能舞台のような死生観の映画「岸辺の旅」2024年10月29日
「岸辺の旅」2015年。湯本香樹実作小説の映画化。夫・薮内優介・浅野忠信。妻・薮内瑞希・深津絵里。総合病院歯科で勤務医をしていた夫・優介は突然に失踪した。妻・瑞希はピアノ教師をしながら、夫の帰宅を待った。そんな彼女の前に優介が現われた。「自分は自殺して死んだ身だ」と彼は話した。彼は混乱する妻を失踪中に巡った、思い出の地の旅へ誘った。
そこで出会う人たちは現世の人ではない。
最初に訪ねたのは新聞配達店の島影さん・小松政夫。すでに死んでいる彼は、死後も新聞配達を続けていた。町の人たちに彼の姿は見えないが、二人には見えていた。
島影さんは優介との再会を喜んだ。
夫婦は彼の住む広いビルの一室で暮らし始めた。
映画全編にわたって、二人が休むのは病院のような白ベットだ。それは死を象徴していた。
島影さんはやがて、あの世へ去って行った。島影さんが消えた朝、妻・瑞希は滞在していた彼のビルが荒れ果てた廃墟であったことを知った。それは雨月物語のような設定で、生死の儚さを感じた。
この撮影の後に島影さん役の小松政夫は亡くなっている。
次は失踪中に優介が働いていた中華料理店を訪ねた。
ここでも優介は歓迎された。
店の主人夫婦は死者ではなく生きている人だ。
瑞季は居心地の良いその町で、静かに優介と暮らすことを夢見た。
しかし、経営者妻の10歳の妹があの世から蘇ることで、生死の境を受け入れられなくなった二人は、その町を去った。
最後に最後に暮らした山村の星谷さんを訪ねた。
優介は村人たちに愛されていた。星谷さんの息子は、失踪して亡くなっている。その失踪した夫を探しに行った嫁が、息子ではなく優介を連れ帰って山村での暮らしが始った。
二人はその山村にも安らぎはなかった。
失踪し死んだ息子や、瑞季の死んだ父親が現れ、瑞季は苦しんだ。
優介もまた、現世に戻ったことに苦しみ始めた。
それまで、瑞希が体を求めても優介は応じなかったが、現世での終わりを感じた優介は応じた。
瑞希役・深津絵里の背中の陰影がとても美しい。かすかにうごく肩甲骨に、胸の膨らみや肌の温もりを感じた。
最後に、二人はその山村を去り、海辺の小さな入江にたどり着いた。
優介は次第に弱って行った。
「離れたくない」と瑞季は彼に願ったが、優介は静かに彼岸へ去った。
能舞台のような映画だった。映画は黄昏の時間帯が多かったが、能舞台でも薄暮に亡霊に出会う設定が多い。この作品には、死を納得させる不思議な力がある。
写真は夕暮れの荒川対岸の、川口に出る月。
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