京の公園の方が小鳥のさえずりが多かった。
ほんの少し東京を離れただけなのに、荒川土手の葉ずれの音に懐かしさを感じた。

その夜は久しぶりに12時に就寝して、翌朝5時半に起床した。
寝床から天井を見上げると、1センチほどの悪臭代表クサギカメムシが止まっていた。
都内だが荒川河川敷があり自然豊富なので、窓を開けておくと様々な虫が飛び込んでくる。
それに備え、部屋には柄付き透明プラスチック・カップが置いてある。

虫類は透明なものが見えない。
カメムシにカップを被せ下の隙間に葉書を滑り込ませて捕獲した。
それかを外へ放ると他所へ飛んでいった。
カメムシ類は叩いたり掴んだりすると悪臭と毒性で大変なことになる。
侵入して来る虫の捕獲は厳冬まで続くことになる。

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