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37度の酷暑の9日、友人とイクスピアリで飲んだ。旧盆に入り日に日に秋へ向かっている。17年8月13日
アキバで見た妄想の塊のフィギュアに理論物理学を連想した。銀座老舗中華料理店の横柄な対応。17年7月31日
今を評価しているなら、どのような過去も否定してはならない。運命は過去の小さな違いで大きく変わる。17年7月18日
過剰治療をしない欧米の高齢者の終末医療。九州に帰郷してから東京の風景が懐かしく見える。17年7月6日
年月は猛スピードで過ぎていく。2017年7月1日
日南市・大堂津紀行 17年6月21日
病院の美味しいコーヒー、そして様々な離別。17年6月15日
日南紀行あとがき。17年6月4日
日テレ「スッキリ」にちょっと出た私「破り捨てられたカード」の真相。 17年5月22日
最近、痴漢絡みの電車ダイヤの乱れが多い。17年5月16日
締め切り前で繁忙 17年5月9日
嫌なことだけでなく、良いことでも早く忘れたがいい。無知であることで自由に生きられる。17年4月22日
生まれながらに悟りの境地、悩みなく幸せなアマゾン・アモンダワ族とピカソ考。17年4月14日
上野、新宿御苑、赤羽と桜三昧の毎日を過ごしながら、幸せについて考えている。17年4月9日
介護難民40万の近未来社会での野垂れ死は自然な死に方。決して悲惨な死ではない。17年3月30日
人生は死を受け入れるための儀式だ。17年3月22日
マスコミが触れない原発反対運動の問題点。好かれようとしなければ自由に生きられる。17年3月16日
美しい月の光とアーティストたちの生活の苦渋。そして朴政権後のさらなる混乱。17年3月11日
昭和は遠くなり、北朝鮮・金王朝の命運も儚くなりそうだ。最近買った台所便利グッズ2種。17年3月4日
鉛筆のロールスロイス・三菱鉛筆の金色軸"筆鉛筆"は埼玉限定。王子稲荷の二の午は空いていた。17年2月25日。
オレキシン受容体拮抗薬(ベルソムラ)で熟睡して血糖値改善への賛否。全身を活性化し血糖値を改善するオステオカルシンは踵落とし30回で分泌。17年2月24日
人生最後の"終活"は"前後を際断して"対応する。豊洲移転は安全でも反対だ。17年2月22日
赤羽風景と山茶花とツバキの違い。高層マンションの死亡率。17年2月18日
トランプ会談を欧米メディアは、安倍総理をおべっか使いと馬鹿にしていた。20年前に作ったホームページを作り直し疲労困憊した。17年2月13日
朝まで生テレビのテーマはトランブだった。トランプは1年待たずに副大統領に地位を譲るとの予想。17年2月1日
今年の誕生日は今冬最低気温を記録した。71歳最後の日に若い母親に見とれ派手に転んでしまった。17年1月16日
凍てついた早朝の月に昭和を想う。雪道で滑らない歩き方。17年1月13日。
シナモン効果で温かい。「沈魚落雁」不幸は比較することで生まれる。「万物斉同」皆同じと信じられるなら幸せになる。17年1月11日
ユヴァル・ノア・ハラリ著サピエンス全史は幸せの出発点だが、老子荘子はその先の幸せへの道筋を2千年前に示していた。 2017年1月6日
年賀状の是非。初詣は地元の神社七ケ所をはしご。初夢ではエルロラドを発見したが・・・17年1月3日
2017年元旦 おめでとうございます
フリースの花柄パンツを試しているロバートディニーロ似の初老のおかま。クリスマス前の赤羽は哀愁に満ちていた。16年12月23日
不安・悩みは実体のないものを想像することで生まれる。現実をそのまま受け入れれば幸せになる。16年12月14日
日本の95%の河川で砂金が採れる。AI社会では人口減少の日本は有利になる。16年12月3日
寒い小雨の黄昏、鷲神社の酉の市へ出かけた。今夜の超スーパームーンは曇り空で見れそうにない。16年11月14日
ヒラリーのリベラリズム(自由主義)の欺瞞と米国型資本主義の暴走がトランプ勝利を生んだ。16年11月10日
終末期に見る、死者が迎えに来る幻覚。16年11月3日
ディズニーランドのカリブの海賊で感じた死者たちからのメッセージ。16年11月1日
今、アドラー心理学を使った「ほめない」「叱らない」子育て論が流行っている。・16年10月26日
オリンピック会場に沖縄での機動隊員の「土人」発言など、報道が無視しても真実は見えてくる。16年10月21日
鎌倉から横浜を散策。70歳を過ぎてから心地よい孤独を知った。そして、新タイプの詐欺メールについて。16年10月11日
危険な血糖値(グルコース)スパイク新対策は、オメガ3とアーモンド25粒を加えて補完-NHKスペシャル。 16年10月8日
成熟日本は金のかかるオリンピックよりノーベル賞を目指すべきだ。16年10月3日
科学技術進歩を無視したNスペ「縮小ニッポンの衝撃」は、移民正当化のための脅しだ。16年9月26日
仕事部屋の大掃除をしたら少し人嫌いになって、一人で静かに過ごしたくなった。16年9月12日
生まれ月によって罹りやすい病気がある。新Mac後記。16年9月1日
シナモン若返り法におけるクマリン含有量の注意点、と名言「心は固(まこと)に死灰のごとくならしむべし」荘子 16年8月13日
歯科治療におけるB型・C型肝炎やHIV(エイズウイルス)の感染リスク。16年8月3日
にぎやかな鳥越・小池論争。大橋巨泉と永六輔の死で昭和は遠くなり精霊トンボの季節となった。16年7月21日
シナモン若返り法。ますます東南アジア化したアメ横とポケモンGO。16年7月14日
世界の過酷な僻地で政治色なしに身を粉にして働く日本人ボランティア。そして波乱含みの都知事選。16年7月7日
1日の母の命日は東京ビックサイトにAIの講演会に行った。英国EU離脱後記。16年7月2日
十条の富士塚・お富士さんの前夜祭へ行った。16年6月30日
巧くいっている私の養毛方法と、カラスに補食された4羽のツバメのヒナたちと死んだ肉親たち。16年6月26日
梅雨には珍しい爽やかな青空を見上げながら、南国の眩しい海と映画「太陽がいっぱい」を想い出した。そして英国EU離脱決定。16年6月24日
梅雨の16日、男三人で北鎌倉へ紫陽花を見に出かけた。16年6月19日
ツバメが再度巣作りを始めた。16年6月15日
4羽のツバメのヒナはカラスに補食され全滅した。16年6月11日
やがて訪れるAI・人工知能社会におけるベーシックインカムの必要性。16年6月9日
人工知能(AI)の黎明期に、自分の終い方を考えている。16年5月24日
老老介護を終えて極貧に陥る老人が急増している。16年5月15日
劣化しない石田ゆり子の美しさ。2年間、地上に降りずに飛び続けるヨーロッパアマツバメ。2016年5月6日
アメ横で腐乳と強烈な悪臭の臭豆腐を買った。オリンピック・エンブレム決定。16年4月26日
昔の老人たちは自立心が強かった。30年後の人類の存在意義と仕事を失うアーティストたち。16年4月14日
オリンピック・エンブレム・デザイン候補4作品の当落予想。16年4月11日
新宿御苑-千鳥ヶ淵-上野-鎌倉、桜名所考。 花のゆめ 醒めて青葉の風寒し 16年4月7日
幸せでも、気力がないと実感できない。幸せを感じるには体力が必要なようだ。16年3月26日
ショーン・マクアードル川上氏経歴詐称騒ぎに見えた世間の目の醜さ。16年3月18日
NHKクローズアップ現代 20年後に仕事がない世界がやってくる 16年3月15日
倒産する会社の兆候と、昔の恥ずかしい記憶。16年3月8日
「父は空 母は大地」原画展を終えて静かな日常が戻った。16年3月3日
明日、22日から「父は空 母は大地」原画展。16年2月21日
生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。16年2月1日
50歳から成長できる人とは・・・死は平気だが健康オタクは続けている。16年1月13日
足底筋膜炎や腰痛の治し方と、シンガポールの品のない金持ちと、長生きの意味を問いかけた樹木希林。16年1月8日
死者たちを身近に感じた年の瀬から、新年を迎えた。15年大晦日〜16年元旦
今日は冬至。モグラ叩きのように次々と身体が痛む。15年12月22日
様々な締め切りに満身創痍。15年12月7日
イノベーションの停滞とグローバル化の遅れ、への疑問。15年11月21日
1億総活躍社会批判の矛盾と反日記事ばかり取り上げる韓国マスコミの病癖。15年10月30日
ガン検診の効果。ノーベル賞にラグビーと、秋の身辺雑記。15年10月15日
風清涼 夏の夢みる百日紅 15年10月4日
安全保障関連法案反対は安保闘争の遺恨試合。ダラダラ歩きでは体力はつかない。3分運動でミトコンドリアを増やして疲労解消。15年9月19日
長雨が終わると一気に秋色は増し、風の音に海を感じた。15年9月14日
五輪エンブレム盗用騒ぎで顕になったアートのあり方。要は似ているかどうかではなく、人を魅了するかどうかだ。15年9月1日
