小林製薬の紅麹事故につき。2024年3月31日

小林製薬・紅麹事故は残念。それでも紅麹で豆腐を発酵させた紅腐乳や沖縄の豆腐ようは大好物だ。伝統食は今回のようなミスを数限りなく犯して完成した。小林製薬の事故は近代的な製法と伝統的な製法の違いによるものだと思っている。

紅腐乳や豆腐ようは濃い塩分を加えて発酵させる。その塩分が毒性のあるカビなどの混入を防いでいるのではと思っている。
私は昔から塩麹を作っている。手製なので限界まで塩を減らして作る。すると熟成した頃に塩麹表面に点々と黒カビが生えることがある。その時は菌糸が伸びている範囲を十分にすくい取って捨て、冷蔵庫へ入れる。
規定通りの塩を加えた塩麹では、そのような失敗は起きない。

中国の紅腐乳の塩分は強い。薄味なら美味しいのにと思うほど塩っぱい。
中国人はアバウトな人たちだ。日本人ほど繊細に清潔さを配慮するとは思えない。そこで経験的に、塩分を発酵する限界まで加えることで他の雑菌の混入を避けたのだろう。

小林製薬の事故はある時期のロットだけに起きている。製法は蒸した米に紅麹を振りかけて培養する。その時、有毒なカビが混入したと推測されている。しかし、日本は発酵文化の国だ。雑菌混入を避ける方法は伝統的に完成されている。もしかすると、小林製薬では安全許容限界で培養が進められていたのかもしれない。

このような事故は日本企業として珍しい。
概ね、日本企業は何に対してもオーバースペックに作り込んでしまう。
先日、月着陸機のニュースを見た。
米国の民間月着陸機オデュッセウスは日本JAXAのSLIMと同じように横倒しになったまま観測を続けた。しかし月の夜を乗り越えられず交信は停止してしまった。

初めから月の夜を乗り越えられるように作られていないので、それは仕方がないことだ。月の夜と昼は300度近い温度差がある。バッテリーをエネルギー源にした冷却装置を装備しないと、半導体などの電子部品は壊れてしまう。

対して、日本JAXAのSLIMは月の夜を2度も乗り越えた。
このSLIMも夜を乗り越えられるように始めから作られていない。しかし、日本企業特有のオーバースペックな性癖のため、部品は仕様書以上の性能を発揮して乗り越えてしまった。そのように日本企業は仕様書以上に作り込んでしまう。それが例えば日本車の信頼性を高め躍進の原動力になっている。

午前中のNHKで、ドキュメンタリー「物理学者・戸塚洋二・がんを見つめる」をダイジェストでやっていた。この番組は昔見たことがある。

物理学者の戸塚洋二氏は世界で始めてニュートリノに質量があることを見つけた。これは大発見で、それで宇宙の未来予測は大きく変わることになる。従来は宇宙は際限なく膨張すると考えられていた。しかし、ニュートリノに質量があるとすれば限りなくゼロへ収縮することになる。

宇宙の総てが1点に収束して消えてなくなるとは底なしに空虚だ。番組では仏教の無の思想と対比させて語っていたが、古代思想と最先端の科学が一致することは興味深い。

彼は大腸がんが転移して66歳で死んだ。もし、あと数年長生きしていたら、間違いなくノーベル物理学賞を受賞していた。
番組は、自分のガンを科学者の目で考証し、記録する姿を丹念に追っていた。周囲はその冷静な姿勢に救いを見いだそうとしていたが、優秀な頭脳でも死を受け入れるのは難しく思えた。

彼に比べ、ポンコツ脳の私の祖母・父・母は悩むことなく死を受け入れていた。どうやら、優秀な脳はかえって苦悩を増幅させてしまうのかもしれない。

昔と比べ、現代人は死を受け入れる心構えが衰退している。
誰もが一番悩んでいることなのに、科学は何一つ解決策を見出せていない。戸塚洋二氏は家族の行き届いた介護に恵まれ死期を伸ばせた。しかし同時に苦しみを長引かせてしまった。そこに現代社会の病理を感じる。

昔は死は受け入れるものとして捉えていたが、現代は最期の最期まで戦うものとされ、その呪縛に現代人は苦しめられている。しかし、人生の最期に最大の苦悩に晒されるのは不幸だ。

近未来は違うだろう。薬物や心理療法によって死の恐怖を取り除いてくれると期待している。
昔、ドキュメンタリーでライオンのシマウマの餌食シーンを見たことがある。その時、瀕死のシマウマの瞳に恍惚の光を感じた。脳科学者はそれを、シマウマの脳内に脳内麻薬のエンドルフィンが放出され、多幸感に満たされたからと説明するだろう。そこに人の臨終時の救いがあると思っている。

画像「バランス」Bing Image Creatorで生成し、ホトショップによる手作業で仕上げた。