作家の死は作品を生み出せなくなった時だ。2024年11月20日
仕事帰りの道。小春じい「無理して働くな。いいかげんでも死にはせぬ」タマ「上手くいったとしても、今と大して差はないぞ」
ポチは自分のことは分かっていた。
だから、二人からの励ましにもならない言葉に安らいだ。
作家の死は作品を生み出せなくなった時だ。
だから実際の死より早く訪れる。
谷川俊太郎氏が92歳で先週13日に亡くなった。
出版社主催のパーティーで氏を遠望したことはあるが面識は全くない。
彼の三度目の伴侶・故佐野洋子氏の武蔵美時代からの親友がグラフィクデザイナーで、そちらとは繋がりがあった。
誰が亡くなっても弔意の気持ちは起きる。
弔意のためにマーラー交響曲第5番〜第4番を聴きながら、この絵を描いた。
谷川俊太郎氏の「二十億光年の孤独」のメタファーは「朝のリレー」で明喩化された。
さらにどのように変わっていくのか、
いつもドキドキしながら作品を眺めていた。
何かを目指しながら、プツンと終わる。
最終章など、この物語にはないようだ。
人の優しさに触れると、世の中捨てたものではないと思えて来る。真に豊かな社会は心が豊かだ。私は無宗教だが、自然を超越した存在は常に感じている。
完全に幸せはないし、完全に不幸もない。社会はほどよく、良いものとそうではないものが混ざり合っている。
ようやく寒くなって、紅葉が始まった。
冷たい大気を胸一杯に吸い込んで、散歩するのは心地よい。
赤羽台の住宅地を歩いていると落ち葉焚きの煙が漂ってきた。
喉の辺りに甘味を残すような、落ち葉焚きの煙の香りは好きだ。昔、庭のある家に住んでいた頃は、毎日、落ち葉焚きをしていた。
だから、集合住宅で暮らすようになってから、無性に焚き火がしたくなる。
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