記録的酷暑日が終わり、ツクツクホーシにもの想う。15年8月9日
炎天に死のイメージ。酷暑の散歩は霧吹きでしのいでいる。そして琉球独立。15年8月5日
田原総一朗と福島瑞穂の政治討論に見たリベラル知識人のバカバカしさ。毎日繰り返すセンチメンタル・ジャーニー。15年7月24日
集団的自衛権賛否の分かりにくさと、ザハ案・新国立競技場見直しに対する安藤忠雄氏の考え。15年7月16日
新国立競技場・ザハ案決定の闇。競技場はオリンピック後、直ちに撤去すれば国民負担は小さい。影ある男になってモテる方法。15年7月10日
憂鬱な梅雨の朝、軍艦島・世界遺産登録の問題点。15年7月6日
若く見られたい症候群。超早期ガンのマイクロRNA診断はしない方が良い。15年7月2日
夏至過ぎて、史上最悪デザインの新国立競技場にオリンピック史上最大の巨費をつぎ込む愚かさ。15年6月26日
日本の言論弾圧は政府よりマスコミなどからの言論封殺の方が巧妙で過酷だ。15年6月17日
ギザギザ耳のネコの思い出と、デンマークとブータンの幸せ度の違い。15年6月4日
現代美術ギャラリスト・小山登美夫と鈴木京香の対談を、森山未來・イスラエル・ドキュメンタリーを見ながら反芻した。15年5月23日
不測に立ちて無有に遊ぶ-受け身こそ自由な生き方-荘子。本国で衰退した漢民族の文化は日本に残されていた。15年5月14日
坂戸市の道教の廟・聖天宮を訪ねた。そこは絢爛豪華なパワースポットであった。15年5月4日
自分史と重なる朝の連ドラ「まれ」。輪島塗りに見る伝統工芸の問題点。爆買いされるチョークの謎。15年4月30日
今流行りの日本礼賛番組は、世間で知られていなかった誠実で実直な仕事の紹介番組だった。15年4月21日
奥秩父の友人別荘の桜苗木破損事件と、帰り車中のムスリムの美しい人。15年4月15日
招き猫の貯金箱と、未来予測への不安と希望。15年4月10日
アジアインフラ投資銀行AIIB・設立メンバーが50を超えたが日本は中国を信頼できなかった。15年4月2日
朝まで生テレビのテーマはピケティ「21世紀の資本」について。日本の格差は本当に大きいだろうか。15年3月28日
間違った英語推進が日本を衰退させる。カラスノエンドウの食べ方と薬効。15年3月21日
1滴の尿で、早期ガンを鋭敏に嗅ぎ分ける線虫。そして、春は懐かしさに満ちている。15年3月17日
独メルケル首相が来日、国家は理想のためではなく自国の利益のために動く。15年3月10日
気がつくと人生の大半を赤羽で過ごした。この分ではこの地で最期を迎えそうだ。15年3月6日
日本では当たり前の職人仕事が、海外では滅びつつあった。15年3月1日
人の運命も性格も体型も死に方も、腸内細菌が大きく影響していた。15年2月23日
未練への確執を繰り返しながら、物語を紡ぎだすことに人生の価値があるのかもしれない。15年2月19日
来日観光客が教えてくれた日本の魅力を、新鮮に再発見している。15年2月16日
絵を納品して、のんびりと王子稲荷の初午へ。15年2月11日
一人死にテロに強引過ぎる反日運動と、トマ・ピケティ著「21世紀の資本」を必要とする貧乏人が買えない皮肉と、当たったジプシー占い。15年2月1日
日本人論における宗教的生き方は、厳しく義務を課せず、無理なく飄々と生きることだった。15年1月29日
日本では難しい「ウソつきを見抜く方法」。知的なほどウソをつき、ウソは文化の一部。15年1月23日
ゼロ戦鍋に見た70歳3日目の不思議な明るさと、Y氏の訃報。15年1月19日
60代最後の日に思うこと。「表現・言論の自由」の耳ざわりの良さが覆い隠す汚れた傲慢さ。2015年1月15日
大正の思い出と、フランステロを生んだ拙速な移民受け入れ。15年1月12日
NHKスペシャル・ネクストトワールド-未来社会における幸せと不幸。そして柚子のマーマレード。15年1月4日
年回りが悪いことの本当の意味と、運を良くする方法と、戦後70年のサブカルチャー史。15年1月1日
人は幸せを守ろうとして不安になり、不安を埋めるように文明を進化させた。14年12月28日
中国人旅行者が失望した韓国観光。そして、クリスマスは一人か家族と過ごすのが大半で、恋人とは少数派になった。14年12月24日
米国人の見栄っ張り気質が世界経済を潤し、日本人の堅実さが日本経済の低迷を招いている。14年12月16日
人工知能実用化前夜の今は、人類が尊厳を保てた最後の幸せな時代なのかもしれない。14年12月11日
バリバラドラマ「悪夢」における記憶の意味。秋の夕暮れのように人生でも老年が一番美しいと言われるのは・・14年12月6日
米国政府が14万ページの日本の戦争犯罪記録を精査した結果、慰安婦強制連行の証拠は見つからなかった。14年11月30日
世界の著名人にシャンプー・石鹸なしの洗い方が普及。そして、タカタ製エアバッグのリコールの遠因。14年11月27日
死に場所に悩む知人家族と、バングラデッシュの低賃金と劣悪な職場で疲弊する子どもたち。14年11月24日
NHK「ためしてガッテン」に見た加齢黄斑変性症の治療と平易な防止方法。そして、第三回・菜根譚「人づきあいの極意」14年11月21日
秩父の新そば祭りへ行った。蕎麦より奥秩父に残っていた縄文文化が印象深い。14年11月18日
100分 de 名著・菜根譚・真の幸福とは「花は五分咲き、酒はほろ酔いが良い」と中庸を最良としていた。14年11月14日
10日は酉の市だった。ロシア民謡の現地アルバムを廉価でダウンロードした。14年11月12日
100分 de 名著「菜根譚・洪自誠著」は敗者たちに贈る暖かいメッセージ集だった。14年11月9日
看取りの村の人間らしく生きる老人たちと、自死と自然死の曖昧な境界線。14年11月5日
古代人が見た星空を、今も変わらず見ることが出来るのは素晴らしい。14年11月1日
老後破産に備えての老後マネーと、10年後になくなる仕事一覧。14年10月27日
どんなに大変な介護にも解決方法があるが、死別後の喪失感を埋めるのは難しい。14年10月23日
ストレス負荷テストでは、低い所から高い所へ移動するだけで意欲は高揚する。14年10月20日
行き過ぎた延命治療ではエンドルフィンが枯渇し、苦しい死を迎えることになる。14年10月17日
老いから逃れることはできないが、ときめきに出会うことはできる。14年10月13日
銀座で絵の具を買って、ディズニーシーへ行った。これは仕事前の儀式みたいなものだ。14年10月8日
想い出の生まれない土地や家ほど虚しいものはない。14年10月6日
ジョンレノンとスティーブジョブスが般若心経に心酔したのはロックだったからか。14年10月3日
幸不幸は過ごした年月で計ったりせず、ボーッと過ごせば短命も長命も関係なくなる。14年9月29日
荒川風景と、豊かさを享受できない日本の欠食児童たち。14年9月26日
自分の人生を重ねてしまう朝の連ドラと、敬老の日に思ったこと。14年9月22日
70歳は死が身近になる大きな分岐点で、臨死体験への期待がより深くなった。14年9月16日
新居での再出発は人生の総括で後始末でもあった。14年9月13日
浮間2丁目の新居にて、人生悲喜こもごも。14年9月10日
雨上がりの街は 思い出が透きとおって見える 14年8月27日
平穏は年月に流されていては訪れず、闘い続けて得られるもののようだ。14年8月21日
美しい人、心、町、風景、どれも苦悩から救ってくれる。14年8月16日
雨のディズニーシーのレトロな電車の音は千と千尋の神隠しとそっくりだった。14年8月13日
救われる断捨離と、却って煩悩を深める断捨離・・14年8月10日
眩しい程に命溢れた夏の日に、親しいペットの訃報を聞いた。14年8月6日
銀座で2014年米国版GODZILLAゴジラをセンチメンタルに観た。14年8月2日
「70歳からのサバイバル」 夏の盛りに死をイメージしながら命の輝きを感じた。14年7月28日
夏の食べ物と、真に豊かな国とは。14年7月25日
奥秩父への小さな旅で嗅覚が初期化され、東京が少し嫌になっていると感じた。14年7月21日
今朝の「花子とアン」は、美輪明宏の愛の讃歌で眠気が吹き飛んでしまった。14年7月18日
角張り始めた世の中の、新橋有情にふとしみじみ。14年7月14日
負けるまで目一杯に頑張ったら、素晴らしい人生になる。14年7月10日
70歳からのサバイバル。超高速老年期に猶予はない。14年7月6日
中国・韓国の反日運動は日朝和解によって下火になりそうだ。14年7月3日
「ぼんやり」することは脳科学では重要なことだ。母の命日の前日、ぼんやりと十条のお富士さんへ出かけて過ごした。14年6月30日
「やる気スイッチ」の簡単な入れ方と治療方法、NHKためしてガッテン。14年6月26日
東京北医療センター屋上庭園の真昼の幻影たちとミントティー。14年6月23日
W杯サッカーにて、日本では当たり前の習慣が海外からは特別なことに見える。14年6月19日
公園のベンチに腰掛け、さわやかな風を感じていると、ホームレスの至福の気持ちが分かる。14年6月16日
