漫画のためのシナリオ「赤い野いばらー2」2024年11月21日
「赤い野いばらー2」
カナは夢の中にいた。
傍らにいたトオルも、松林も、貝拾いをした砂浜も、何もかも消えていた。
カナは冷たい雨に濡れながら、寂しい草原を歩いていた。
うなじに濡れた髪がまとわりついて不快だった。
何度もトオルを呼んでみたが、返事はなかった。
《さっきまでトオルはすぐそばにいたのに、どこへ行ってしまったのだろう》
立ち止まると、かすかに海の音が聞こえた。
カナはすぐに海辺へ戻りたくて、小走りになった。
いつの間にかカナは森の中にいた。
頭上の明るい緑が、雨をさえぎっていた。
柔らかな花ゴケにおおわれた地面をカナは裸足になって歩いた。
少し行くと、大きなネムノキが生えた小さな丘があった。
カナは丘を登り、ネムノキの大きな幹の傍で休んだ。
聞こえるのは小鳥たちの、さえずりばかりだった。
先程まで聞こえていた海の音は、消えていた。
トオルに会えなくなると思うと、涙が流れた。
そして、子供のように声を出して泣き始めた。
すると突然、頭上から声が聞こえた。
「カナ、悲しむことはない。
ここは夢の世界だ。必ず目覚めて、すべて解決するさ」
見上げると、ネムノキが優しく見下ろしていた。
「すぐにトオルと会いたい。
辛くて、悲しくてたまりません」
ネムノキはサラサラと枝をゆらした。
「そうか、トオルと会いたいのか。
でも、心配はいらない。
人が突然にいなくなるのは、たいてい、何か探しものをしているからだ。
多分、トオルは、赤い野いばらの花を、探しているはずだ。
記憶の街に行けば、トオルのことが、分かるかもしれない」
カナは不安になった。
「野いばらは白に決まっています。
赤い花など見たことがありません。
記憶の街も、どこにあるのか知りません。
どうすればいいのか、私が分かるように教えてください」
ネムノキは枝をしばらく小刻みに揺らして考えていた。
「十五歳のカナが不安になるのは、もっともなことだ。
でも、先のことを恐れてはいけない。
希望を捨てなければ、かならず、望んでいる世界に辿り着けるさ。
まず、最初にやることは、オレの大きな幹の周りを、ゆっくり回ることだ。
そうすると、何かが見えるはずだ。
見えたら迷わず、その方向へ進むといい。
どんなに難しくても、信じていたら、かならず解決するさ」
ネムノキはそれだけ話すと、枝をゆっくり揺らしながら眠り始めた。
ネムノキを、信じる他なかった。
勇気を出して、大きな幹の周りを回ってみた。
すると、森の一箇所が透明になって、一瞬だけ、明るい海が見えた。
カナは海の方向をしっかりと記憶して、真っ直ぐに進んだ・・・
長いのか短いのか分からない、不思議な時間が過ぎた。
カナは森を出て、青空の下の草原を歩いていた。
草原の向こうには、キラキラと光る海が見えた。
でもそれは、トオルと過ごした海ではなかった。
草原には、たくさんの白い大理石の彫刻が転がっていた。
彫刻はどれにも見覚えがあった。
頭の禿げた太った男の人の彫刻は、小学生の頃の校長先生にそっくりだった。
校長先生が長い演説をしている時、小学生のカナはいつも、意地悪なことを空想していた。
《校長先生のはげ頭に、シュークリームみたいな髪の毛をつけたら面白いのに。鼻を団子みたいに丸くしたら、可愛いのに》
その頃を思い出していると、目の前の大理石の校長先生の頭に、シュークリームみたいな髪の毛がピョンと生えた。
そして、鼻が団子みたいに丸くなった。
《ここは夢の世界だ。思っていることが、ほんとうに実現してしまう》
カナは、丘の上の他の彫刻を一つ一つを確かめながら歩いた。
コッペパンは綿雲みたいに、大理石のテーブルに転がっていた。
大理石の路面電車の中のみんなは、真っ白な彫刻になって並んでいた。
肉屋の太ったおじさんは、大理石の雪だるまみたいに立っていた。
スズメたちは砂糖菓子みたいに、可愛く草原に転がっていた。
カナはトオルを探していることを、忘れそうになった。
でもすぐに、記憶の街に囚われ始めている自分に気づいた。
カナは楽しさを振りきって、前へ進んだ。
やがて、海が見える広場に着いた。
広場の花壇には赤い花が咲いていた。
急いで近づくと、それは赤い野いばらではなく、サルビアの花だった。
カナは失望して立ち尽くした。
広場の木立の影に、蔦の絡んだ彫刻があった。
それへ向かって、草むらを歩いた。
すると、何かにつまづいて転びそうになった。
「何をするんだ。大切なヒゲが折れちゃったじゃないか」
それは大理石のネコだった。
ネコは二本足で立って、カナをにらんでいた。
よく見ると、それは飼いネコのチロだった。
カナは今朝の追いかけっこを思い出した。
「なぜウサギの尻尾にいたずらしたの。
ぬいぐるみのウサちゃんは、こわがるくせに、尻尾なら平気なの」
「だって、尻尾はかみつかないから、こわくない」
話しながら、カナは気づいた。
《あれっ、チロがしゃべってる》
カナは嬉しくなって、チロを抱き上げようとした。
すると、チロはあわてて後退りした。
「ぼくはとても重い大理石だぞ。
やせっぽちのカナちゃんなんかには、だっこできないよ」
チロは腕組みをして、カナを見上げていた。
「片方ヒゲのくせに、いばっているのは可笑しいよ」
カナがクスクス笑うと、チロはメソメソ泣きだした。
「ごめんなさい。もう笑わないから、トオルのことを教えて」
カナが優しく聞くと、チロは泣くのをやめた。
「トオルって、いつもぼくにイタズラするやつだろ。
あいつがいなくなったのなら、せいせいするよ」
カナはムッとして、チロの大理石の片方ヒゲを、指でピンとはじいた。
「教えなさい。教えないと残りのヒゲも折っちゃうぞ」
チロはふるえながら答えた。
「教えてあげるよ。トオルなら、さっきから目の前にいるじゃないか・・・
「赤い野いばらー3」へ続く
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