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2023年10月 5日 (木)

師団坂のホームレスたち。2023年10月5日

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「師団坂のホームレスたち」最近ホームレスが減った。
彼らのテリトリーには家庭ゴミから発芽したスイカやカボチャが育っていると言う。
もしかすると、彼らは現代の狩猟採取民族かもしれない。

暑い頃、高架の下で坐禅している老人を見かけた。
ヒゲモジャの人は炎天下を大きな空き缶の袋を担いで急ぎ足で師団坂を下っていった。
日本のホームレスは勤勉で真面目だ。
ホームレスにはハゲが少ないとの説があるが、確かにそうかもしれない。
この人は見事な髭と頭髪で、もしかすると縄文人の末裔かもしれない。

師団坂と呼ばれているのは、戦前、坂の上に近衛師団の工兵隊があったからだ。
今その敷地は病院やミッション系の星美学園が建っている。
赤羽は軍都で、工廠など軍の施設が戦前から多かった。
そのせいか、至る所桜が植えてあり、北区の区の花に選ばれた。

ちなみに祖父は明治初期に久留米から近衛師団に選抜された。
近衛兵は女性に大変にもてた。
除隊後、祖父は染物屋の娘と恋仲になって、激怒した曽祖母は祖父を廃嫡した。
その頃は染物屋は身分が低く見られていて、久留米藩の重臣だった実家としては許せなかったようだ。

実家は次男が後を継いだ。
次男は実直な人で、医師を誠実に務めて家を盛り上げ、その子孫は各界で活躍している。

母の母親は染物屋の娘だ。
その血のおかげで私は、染物屋のデザイン・色彩感覚を受け継ぐことができた。
その母親は早世し、母は他家の養女となった。

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「山下公園沖夕景」遊覧船の臨席にいた可愛い母子。
私と同じように「定期的に海が見たくなる」と話していた。
私は海育ちなので、波音、海の香り、かもめの鳴き声、どれも心を打つ。
ちなみに、子供の視線の先には大観覧車がある。
子供の目には、それは夕闇空の大きな瞳に見えていたのかもしれない。

東京湾は様々な遊覧船が運行している。
以前、日出桟橋から横浜埠頭まで小型船で行ったことがある。
真冬の風の強い日で、船は上下に激しく揺れ、天井に何度も頭をぶつけそうになった。
14.5人の乗客の中で酔わなかったのは私だけだった。
危険を察した船長は船内にアナウスした。
「このままでは危険ですので、これから運河に入り、横浜埠頭へ航行します」
運河に入ると波一つなく、穏やかに横浜埠頭の先端の船着場に到着した。
WELCOME YOKOHAMAのゲートをくぐると、まるで外洋船で帰って来たような気分になった。

私は本当は、きわめて乗り物酔いをしやすい。
一度、九州まで大型フェリーで行ったことがあるが、20時間船酔いが続き死ぬ思いがした。
しかし、小型船の激しい揺れは平気だ。
車も、ジープやランドクルーザーの荒々しい揺れは平気だ。
飛行機でも乱気流の厳しい揺れは平気だ。
どうやら、大型船や大型バスのゆったりとした揺れだけに弱いようだ。

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