アクセスできなくなった人民日報に思う中国に監視されているネット上の日本人。雨の日の憂鬱の解消。14年6月12日
年々時間は速度を増し、「花子とアン」や記憶への郷愁は現実から離れ心の底へ沈殿して行く。14年6月8日
荘子思想を七つの寓話に・・・「グーが来た」 14年6月4日
お台場の海に四季劇場のミュージカル。根無し草に一時の楽しみ。14年6月1日
少子高齢化は健康寿命の延長で解決する。移民での解決は安易すぎる。14年5月28日
軽いぎっくり腰のおかげで床屋へ行き、皮膚科で凍結治療をした。14年5月25日
母の記憶が遠ざかるのは安らぎであるが寂しさもある。Macのメンテナンスを設定してディズニーランドへ行った。14年5月21日
徹底的に断捨離すると、心や生き方が自由になる。そして、「美味しんぼ」への疑問。 14年5月16日
命と向き合う瑞穂農芸高校畜産科の女子高生たちと旭山動物園園長の対比。14年5月13日
旧式記録媒体の磁気テープは逞しく進化していた。45年前冬の北海道旅行。14年5月10日
母親との死別に苦しむ人たち。その受け入れ方には流儀がある。14年5月7日
国際的に活気溢れたアメ横。シャンプーを止め、半年過ぎた結果は・・14年5月4日
中国が目指すのは日本の徹底的な弱体化で、歴史問題を解決する意志は毛頭ない。14年5月1日
若い女性たちに蔓延する新たな貧困と、日田・女畑のお化けたち。14年4月28日
狭い住まいなのに、過去と、現在と未来の部屋がある。14年4月25日
宇宙は生まれたてなのに、太陽の命は直ぐに終わる。ストラディヴァリウスは奇跡の楽器。14年4月22日
不安で踏ん切りが付かない時に「とりあえず・・・」の接頭語は著効あり。そして、漢方原料の高騰。14年4月16日
新発見の竜馬の手紙・帰宅するのにパスポートが必要な横浜の日本人家族・根岸競馬場の廃墟。14年4月13日
STAP細胞の小保方氏の記者会見とその後と、私のビックデータ。14年4月11日
免疫細胞が人体を破壊することで人は老い、老いと死を受け入れる為に古代文明は生まれた。14年4月8日
イースターのディズニーランドへ男二人で行く。14年4月6日
「笑っていいとも」のなくなった新宿アルタに抜け殻の寂しさ。14年4月2日
宿場町の怪談。14年3月30日
自然葬と花。14年3月26日
虚脱感に囚われていたが、高級陶器をゴミ置き場で拾ったら雲散霧消した。14年3月22日
骨粗鬆症の新薬と、宛もなく友だちを訪ねる寂しい老人。14年3月15日
STAP細胞・理化学研究所中間報告を聞いて、大発見は真実だったようだ。14年3月14日
震災記念日に、小保方晴子氏・STAP細胞への疑念に、福島の甲状腺がん。14年3月12日
介護の基本は静かに死なせてあげること。シャンプーと養毛剤を止めて1年、髪も頭皮も健康になった。14年3月8日
老いの苦しみは、否定したり、老いに価値を見いだそうとすることから始まる。そして富士噴火。14年3月5日
藤野良孝氏のとても役立つオノマトペと、「STAP細胞・疑惑」への私見。14年3月2日
織部焼きに縄文のエネルギーを見た。そして反日政策はどこへ辿り着くのか。14年2月27日
ソチオリンピックの熱い17日が終わった。そして、睡眠は時も死も超越させる。14年2月24日 
人民日報に見る日本潜在戦力を恐れる中国軍部。オリンピック報道は疲れる。14年2月20日
iPS細胞ほどではないが、皮下脂肪由来の幹細胞ASCには万能の治療能力があり、皮下脂肪は大切な内分泌器官だった。14年2月17日
高橋大輔のBGM聴きたさに寝不足。人民日報と韓国主要紙はスポーツも食べ物も世界遺産も国連活動も反日に満ちていた。14年2月14日
フジテレビ跡地に、バブル期の40代に訪れた二度目の青春を想い出した。14年2月11日
音楽・文学・絵画において、佐村河内守氏と新垣氏のゴースト関係は普通のことだ。これはソチオリンピックに新垣氏が仕掛けた渾身の逆転劇だった。14年2月8日
雪の初午に冬一番の寒さ。そして、悪運の系譜と、佐村河内守氏のゴーストに夢見る人たち。14年2月5日
日本は反日に右往左往せず、淡々と静かに対応して欲しい。そして「東京家族」を見て。14年2月2日
小保方晴子氏、万能細胞STAP細胞作成発見とその後の経緯。第二の山中教授となるか。14年1月30日
100分de幸福論」経済も科学も哲学も芸術も目指すのは幸せだった。14年1月27日
鶏の胸肉のレシピと「足尾から来た女」が想い出させた「映像の世紀」14年1月24日
散歩はアルツハイマー病や成人病から心の病まで効果のある万能薬だった。14年1月20日
69回目の誕生日を清々しく迎え、SF映画「月に囚われた男」を自分のことのように観た。14年1月17日
冬のコオロギ。クローズアップ現代・ポエムに隠された劣悪労働。14年1月14日
17年前の映画、ブラッド・ピットの「セブン・イヤーズ・チベット」は今の米国、親中政権の下では作れない。14年1月11日
体の中から風邪インフルよさらば。それは目から鱗の風邪予防方法だった。14年1月8日
松の内は過ぎ行き七草へ。14年1月5日
2013年大晦日〜2014年元旦。朝まで生テレビは未消化なれど日々是好日。14年1月1日
今年最後の大ニュース、安倍首相靖国参拝から一夜明けて、世界での外交上功罪は意外なほど小さかった。13年12月27日
クリスマスは正月準備。15歳の米国少年が開発した画期的膵臓がん検査紙。13年12月25日
中国観光の日本人客激減と、クリスマスはバニラの香り。13年12月21日
どーもくんとうさじいの、ほのぼの住まい。鼠蹊ヘルニアの最新術式とレアアース代替え奇跡の合成物質。13年12月18日
夕空に、オメガ3のアマニ油とエゴマ油を買って、クリスマス・イルミネーションの銀座へ。13年12月14日
オメガ3のアンチエイジング効果と、ディズニーランドの怪談と、小津安二郎の晩春。13年12月11日
世界一乾いたチリ・アタカマ砂漠で暮らすインディオの末裔は詩情にあふれていた。13年12月8日
ベンツの車ネット通販開始に流通生産革命の予感。額装した彫金作品。13年12月4日
仮想通貨ビットコインと、平成四半世紀東京は絵描きへ転進した25年と重なる。13年12月1日
ウエアラブルの危うさと、正しい血圧の計り方と、親日国イランとパラオ。13年11月28日
最近ぼんやりしている時が幸せ。日本人サムソン社員の覆面座談会。13年11月25日
地球イチバン・世界一陽気なお墓・ルーマニアは楽しかった。13年11月22日
小春日よりにネコ日より、窓に断熱プチプチを貼った。13年11月19日
老コレクターの悩みと、お金なしで酔生夢死に暮らすヤップの男たち。13年11月16日
気にしていない日常が、なくなってしまうと愛おしい。13年11月13日
セルロイドの小箱など、消えて行ったものは魅力的だ。13年11月10日
芸術の秋にアーティストの不遇を想う。13年11月7日
酉の市へ時間旅行をした。13年11月4日
古希を前に最後の同窓会と、臨死の脳を解明。13年11月1日
久しぶりの好天。現代アートと「朝まで生テレビ」での原発処理。13年10月28日
時折雨で肌寒かったが、30年間変わらないディズニーランドの風景と、詩人加島祥造。13年10月24日
うつ病は防衛本能がもたらす宿命だが、仲間との絆と散歩で快癒できる・NHK病の起源 13年10月21日
ものから解放されることで、日本は続発する災害を克服できる。13年10月18日
断捨離を続けて、残されたものを捨てる決断に悩んでいる。13年10月15日
モンゴルの大草原と秋の味覚。オバマケアの国民皆保険阻止のためにデフォルトの危機。13年10月12日
ヒッグス博士のノベール物理学賞を支えた日本企業の優秀さは日本の弱点でもあった。13年10月9日
秋雨に思う。19世紀のスーパーフレアは実害はなかったが、今なら現代文明は壊滅する。13年10月6日
晩年を迎えて断捨離を考える。13年10月3日
母の手編みの絨毯は我が家の歴史。中国バブル崩壊の足音。13年9月30日
眠れない夜にやってはいけないこと・もの思う秋。13年9月27日
NHK神の数式・古代ギリシア人が神としてあがめた完全数496は現代物理学のキーワードでもあった。13年9月24日
ドキュメント72時間・お墓参り。そして、心を癒す映画の中の神々。13年9月21日
あまちゃんから半沢直樹、テレビも良いなと思った連休だった。13年9月18日
1日刻みの幸せと、日本のもの作りの強さはオノマトペにあった。13年9月15日
世俗と比べると、宇宙で起きることは壮大過ぎる。13年9月12日
東京オリンピック決定に老人は過去へ若者は未来へ思いを馳せる。13年9月8日
時に抗うように絵を描いて、新しい記憶を紡いでいる。13年9月6日
巨大地震に遭遇する世代。13年9月3日
新興のジェネリック家電が、世界の巨大家電ブランドを無意味にする。13年8月31日
