「中年や遠くみのれる夜の桃」西東三鬼 2024年1月15日
「中年や遠くみのれる夜の桃」西東三鬼の代表作。
桃の仄かな芳香を辿り行く官能的な心象風景がいい。
彼の逸話で思い出すのは戦時中の夜汽車のシーンだ。
同席した知らない青年が、召集令状が来たので入営地へ向かうところだと言う。
彼は青年を神戸で途中下車させての馴染みの娼館へ連れて行った。
そして、娼婦との一夜を青年への花向けとして贈った。
正確な記憶ではないが、とても好きな逸話だ。
私が育った漁師町にも鄙びた娼館があった。
場所は港の入り口の右手で、漁協の前にあった。
建物裏の砂浜にはハマユウが自生していた。
時折ハマユウの間に、海を眺めている女性たちを見かけた。
この地の男たちは隣町の娼館を利用する風習があった。
だから利用客は他所の知らない男たちばかりだった。
娼館と線路で隔たれたあたりに友人宅があった。
ある日、友人宅を訪ねて行くと、娼館2階の全開の窓からワルツが聞こえた。
部屋では青背広の男性が赤いドレスの女性と抱き合い、一心にダンスを踊っていた。
8歳の私は立ち尽くし、生まれて初めて見るダンスを呆然と見上げていた。
それから数日後に娼館は廃業した。
建物は取り壊されて、ハマユウが群生する砂浜に戻った。
それは昭和28年の思い出だ。
今も白いハマユウの花の甘い香りを嗅ぐと、
娼館の女性たちを思い出す。
ハマユウの香り儚き 白い足
写真は北赤羽・新河岸川にかかる浮間橋夕景。
三人の中年男たち、一瞬の姿にドラマを感じた。
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