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2024年6月 2日 (日)

昔の男の子はチャンバラが大好きだった。2024年6月2日

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 子供の頃はゴム締めズボンだったので刀を差せなかった。
しかたなく絵のように差したが格好悪くて動きにくかった。
だから、刀が差せるベルトズボンに憧れていた。

鬼滅の刃の影響でチャンバラが流行った頃、隣町の十条に行くと4.5歳の子供が、絵のように刀を差していた。
昔も今も子供の発想は同じようだ。

昨日の散歩道で小さな女子が、キラキラのティアラを被ってお姫様になりきっていた。
昔の女の子たちもボール紙のティアを被ってうっとりしていたが、違いは下駄を履いていたことだ。

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そんなことを考えていると昔の下町風景を思い出した。
絵は堀割りの橋を行く都電だ。

漁師町の子供たちは水中銃を手作りしていた。
自転車屋で自転車のスポークをもらって、先を金槌で潰し、ヤスリをかけて銛にした。
それを竹に装填してゴムの力で突き出して小魚を獲る仕組みだ。
私は魚取りは下手だったが、水中銃作りは人一倍得意だった。

中学生の頃、携帯用の自転車空気入れを手に入れた。
それを使えば空気銃ができると思った。
まず鉛製ペレット弾と同じ口径の鉄管を手に入れた。
圧搾空気を貯めるエアタンク。ペレット弾を押し出す圧搾空気用の弁。
それらをヤスリと鉄切り鋸で作ってハンダ付けで組み立てた。

完成して、試し撃ちをすると5m先の空き缶が凹んだ。
しかし、ペレット弾が人に当たったらどうなるか想像した。
「大変なことになる」
そう思うと怖くなり、すぐに空気銃は分解した。

分解した部品を眺めながら、それを使って蒸気エンジンができると思った。
アルコール固形燃料でボイラーの水を沸騰させ水蒸気でピストンを動かす仕組みだ。
すぐに制作に入った。
蒸気のスライドバブルは巧くできてピストンが動いた。
しかし、ボイラーの安全弁の作動が不安定だった。
「こんなもの使っていたら暴発する」
自分の能力では無理と分かって制作は諦めた。

それでもいつも何か作っていた。
自然に身につけた技術は、後年の彫刻作りに役立った。
ヤスリがけ、溶接、どれも他の若者より巧みにこなせた。

寝る前にNHKの「地球でイチバンの乾いた大地と天空の塩田・南米編・チリ・ペルー」を見た。
砂漠に木の十字架が林立する墓地。塩田で黙々と働く人たち。
黙々と働いて終わるだけでも、人は素晴らしいと感動した。

10年前から逆流性食道炎があった。
この胸焼けは横になると起きる。
寝入ってから起きると飛び上がるくらいの激痛だった。
それで病院で胃酸の分泌を抑える特効薬を処方してもらった。
即効があったが長期服用はできなかった。
寝る姿勢など様々に工夫したが治らない。
起きそうな時には事前に太田胃散を飲んだ。
重曹で中和するだけの単純な薬だがとてもよく効いた。

今年初め、太田胃散を使い切ったので、新しく買った。
先日、その新しい缶をまだ開封していないことに気づいた。
どうやら食道炎は自然治癒してしまったようだ。
治癒原因が皆目わからない。
牛乳を多飲するようになった時期と一致するので、牛乳に治癒効果があったのかもしれない。

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