あさイチ特集・帯状ほうしん。夏の終わりに東南アジア化したアメ横。13年8月28日
快感物質ドーパミンは3年限度で終わるが、愛情ホルモン・オキシトシンは長期の幸せをもたらす。13年8月25日
逆走する人生と新しい測定技術二つ。13年8月22日
新富裕層 vs 国家・富をめぐる攻防・NHKスペシャル、それは利己的に世界を崩壊させる。13年8月18日
校内暴力と日本の防衛力増強と改憲問題との類似点。13年8月16日
点々と 眠りし蝉の 道しるべ 13年8月13日
究極の思想書として私は「老子」と「ブッダ」を選ぶ。13年8月10日
意外な日中共同世論調査の結果。夏空の下、画材を買いに池袋へ。13年8月6日
目眩を起こした前庭神経炎を葛根湯で治した。麻生発言・従軍慰安婦に対する報道の責任。13年8月3日
良質な老いによる喪失感には合理性があり、仕方がないと諦められる。13年7月31日
バタフライ・エフェクトとMacの不調。13年7月27日
下関の塩ウニと、故障したiPod touchの交換と、涼しい銀座。13年7月24日
お盆に熱中症で急死した知人の弔問に出かけ、その足で上尾での会合へ・13年7月21日
非常階段の踊り場での、寂しい送り火。13年7月18日
猛暑のお盆に、乾いた熱風とともに50年来の知人の来訪。と故障したiPod touchへのMac銀座店の対応。13年7月15日
お盆が近づき、母の魂が呼び寄せるのか、知らない犬たちに好かれるようになった。13年7月11日
あなたは未来をどこまで知りたいですか・運命の遺伝子・遺伝子検査の功罪。13年7月8日
雨上がりのディズニーランド。夢を見て、夢から醒めるように30年の時空を旅した。13年7月5日
富士の山開きが母の三回忌。静かな住まいがにぎやかになった。13年7月1日
雨の中、幸せとは何かを考えながら散歩した。13年6月26日
会津藩最後の家老・西郷頼母の晩年の写真に想う。13年6月23日
ノウゼンカズラは真夏の力強い花なのに、私には陰翳を帯びて見える。13年6月18日
ためしてガッテン・こんなのアリ・腐っていても食中毒を起こさない?加熱調理を妄信するな。13年6月13日
米中接近を日本が恋人を取られたように語る論調が多くて恥ずかしい。韓流へ激変した新大久保へ行った。13年6月10日
Eテレ・100分de名著「老子」は経済成長への警鐘を2千年以上昔に説いていた。13年6月7日
友人宅に快気祝い。病状は安全システムが発した警告で、素直に休むべきだ。13年6月4日
6月1日は父の30周忌、父は虚像ばかりを追いかけて一生を終えた。13年5月31日
NHKスペシャル・病の起源-2「脳卒中・早すぎた進化の代償」と脳梗塞発見法。13年5月27日
高額希少切手と高額現代アートと特許の共通性。そして老子の言葉。13年5月23日
病の起源・がんは人類進化が生んだ病。それが豊かさの代償なら受け入れ克服する他ない-NHKスペシャル。13年5月20日
抱え込んでいる余分なものを捨て去れば、新しい人生が始まる。13年5月16日
NHK、メイド・イン・ジャパン「ニッポンの会社をこう変えろ」のキーワードは日本の伝統美。13年5月13日
雨の新緑が美しい。円安を日本の活力にどう結びつけるのか、新政権の真価が問われる。13年5月11日
大新聞でも、ゴミ袋の底か、焼き芋の包み紙にしか使い道がなくなった。13年5月8日
Eテレ「奇跡の生還に導く声・守護天使の正体は」サードマン現象の癒し効果。13年5月5日
人の世には、一人で生きられなくなっても長生きする不幸がある。13年5月2日
無為徒食に生きられる豊かさは人生を蝕む。13年4月29日
12年後にGDP世界一の中国は、貿易相手として魅力を残しているだろうか? 13年4月25日
家で親を看取る。老母の希望に従い私は一人で在宅で看取った。13年4月21日
生産現場を知らない経済学者たちの景気判断と、人が機械に負け始める時。13年4月18日
若い金正恩の危うい命運と、Eテレ・5000年前「アイスマン」暗殺事件。13年4月14日
国民を幸せにするのは円安か円高か。そして、病病介護。13年4月11日
NHKゆうどき「もち麦」の健康パーワー・とても美味しそうで食べてみたい。13年4月9日
「NHKドキュメント72時間」人生は出会いと別れを繰り返す旅だった。13年4月5日
年々失うことに慣れて、人生の目標は低くなって行く。13年4月2日
アベノミクスは成功するか、テレ朝「朝まで生テレビ」で読み解く。13年3月30日
Eテレ・100分de名著・フランクル「夜と霧」生きがいが見つからない人へ。13年3月28日
もどりたや 五月の空の山桜 13年3月25日
少子高齢化社会救うロボットカーと難民援助の日の丸の輝き。13年3月22日
米国主催ロボットコンテストにホンダは参加しない。13年3月19日
期待は善くも悪くも外れ、結果はいつも思いがけない。13年3月16日
春一番の猛烈な風に転んだ老人や自転車。13年3月13日
うたかたの春爛漫に、ホームレスも一息。13年3月10日
シャープにサムソンが出資。ストリートビュー紀行はヘインズハイウエイ。13年3月7日
貧乏の良い点と、相変わらずストリートビューの旅。13年3月5日
ツワブキの新芽。韓国は中国に取り込まれて生き残り。13年3月3日
春陽射しに、パックインミュージックを想い出した。13年2月28日
寒空に 月の砂漠の ソープ街 この冬最大の寒気が来た。13年2月25日
少子高齢化社会では老人の休眠している能力と若者とで日本は再飛躍できる。13年2月23日
「三丁目の夕日」からNHK「メイドインジャパン」は日本の産業史だった。13年2月20日
エネルギー政策における原発再起動と、ノンポリ・オタクの怒れる論客・宇野常寛 13年2月17日
四季劇場「ライオンキング」の帰りの電車は寂しい光景だった。13年2月15日
自然公園と韓流ドラマ。13年2月13日
土曜9日は王子稲荷の初午へ出かけた。13年2月10日
自己中の無法国家中国とのつき合いは難しい。13年2月8日
春の淡雪とクッキーモンスター脅迫事件とギニアワーム。13年2月6日
インレーが取れたので、好天の午前中に歯科医院へ出かけた。13年2月4日
スマホとPCの未来と・・映画 「モーターサイクル・ダイアリーズ」13年2月1日
メイドインジャパンの問題点と西田哲学は人の求めている一点で繋がっていた。13年1月29日
SF映画「プロメテウス」は人類創造の意味を問う壮大な宇宙神話だった。13年1月26日
大宮の鉄道博物館に昭和の消えた風景を想い出した。13年1月23日
20日NHKスペシャル「終の住処はどこに 老人漂流社会」は重い番組だった。13年1月21日
鬱症治療は木下恵介監督映画で感動し涙を流すと良い・・電動エアーフロス。13年1月18日
大雪の日に思うホームレスの世代格差と、英語下手でも一流になれる日本。13年1月16日
人の作った荒野は醜いが、自然の原野は人を強くする。13年1月13日
政治が目指すべきは国民の幸せを伴った国力の増大だ。13年1月10日
あっという間に七草。13年1月7日
正月番組を総括すると、深夜映画「今度は愛妻家」が良かった。13年1月4日
2012〜13年・除夜の鐘 遥かな灯り 風寒し 13年1月1日
人生最期の迎え方と漂流する終末期の老人たち。12年12月27日
Eテレ地球ドラマチック・謎のアマゾンの民ピダハンに見る幸せの意味。12年12月24日
新年は景気は浮上、30年以内に大震災、池上彰の切れ味の良さ。12年12月21日
いつの間にか、師走は慌ただしく進んでいた。12年12月19日
新年度は負け続けの日本エレクトロニクスの逆襲元年か。12年12月16日
IGZO液晶・半導体で日本は大逆転。冬木立 夢見るように 青空へ 12年12月14日
上野発の電車で小旅行の気分を味わった。12年12月11日
平然と生きるのは本当に難しい。12年12月9日
冬の蝉 12年12月7日
日本の未来に少しだけ明るさを見た。12年12月5日
残りの人生は友人知人を大切にしたい。12年12月3日
TPPにより日本の食料自給率は悪化するが成立しなくても破滅する。 12年12月1日
老い様々。12年11月29日
いつの間にか赤羽が故郷になった。12年11月26日
過去の風景を残す路地を通り抜けることはなくなった。12年11月24日
ただ生きていることはとても難しく、生きる目標は必要だ。12年11月21日
がんワクチン開発に平行して死の恐怖をなくす薬を。12年11月19日
父と母は陰陽対照的だが、ペットとアート好きは共通していた。12年11月16日
大量の魅力のない商品が購買意欲と幸せを奪っている。12年11月14日
二年四ヶ月を経て、献体した母の遺骨が白菊会から帰宅した。12年11月11日
人生はデジャブの連続。12年11月9日
逃れられない不幸は敢えて予感する必要はない。12年11月8日
年末年始が嫌になったのは、華やぎが消えて労苦だけになったからだ。12年11月6日
ご近所にドライバーを貸した。12年11月3日
