« 消えた桜。2024年4月13日 | トップページ | 愉快なスマホ仲間たち。2024年4月16日 »

2024年4月16日 (火)

映像の世紀・ノルマンディー作戦と日本本土決戦との関係。2024年4月16日

M_77n_20240416122201

昨夜の「映像の世紀」はノルマンディ上陸作戦。連合国戦死者4500人。連合国爆撃によるフランス民間人死者35000人。兵士死傷者数は作戦立案者の推計を遥かに下回るもので、連合軍の懸念は杞憂に終わった。

地上最大の作戦に対して太平洋戦争での一孤島硫黄島での米軍死者は7000人。擬似本土上陸作戦であつた沖縄戦では12500人。それに伴った日本側軍民の莫大な戦死者を決して忘れてはならないが、米軍が日本本土上陸作戦をためらった理由は沖縄での高い米軍死傷率35%にあった。

その対応策として米国はソ連に外地侵攻を依頼した。そして本土へは原爆の連続投下で無条件降伏を図った。原爆投下は更に第3.4.5と投下予定で、もし降伏しなかったら日本は本当に壊滅していた。

原爆が投下された広島の爆心地でも無傷で生き残った人がわずかにいた。
彼らはビルの地下室や、広島城の軍司令部の地下壕にいて助かった。原爆の数千度の熱線は簡単な遮蔽物で防ぐことができた。爆心の真下以外なら防空壕で爆風から逃れることができた。その後、すばやく放射能汚染圏外に脱出すれば多くの人命は助かっていた。

しかし、米軍は高率的な住民虐殺方法を研究し尽くして実行した。
米軍は原爆投下まで、連夜小規模な空襲を繰り返し、住民の空襲への警戒を麻痺させた。その結果、連日不眠不休で対処して疲労困憊していた広島の軍司令官たちは、原爆が投下される日の朝、空襲がやっと終わったと判断し一時帰宅して休息した。

その最悪の期日を狙って原爆は投下された。
B29エノラ・ゲイと観測機の来襲は日本軍のレーダーで補足されていたが、司令部はいつもの小規模な空襲と誤解した。しかも、空襲警報の発令権限がある司令官たちは休息のため帰宅していて不在で、空襲警報は出されなかった。

再現映画「ひろしま」では、その時、空襲対策の防火線構築のため学都動員された女学生たちが家屋撤去作業をしていた。
その時、青空高く、音もなくキラキラ光りながら飛ぶB29を女学生たちが見上げているシーンが印象的だ。その直後に原爆は上空で爆発し一瞬で悲劇が起きた。

もし警報が出されていたら、解体作業中の女学生たちは防空壕に入って無傷で助かった者が多くいただろう。一般人が避難できないように綿密に仕組まれた作戦のため、ひろしま原爆は人体実験だったと言われている。

ちなみに、原爆投下予定は日本軍の無線傍受部隊が傍受して解析し「特殊爆弾が広島に投下される」と、その期日を含めて詳細に大本営に報告されていたが無視された。

その日広島へ原爆投下へ向かうB29エノラ・ゲイへの接近範囲をB29迎撃用の紫電改が飛んでいた。戦後、その事実を知らされた紫電改操縦士は「エノラ・ゲイの位置を知らせてもらっていたら、待ち伏せして体当たりしてでも阻止していた」と悔しそうに語っていた。

歴史に「もしも」はない。
今はただ、平和と繁栄に生きていることを感謝するほかない。

Ma_3

Ma_4

Ma_5

Mas

|

« 消えた桜。2024年4月13日 | トップページ | 愉快なスマホ仲間たち。2024年4月16日 »