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2024年6月 6日 (木)

食べ残すのが礼儀の中国式食事の真意。2024年6月6日

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1966年米映画・砲艦サンパブロ。
大正期の混乱した中国。揚子江に浮かぶサンパブロを軸にスティーブ・マックイーン扮する水兵と伝道所の女性教師の恋。

砲艦を実際に運営していたのは米国兵ではなく中国人たちだった。
中国人は家族連れで機関室に住み着いて米兵の下請けをして暮らしていた。
砲艦サンパブロ内の二重システムは、中韓では階層的に作り上げられた必然的なものだった。

中国では食事を食べ残すのが礼だと言われている。
その理由を戦前長く中国で暮らした人に聞いたことがある。
昔の中国の料理店では、食べ残しは従業員のもので食事代わりに食べた。
業者に売ればいい収入になった。だから従業員は無給で働いていた。
殊に高級店の食べ残しは高額で売れ、買った業者をそれを転売した。だから、たくさん残す客ほど従業員たちに歓迎された。

清王朝の西太后は毎食数十種の料理を用意させたが、彼女が食べるのは一箸だけだった。
だから高級料理が大量に残った。それは食膳係の大きな利益になった。

70年代の日本では、韓国へのキーセン観光がブームになっていた。
いわゆる売春旅行だ。それによく参加していた知人がいた。
当然、高級料理店で食事をすることが多い。食事には多量多種の料理が出されたが食べきれなかった。すると、従業員は食事室の隅テーブルに食べ残しを持って行って、みんなでワイワイ食べ始めたのに驚愕したと話していた。
中国韓国で食事を残すのが礼儀だとされているのは、そのような深い訳がある。

関連して嫌な記憶もある。
5年前、池袋の中国語しか聞こえないディープな店に友人と行って煮込み料理を注文した。
すると、大きな土鍋が運ばれてきた。
野菜や肉類が煮込んであるのだが、よく温まっていなくて一部は冷たかった。
よく観察してみると、それは客の食べ残しを混ぜて温めたものだった。
食べるのをやめて、生ビールを飲もうとすると気が抜けていた。
よく見ると底にご飯粒か沈んでいた。結局、料理とビールはそのままにして店を出た。
多分、私たちの食べ残しと飲み残しは次の客に出されるのだろう。

ところで、冒頭の「砲艦サンパブロ」には苦い思い出がある。
若かった私は、その映画の前売り券を知り合いの綺麗な女性に送った。
ワクワクしながら待っていると、やってきたのは彼女の従兄弟だった。
何故と聞くと「誘ってくれたんでしょう」と平然と答えた。

根回しなしにデートに誘ったのは大失敗だった。
今もそれは青春の苦い記憶だ。
その彼女は結婚して間もなく、ガンで早世した。
二重に辛い思い出になってしまった。

画像は昨日の桐ヶ丘団地夕景。
今、全面的な建て替え最中で、この空き地に高層住宅が並ぶことになっている。
だからこの風景は間もなく消えてしまう。

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