行ったり来たりしながら月日は流れて行く。12年11月1日
寒い雨、相模大野の女子美祭は言葉の通じない変な世界だった。12年10月29日
原爆ドームから大切な心を受け取った気がして、物見遊山は止めそのまま帰京した。12年10月25日
日中関係は妥協ではなく、日本が産業育成に必要な国家に変化することで安定する。12年10月23日
日本の存在感が薄れることを恐れる必要はない。12年10月20日
NHKあさイチ「出生前検査・私の選択」は倫理ではなく社会問題だ。12年10月17日
自閉症若者の優れた才能を潰して行く指導。12年10月16日
スランプから抜けている自分に気づいた。12年10月15日
若者へ媚びる可愛い年寄りにはなりたくない。12年10月13日
幸せな頃、私はマーと呼び捨てで呼ばれていた。12年10月11日
赤色成分アスタキサンチンとリコピンの老化防止作用・ビタミンDの筋力強化作用。12年10月10日
正しい生き方の意味。12年10月6日
中国の反日制裁で受ける損失は中国側が遥かに大きかった。12年10月4日
桐ヶ丘団地で出会った老夫婦に、一抹の寂しさを覚えた。12年10月2日
死の二日前に流した母の涙の意味が仄かに分かった。12年9月30日
従来型鬱から新型鬱まで、新宿で一直線に繋がった。12年9月29日
秋が来てカレーライス。そして尖閣外交は膠着。12年9月27日
尖閣での中国との喧嘩に安全に勝つ方法。12年9月25日
ETV・"チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告" の問題点。12年9月24日
最期の日にしたいこと。12年9月23日
残された対中国政策は、依存から脱却するか、必要とされる国に進化するか二つの道だけだ。12年9月21日
野田政権の尖閣・愚行は次期最高指導者習近平には助け舟で、反日政策を強く打ち出す。12年9月20日
米国仲介の日中密約で日本は譲歩し、千隻の中国漁船の突入は中止された。12年9月19日
反日デモと尖閣問題は切り離すべきだ。尖閣は中国による緩慢な侵略だ。12年9月18日
日本は尖閣において中国外交に敗北し、孤立感を味わうことになる。12年9月17日
未来予測、この国はどこへ行こうとしているのだろうか。12年9月15日
歩道すれ違いのチキンレースに見るマナー喪失。12年9月13日
四国遍路におけるセーフティーネット。12年9月10日
絵画理論と死生観の考察。12年9月8日
左右のアキレス腱断裂の思い出と、ディズニーランド。12年9月6日
人生の最期の、死を間近にした患者が抱く五つの後悔。12年9月3日
Eテレ・ニッポンのジレンマ 僕らの楽しい資本主義とフェルメールブルー 12年9月1日
中国・韓国の反日デモを見ると、彼らは日本を大国だと思っているようだ。12年8月29日
健気なクモの巣に失われた風景。12年8月29日
まぶたのピクピクは消えたが、代わって肩の痛みが始まった。12年8月27日
残暑に爽やかだった遠い夏を思い出す。12年8月25日
久しぶりの道玄坂で異邦人の気分になった。12年8月22日
日の出桟橋で、台湾からの団体旅行に交じってジャズボーカルのSummertimeを聴いた。12年8月20日
私たちと同様に日本も老いてしまった。8月18日
午後の陽に テレビ止めれば 蝉の声 12年8月16日
SNSの問題点と卵シリーズの絵の出来事。12年8月14日
日韓歴史論争の中でのサッカー。12年8月11日
初秋のような涼風が吹いた。12年8月8日
母往きて 花火の音は静かなり 12年8月4日
夏木立 少女のうなじ 憂い増す 12年8月2日
子供の頃は1日がとても長かったが、今は一瞬で終わる。12年7月31日
心の中で南国を旅する。12年7月29日
暑い夏の日、記憶はいつも一点に戻る。12年7月26日
涼しさは終わり、本来の夏が戻って来た。12年7月24日
個展は終わったが喪失感はない。12年7月21日
個展最終日。涼しい夏に祭りは終わる。12年7月21日
個展5日目。老いた同志交々至る。12年7月20日
個展4日目。先日シャネル本店へ行った。12年7月19日
個展三日目。12年7月18日
昨日、何とか個展初日を迎えた。12年7月17日
個展まで三日で、忙しいお盆の入りになりそうだ。12年7月12日
制作は追い込みだが敢えて休んだ。12年7月7日。
記録映像は活字より、より真実を伝える。12年7月5日
富士山開きと夏越しの大祓と母の命日。12年7月3日
原発再稼働の数百倍の危険と一般人の半分が在宅で死を迎える軋轢。12年7月1日
日本は古い伝統が今も生活に機能している希な国だ。12年6月29日
企画個展の売り上げノルマに画家は苦しむ。12年6月25日
美味しいイラストと酔っぱらいたち。12年6月23日
人は総て家族を目指す。だから家族との別離を恐れる。12年6月21日
書かなかった両側鼠径ヘルニア手術の詳細。12年6月20日
いつの間にか、心の中で会話する相手は死者ばかりになった。12年6月18日
劇団七曜日の宣伝美術をしていた頃。12年6月16日
若い頃、資産家への婿入りを断った複雑な思い。12年6月15日
危険な無謀運転の自転車とモンゴルの大草原。12年6月13日
美智子妃ご成婚のティアラの制作について。12年6月11日
絵描きをもてあそぶ老人コレクターたちへの楽しい反撃。12年6月9日
20年前、絵描き転向間もない私を騙そうとした画商。12年6月7日
男の「お一人さまの老後」について、執筆依頼が来て没になった経緯。12年6月5日
元気なガンノイローゼだった頃。12年6月4日
幸せは遠く過ぎ去ってから初めて分かる。12年6月3日
今日は衣替えと父の命日。人形のお雪さんも夏衣に変わった。12年6月1日
NHKあさイチ・肌老化の原因物質AGEは1日25粒のアーモンドで減らす。12年5月30日
肉親との様々な死別と喪失。12年5月29日
昭和30年、遅い出征兵士の帰還。12年5月27日
野良犬や野良猫たちの思い出。12年5月23日
恋文三つ・・・ 12年5月22日
ズボン・チャック全開で外出した失敗。12年5月21日
上京し挫折していた頃。 "ジムノペティ"の題名で雑誌に書いた。12年5月19日
一般的に知られる物語は、伝承された物語の中では極めて特殊なものだ。12年5月16日
40年前の白昼の夢 12年5月14日
プロも知らない貴金属製品の損をしない売り方。12年5月12日
24年前、バブルの終焉に絵描きに転向した。12年5月10日
100年昔の綿の総絞りは尺75個の絞りだった。12年5月7日
連休明け、40年前の白子の浜の思い出。12年5月6日
半世紀前の安達太良山の甘酸っぱい思い出。12年5月2日
危機に陥りつつある中国企業は今、日本の100年企業に注目し始めた。12年4月29日
未来予測によると40年後、日本は極東の貧しい小国になる。12年4月26日
昔はどの土地にも、寡黙で強く優しい無名の老人がいた。12年4月22日
夢桜 醒めて青葉の 風寒し 12年4月17日
人生はいつも ささやかなことから変わり始める・大人三人でディズニーランド。12年4月14日
"杖止めて 日射し眩しき 花吹雪" 桜は老いに似合う。12年4月11日
カラスと争うハクビシンに遭遇。原発再稼働と大企業の格安電力料金。12年4月6日
日の丸液晶三社連合液晶会社始動とアップルの強欲体質。12年4月3日
ドミニカ・コーヒー農園の老開拓者に残る日本人魂と、今美味しい土筆の卵とじ。12年3月29日
金星・三日月・木星が並んだ天体ショーと、悟りに近い釜ヶ崎の住人たち。12年3月27日
原発停止による発電高コストは電力会社が仕組んだこと。本当は値上げの必要はない。12年3月22日
エプソンフォトグランプリ2011に応募、最終選考に残ったが受賞は逃した。12年3月19日
年金前倒し受給と "NHK・100分de名著・ブッタ 真理のことば" 12年3月16日
サウジが原油輸入国に変わり、日本から発電所と送電線が消える日。12年3月12日
NHK"東北Z・被災地の目線で児玉龍彦"の低被曝警告に思う。12年3月7日
過去の反原発運動の方向性の誤りと、福島原発民間事故調査報告書に思う。12年3月4日
一番良い人生の最期は、ガンで一切の治療を受けずさっさと死ぬことだ。 12年3月1日
今のままでは確実に極貧生活に追い込まれる若者たち。12年2月26日
死ぬ程怖かった闇金の取り立てと、父の名刺の束。12年2月24日
久しぶりの春日射しに思う。12年2月20日
"ロミオとジュリエット"は何故に激しく人生を駆け抜けたのか。12年2月16日
放射線ホルミシスと福島の風評被害。12年2月10日
先日、王子稲荷の初午に行った。今年は三の午まである。12年2月5日
「ALWAYS 三丁目の夕日」に癒されたあと、無性に人と話したくなった。12年2月1日
日本家電の顔・テレビが韓国メーカーに蚕食されようとしている。12年1月27日
リンパ節郭清後の浮腫について、NHK番組。12年1月24日
現代アートは新興宗教。それらが難解なのは中身がないからだ。12年1月20日
着ぐるみに 一時の夢 風の街 12年1月15日
NHK「ためしてガッテン」の不安の解決方法と次世代テレビの動向。12年1月12日
北方の 雪舞う街に憂いあり 12年1月5日
おみくじの凶を大吉に変える方法。12年1月1日
思い出の 長き影追う 年の暮れ 11年12月30日
重い2011年を私なりに総括した。11年12月26日
年末の事はクリスマス前に済ませて、のんびり正月を迎えるつもりだ。11年12月21日
韓中漁業の経済水域での争いの根源。11年12月17日
戦艦大和探照灯で太陽光を集束し、再生可能エネルギー用のマグネシウム精錬。11年12月14日
冬の空 見上げてくれと友は逝き 11年12月12日
福島への、放射線被曝差別は陰湿さを増している。11年12月9日
誰もいない家に、黄昏時に帰る気分は重い。11年12月6日
ベテルギウスの超新星爆発により二つの太陽 11年12月3日
27日日曜日の黄昏時、クリスマス飾りの銀座へ出た。11年11月27日
鎌倉の円覚寺にお詣りして、横浜へ出て遊覧船に乗った。 11年11月21日
クリスマスバージョンの東京ディズニーシーはほろ苦く終わった。11年11月19日
様々に冬支度。嫌われる年賀状について。11年11月15日
生活危機を切り抜けてみたものの内憂外患・・TPP。11年11月11日
1998年ブラジル映画「セントラルステーション」は長く記憶に残る名作だった。11年11月7日
酉の市は昭和へ遡るタイムマシーンの旅だった。東京都の震災瓦礫受け入れに大拍手。11年11月3日
NHK大河ドラマ「花の生涯・青柳の糸」を見た。11年11月1日
世界人口70億突破。TPP推進の影に食料による米国の世界支配が見える。11年10月26日
最近、古い硬貨の発行年を見て、その頃を懐かしく思い出している。11年10月23日
家族との死別後の調査統計では子供を亡くした母親の哀しみが一番深い。11年10月21日
秋深し 風評被害に泣く田圃 放射線は冷静に怖がるべきなのに・・11年10月19日
NHKテキストの100分の名著「ブッダ、真理の言葉」が面白い。 11年10月16日
TPP-環太平洋経済連携協定の功罪と危惧。11年10月14日
アップルの会長ジョブズ氏死去に思うこと。11年10月11日
日米チームが鼻腔粘膜の神経幹細胞を使って糖尿病を完治させる方法を実証した。11年10月7日
ジャパンリスクに嫌気がさし、日本を捨てる金持ちが急増。11年10月4日
放射能に対する不安と向き合い方。11年10月2日
放射線被曝、除染、治療、関係ニュース四つ。11年9月29日
再び「老いたら反省も後悔もするな」と自戒 11年9月26日
円高メリットを生かして日本を豊かに。11年9月24日
NPO法人-性依存症支援協会-SAJ から妖しいメールが届いた。 11年9月22日
ETV-原発事故への道程、前編「置き去りにされた慎重論」に原発事故の根を見た。11年9月19日
大切な人との死別と、浮気をしない男への考察。11年9月17日
国会の重要案件は言葉狩り。無用の長物の政治家に日本の未来は期待できない。11年9月15日
先進国不況と、バブル崩壊寸前の中国、そして原発事故。今世界は意識の大変換点に来ている。11年9月13日
中央官僚とマスコミと放射線医学者たちが復興の足を引っ張っている。11年9月10日
天使去り ペパーミントの夢醒める 11年9月8日
朝日朝刊の菅元総理への原発事故インタビュー記事。11年9月6日
華やかな ライトに萎れる胸の薔薇 11年9月3日
クローズアップ現代「故郷で産みたい、福島・妊婦と医師の模索」で提示された問題点。11年8月31日
行く夏に水鉄砲と蝉の声 11年8月28日
暑さが戻って来たが、風に秋の気配を感じる。11年8月25日
人の死を聞くと、誰でも同じように死ぬのだと不思議に安らぐ。11年8月23日
大災害に原発事故と日本は近未来の災難を先取りした。乗り越えれば世界一強靭な国になる。11年8月20日
たけしの「みんなの家庭の医学」運動でグルット4を活性化し血糖値を下げる。11年8月17日
敗戦特集からETV特集アメリカから見た福島原発事故。トップたちの無能さは共通していた。11年8月15日
NHK追跡AtoZ「過熱する日本人技術者争奪戦」の問題点。11年8月12日
今の政争はイソップの「カエルの王様」だ。11年8月11日
米国発の株暴落でも未来は暗くない。原発代替えエネルギーは日本近海に鉱物資源と共に大量埋蔵。11年8月9日
震災被災松の京都大文字送り火中止と円高無策。11年8月7日
竹島問題と入国拒否。円高。11年8月4日
最近、母のクセを自分に感じる。トランスフォーマ・ダーク・サイド・ムーンを観た。11年8月1日
児玉龍彦氏による「放射線の健康への影響」参考人説明-国会 11年7月31日
時間はどのような困難な問題も嘘のように解決してしまう。11年7月28日
中国版新幹線事故と、放射線ノイローゼで病んでいる主婦たち。11年7月24日
face book の効用と、自分を生かせてくれている様々な縁。11年7月22日
行き届き過ぎた生活保護は国民を無気力にしている。11年7月20日
復活・山田洋次・SLを撮るを見ながら、吉永小百合が死ぬ日を思った。11年7月17日
母の新盆に様々思いが去来した。11年7月15日
愚か者たちの夏。政も官も民もマスコミもバカばっかり。11年7月12日
神が与える災難には、同時に救いも用意してある。11年7月11日
菅総理が嫌われる訳と、官民マスコミあげての総包囲網。11年7月7日
上野歯科医院の帰り、誰もいない家に電話した。11年7月5日
十条のお富士さんから湯島天神の夏越しの大祓へ。そして母の一周忌。11年7月1日
長い階段を上り切って見える明るい空に、死のイメージと救いを感じる。11年6月27日
普通であることの大切さを最近強く感じている。11年6月24日
鎌倉、円覚寺「花の小道」、和の草花の詫びの美しさに癒された。11年6月22日
人は自らの驕りで滅び、悠久を生き抜いた自然が蘇る。11年6月18日
NHKスペシャル、長寿の元サーチュイン遺伝子は食事制限かNMNによって活性化する。11年6月12日
梅雨の晴れ間の夏草は素晴らしい。11年6月9日
NHK、原発危機、事故はなぜ深刻化したのか。11年6月5日
ドタバタ内閣不信任案否決に虚しさを覚えた。11年6月3日
一期は夢よ ただ狂へ。11年5月31日
原発海水注入に関する東電の不可解な行動は100対0の負け試合の敗戦処理だったからだ。11年5月28日
絶対安全な原子炉とは。11年5月26日
日医大での白菊会の法要の後、パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉を銀座で見た。11年5月23日
原発の安全神話が醸成され、崩壊したのは何時なのか。11年5月20日
原発に新緑の美しさを穢されてしまった。11年5月18日
NHK ETV-福島原発事故後-ネットワーク-放射能汚染地図を思う。11年5月15日
四季劇場秋で「夢から覚めた夢」を観た後、船でお台場へ行った。11年5月12日
仕事で聖蹟桜ヶ丘まで小旅行をして、恋路稲荷神社にお詣りした。11年5月9日
ため息をつくたび、幸運は逃げて行く。11年5月8日
母の死を思い出しながら、自分の死は認識できないと思った。11年5月2日
朝まで生テレビを聞きながらパソコンの修復をしていた。11年5月1日
母の死、大震災、スーちゃんのガン死。死について真剣に考えている。11年4月27日
忙中閑あり。銀座のシネスイッチで「戦火のナージャ」を観た。11年4月23日
福島第一原発事故の解決の道筋が見えて来た。11年4月20日
海外からの風評被害を防ぐため、日本人は楽しく元気に過ごすべきだ。11年4月16日
原発事故炉心冷却の新プランは高レベル汚染水を浄化して循環注水。11年4月12日
夕風に人影絶えてニラの花。11年4月8日
原発安定化はできる。投棄1万トンの低レベル汚染水は高レベル汚染水10リットル相当。11年4月5日
今の非常時、国籍人種が違っても人と人を繋ぐのは損得ではなく心だ。11年4月3日
原発事故に関する海外のヒステリックな報道には惑わされてはならない。11年4月1日
福島第一原発事故の解決への道筋。11年3月30日
原発事故と津波以来、パンダとスカイツリーが話題から消えた。11年3月27日
基準値越えの牛乳野菜の販売摂取制限は暴挙だ。破棄しなくても無毒化する方法はある。11年3月24日
我が家の回りから人が消え「みんなどこへ行った」と叫びたい衝動に駆られる。11年3月22日
放射能検出の福島牛乳と茨城ほうれん草より、不安をあおるマスコミと風評が人体に危険だ。11年3月21日
福島第一原発事故現場に、やっと東京消防庁が登場した。11年3月18日
福島第1原発事故原因は地震ではなく津波だった。関連ニュースは音を止めて見ている。11年3月16日
後ろへ戻ろうとすると、転んでしまう。11年3月14日
津波報道を聞きながら大掃除をした。10年3月12日
超巨大火山噴火を知ると、現実が忘れられ不思議に和む。11年3月9日
解散があったとしても、入れる政党も政治家もいない。11年3月6日
権力者は制御不能な、アメ横、秋葉原、築地、などの混沌を嫌う。11年3月4日
一週間がかりで、介護日記を仕上げた。11年3月3日
春一番が吹いた日に、古い知人の訃報を聞いた。11年2月25日
与野党の国民不在の権力闘争にうんざりしている。11年2月22日
セブンタウン小豆沢へ行った。最近、食後走って血糖値を下げている。11年2月20日
箱根地ビールを飲んで走っていたら、コマ型UFOが見えた。11年2月17日
青空と残り雪、知人の危篤を知らされた後、苦い義理チョコを食べた。11年2月15日
原宿でパーティーに参加しながら無縁社会を思った。11年2月13日
トヨタ車の電子部品は白だった。戦後最大の風評被害を受けても泣き寝入りか。11年2月10日
王子稲荷の初午。肌寒い中出かけた。11年2月8日
朝まで生テレビ、無能なトップの連鎖を断ち切るには第二の敗戦しかない。11年2月6日
無宗教だが、先に逝った父母や兄姉の魂なら信じられる。11年2月3日
新燃岳爆発前に辞職した東国原元知事は運が強い。11年2月1日
孤独死は必至と思っているが、設問の答えでは可能性ゼロだった。11年1月29日
母と死別以来、動物や子供に一段と好かれるようになった。11年1月27日
美肌効果抜群の未精製シアバターを買った。そして、動脈硬化の検査を受けた。11年1月24日
2025年-未来予測への考察、世界を救うのは日本か。11年1月22日
高コレステロールを心配しながら、おせっかいを二つした。11年1月21日
野を走る者は山を見上げよ。比べれば岩も谷も小さく障害にならない。--インディアンの言葉11年1月18日
誕生日は瞬時に過ぎて行ったが、風邪が回復したのは目出たい。11年1月16日
高血糖も高コレステロールも、老いはいつも突然に始まる。11年1月13日
老人バワーが少子高齢化と不景気を一気に解決する。11年1月11日
NHK・ローカル線の旅-宮崎JR日南線に見入った。11年1月7日
2010年大晦日から2011年正月へ。11年1月4日
NHK「2011ニッポンの生きる道」と、テレ朝「朝まで生テレビ」は、マスコミの存在意義を対照的に示していた。2011年1月1日
希望は程々が良い。無理な希望は挫折感を招く。10年12月30日
NHK「就職難をぶっとばせ!」就職難は中小企業と大企業との歪んだ関係が招いていた。10年12月27日
クリスマスの煌めきの影に様々な人生模様。10年12月25日
クリスマス前のディズニーランドへ、イルミネーションを見に一人で行った。10年12月24日
修復前の広隆寺・弥勒菩薩と、超効率な石油生産藻類と、ブラック企業。10年12月21日
今を老いた自分から振り返れば、眩しいほど恵まれて見えるはずだ。10年12月18日
全身麻酔と 脊椎麻酔(下半身麻酔)の安全性の違い。北国の人は寒がりになった。10年12月17日
上越は雪前の静かな雨景色だった。10年12月14日
東京フォーラム前のフランス、ストラスブールから招いたマルシェ・ド・ノエルは期待はずれだった。10年12月11日
プチプチをガラス窓に貼り込むと室温が3度上がった。10年12月9日
秋が深まり、体調不良のおかげで絵が描けるようになった。10年12月6日
ファンタジーを夢見させてくれる映画は素晴らしい。しかし、地デジには興味がない。10年12月4日
河岸段丘の秋に、低失業率と最長寿国を誇れない日本を思う。10年12月2日
辛さには鈍感に、楽しいことは鋭敏に受け入れようと思っている。10年11月30日
結果を楽天的に好都合に考える者は幸運を招き寄せる。10年11月28日
子孫を残せないベランダのヒメムカシヨモギは、冬間近な今も生き生きしている。10年11月25日
ささやかな悲しみが、普段見逃している幸せを気づかせてくれる。10年11月23日
夕暮れの散歩が増えた。10年11月21日
左右鼠径ヘルニアの手術は楽だったが、その後の寝違いの方が辛かった。10年11月18日
悔い改めない男たち。10年11月14日
フラットパネルの覇権は何処へ、FPDI International 2010。10年11月12日
老いるとは、検査数値が悪化して行くことだ。10年11月10日
NHKスペシャル、本当は怖くない862兆円の借金。10年11月7日
70代の老いのスピードは60代の3倍は早い。だから、価値ある60代を楽しむべきだ。10年11月4日
明日の自分より今日の自分は確実に1日若い。10年11月2日
無縁社会は、ささやかな親切とおせっかいで解決される。10年10月31日
ガラパゴス化がなぜ悪い。独自性を否定して豊かになっても何も残らない。10年10月28日
反日デモを萌えキャラに変えて無力化する日本のオタクは世界最強。10年10月26日
王子近辺、名主の滝から王子稲荷を散策。10年10月24日
美しい自然があれば、やがて訪れる死を安らかに受け入れられそうだ。10年10月22日
おせっかいが増えれば、世の中は明るくなる。10年10月19日
母の魂は様々な人を呼び寄せた。10年10月17日
椎の実を拾いて起てば風の音 10年10月15日
エレベーターを待つ間。10年10月12日
人生に光陰は必然、光の中では眩しいくらい輝きたい。10年10月10日
8年ぶりのディズニーランドに感動した。10年10月7日
朽ちて行く ひばりヶ丘団地を 写真に撮った。10年10月4日
シャッター通りの馴染みの店でメモ帳を買った。10年10月3日
人は人生の旅人。10年9月30日
森美術館で現代アートを見た。10年9月27日
尖閣問題で中国との話し合いは不可能。中国とはパワーゲームしかない。10年9月25日
母と死別した猛暑の終わりに一抹の寂しさを感じた。10年9月23日
木陰で抹茶を飲んでいると生きてる実感がした。10年9月21日
背中が痒く、孫の手を探した。10年9月19日
失うのを潔く受け入れるのが良い老い方だ。10年9月17日
米国に喧嘩を売ってでも円安誘導は必要だ。10年9月15日
猛暑は生き甲斐を麻痺させたが、冷涼な秋が復活させてくれるだろう。10年9月13日
荒川河川敷のネムノキ 10年9月10日
涼しい雨に、人形のお雪さんの衣替えを思い出した。10年9月8日
イアホーンを外せば夕日に蝉時雨 10年9月4日
夏の終わりに。10年9月3日
母と死別してから後顧の憂いがなくなった。10年8月31日
浅草カーニバルの日、観音様で3連続凶を引いた。10年8月28日
中国時代の母。10年8月26日
ようやく、止まっていた時間が動き始めた。10年8月22日
東京湾、シンフォニー・クルーズへ行った。10年8月20日
母の四十九日に、安堵感と一抹の寂しさを覚えた。10年8月18日
母の訃報に様々な反応。10年8月16日
滅入った気分から、楽しい思い出が救ってくれた。10年8月13日
人生は後戻りできず、前へ進むほかない。10年8月12日
夕日の中、旧友が弔問に訪ねて来た。10年8月8日
日の出桟橋でオリオンビールを飲みながらソフトクリームを食べた。10年8月5日
死後の世界や魂は、信じた方が楽に生きられるようだ。10年8月4日
一人暮らしに少しだけ慣れたが、誰とも話さない日が増えた。10年8月1日
子供心に母の苦労を知っていたから、介護が続けられた。10年7月30日
ペットロスの手記を、母の死と重ねながら読んだ。10年7月27日
きびしい猛暑は、思考を麻痺させてくれるのが救いだ。10年7月25日
神は、乗り越えられない試練は与えない。10年7月21日
人生には無数のつまずきがある。耐え信じる強さがあれば人生は豊かに変わる。10年7月19日
ブログを過去へ読み返すうちに、母への罪の意識が消え、回復期の曙光がほのかに見えた。10年7月17日
母の死後、残された私のグリーフケア-悲歎の後に安らぎがある。10年7月15日
お盆の入り。母の魂は旅立たず私の周辺に留まっているようだ。10年7月13日
生前、母は宝くじを当ててあげると約束した。それは本当だった。10年7月10日
最期に見せた母の涙の意味。10年7月8日
母が死んで以来、夕暮れが一番寂しい。10年7月6日
献体の白菊会会員の母は、日医大へ運ばれて行った。10年7月3日
母の寝顔は、楽しい子供の頃の顔に戻っていた。10年7月1日
何も飲まず食べないのに、母が元気なのは終末期だから。10年6月29日
母の終わりは間近、良くも悪くも予想通りには行かない。10年6月27日
母も我が家も、壊れ生まれて変化して行く。10年6月25日
母は心不全で寝込んでいる。新調した円座が役割を果たす前に逝くのかもしれない。10年6月22日
新しいミシンを見て、弱っていた母は一瞬元気になった。10年6月20日
母は弱ったが、この夏もクーラーなしで過ごすことにした。10年6月18日
6月の晴れ間は生命に満ちあふれ、悩みを麻痺させてくれる。10年6月16日
はやぶさ帰還とワールドカップ。日本の奇跡は体力より知力にある。10年6月14日
「はやぶさ」帰還に、先端産業の命運は中小企業にあると見た。10年6月12日
母の惚けと新政権。最近、マスコミ報道を信用しない。10年6月9日
65歳からのサバイバル。10年6月7日
菅直人氏が首相に決まった日、議員たちの顔から品格を思った。10年6月4日
鳩山首相退陣報道を見ながら、ホリエモンのマスコミ不要論を思い出した。10年6月2日
母の体調は日替わりで激変する。終末期の特徴で一喜一憂はしない。10年5月31日
毎夜、高齢の母は、朝が迎えられないと思いながら眠りにつく。10年5月28日
冷雨、老いを忘れさせてくれる夏の熱気に憧れていた。10年5月26日
老人介護も投資も登山も簡単な近道はないようだ。10年5月24日
相変わらずの普天間に口蹄疫と、晴れ晴れとしたニュースが少ない。10年5月22日
高度成長期に一般人が孤独を感じ始めた。その解決方法は家に籠らないことだ。10年5月20日
最近、振り返ると、自分を追いかける死神がチラチラ見える。10年5月18日
死を身近に感じると、夜の闇が怖くなる。10年5月16日
昨夜は母に1度しか起こされず、久しぶりに朝まで眠れた。10年5月14日
老いは死へ備える通過儀礼。10年5月12日
様々な喪失。寝たっきり間近の母の再起を願っている。10年5月10日
母は私と一緒に退院したが、取り返しがつかない程に弱ってしまった。10年5月9日
母のボケと体力低下阻止の為、前倒しに退院。10年5月8日
胆石で緊急に入院。10年5月1日
昭和は遠くなり、母の回りはカレンダーと時計だらけになった。10年4月29日
内田樹が上野千鶴子に反論。独り者では男も女も生きられない。10年4月26日
体育館で石綿(アスベスト)に晒された教師が中皮腫を発症。10年4月23日
春冷の中、久しぶりの夏日に寂れた赤羽台団地を抜けた。10年4月21日
彼女が見せる別れの兆候と、ビバリーヒルズ青春白書。10年4月19日
中韓の未来を憂慮しながら、日に5回血糖値を測って老後に備えている。10年4月16日
石油100ドル、資源高騰で、却って日本経済は活気を取り戻しそうだ。10年4月14日
三谷幸喜作「わが家の歴史」を、母は居眠りせずに見ていた。10年4月12日
金柑を食べていると、ふいに子供の頃の記憶が蘇った。10年4月9日
通販で取り寄せた母のLサイズパッチに日本の未来を思った。10年4月7日
散歩を休むと母の惚けが進行する。10年4月5日
満開の桜の下にて、過ぎ行く歳月を想う。10年4月3日
子供手当てとゆとり教育。10年3月31日
桜の季節に死と向き合う。10年3月28日
督促状は気味が悪いほどに無愛想なデザインだ。10年3月26日
人口ボーナス。落ちて行くもの、上って行くもの、世は様々。10年3月24日
NHK「命をめぐる対話"暗闇の世界"で生きられますか」の辿る先は基本的人権侵害だった。10年3月21日
マグロよりサバ、イワシが好きだ。10年3月19日
人の情けが身にしみる。10年3月17日
テレビ朝日「ちい散歩」を見ていたら、「君の名は」が聞きたくなった。10年3月15日
トヨタは戦後最大の風評被害を受けそうだ。10年3月13日
奇跡を、強引に引き寄せようと頑張っている。10年3月10日
古新聞は介護の必需品で、その為に新聞を購読している。10年3月8日
異所性脂肪は悪役だが、皮下脂肪の肥満は悪くない。10年3月6日
トヨタ・リコールを発端に、他社にもリコールは拡大しそうだ。10年3月4日
オリンピック・人は不可解な価値観で生きていた。10年3月2日
福祉だけでは、派遣も失業者も救えない。10年2月28日
人生でも経済でも、負け方が上手ければ未来が開ける。10年2月26日
サラシア、甘いものを食べながらダイエット。10年2月23日
老いとは、未来の自分から今を振り返ること。10年2月21日
思い通り行かないのが人生。10年2月19日
昔の朝は牛乳瓶のガラガラぶつかる音で始まった。10年2月17日
日本が生き残る道は、世界のアイリスオーヤマになることだ。10年2月15日
ランドラッシュに加わる必要なし。マグネシウムは次世代のクリーンエネルギー源。10年2月13日
タイガー・ウッズ-バッシングとトヨタ・リコールの類似点。10年2月11日
最新の研究、植物状態ても少数の人に意識があると言う。10年2月8日
検察、議員、マスコミの正義ごっこで、国民は疲弊して行くばかり。10年2月6日
覚悟ができていない孤独ほど辛いものはない。10年2月4日
初午へ母を連れて行った。10年2月2日
無縁社会、無縁死、寂しい老後を癒すネット上の仮想空間。10年1月31日
一方的に得ることも失うことも、人生にはない。10年1月29日
一人一人が闘わないと、夜は明けないのかもしれない。10年1月27日
NHK「メイド・イン・ジャパンの命運」東芝の高機能テレビは大鑑巨砲主義だった。10年1月24日
2025年までの企業家向けの未来予測レポートを読んだ。10年1月22日
港町のデジャブ感。10年1月20日
お賽銭がチャリンと落ちると金が入る。10年1月18日
車椅子を押す楽しさ。10年1月15日
貧乏を楽に克服する方法。10年1月13日
私が赤羽自然観察公園へ行かなくなった訳。2010年1月11日
50年前の失業者と今のホームレスの違い。10年1月10日
強健だと、少々辛いことがあっても耐えられる。10年1月7日
平気で生きるのは難しい。2010年1月5日
三が日はあっという間に過ぎた。10年1月3日
あけましておめでとうございます。2010年1月1日
桐ヶ丘中学、豪華に完成 09年12月29日
暇な千円床屋に日本経済の縮図を見た。09年12月27日
今の日本に1番不足しているのは夢のようだ。09年12月25日
不景気は悪い面だけでなく良い面もある。09年12月22日
絵描きは空想が行き過ぎて独り相撲をとりやすい。09年12月19日
明日のことは分からないから、希望も持てる。09年12月17日
ガンが克服されても、リーマン予想が解明されても、その先にもっと深い闇が現われるだけだ。09年12月14日
クリスマス前の銀座は混雑していた。09年12月12日
日に何度も、大西ライオンのように「何とかなるさー」と言っている。09年12月9日
元気だと、景気が悪くても前向きになれる。09年12月8日
年賀状欠礼の葉書が毎日届く。09年12月5日
幸せは気づかずに過ぎて行き、あの時がそうだったと後で気づく。09年12月3日
国民が楽観的になれば、景気は良くなる。09年11月30日
自然に比べ、人の世は複雑で醜い。09年11月28日
殆どの絵描きは貧乏でも自殺しない。09年11月26日
ガンと闘わないことで、母は穏やかに生きている。09年11月24日
老人介護も政治も、分からないことばかりだ。09年11月22日
家庭医を見つけられない老人たち。09年11月20日
カリンジャムを作った。09年11月18日
自然公園に小学生たちが歩いて遠足に来ていた。09年11月16日
年を取ると次々と身体に問題が起きる。09年11月14日
酉の市。09年11月12日
貧乏は人生を美味しくするスパイス。09年11月10日
歴史上、いつまでも栄華を保てた国はない。09年11月8日
映画「渚にて」主題曲ワルチング・マチルダを知ったのは多感な15歳だった。09年11月6日
銀製の百円玉。09年11月4日
今年の東京の柿は豊作だ。09年11月2日
親しくしていた老スズメが姿を見せなくなった。09年10月31日
撮ると長生きするデジカメ。09年10月29日
最後に命運を決めるのは心がけだ。09年10月27日
年末年始まで、生活は切り抜けられそうだ。09年10月25日
明日から東京モーターショー。海外の視線はいびつだった。09年10月23日
弱った母には、言葉が一番の薬だった。09年10月21日
母が落ち着き安堵している中「帰って来たヨッパライ」の訃報を聞いた。09年10月19日
生まれて始めて、ふらつくほどの過労を味わった。09年10月17日
しっかりしてくれないと絵が描けなくなる、と言うと、母はしっかりした。09年10月15日
緑の早生ミカンと昼花火の音。09年10月13日
老人は励ましやベットの工夫で元気になる。09年10月11日
台風一過の爽やかさを、弱った母は楽しめなかった。09年10月9日
2009年日本ノーベル賞なしは、日本特有のお人好しの所為か。09年10月7日
時間は様々なものを変化させながら過ぎて行く。09年10月5日
夜、ベランダで洗濯物を干していると雲間に満月が見えた。09年10月3日
母は牛黄(ゴオウ)と写真健康法で命を保っている。09年10月1日
40年後の日本は衰退していると米経済誌。その頃の65歳は今の30歳の若さで無意味な指摘だ。09年9月29日
大相撲モンゴル力士取り組みは日本の国益に繋がる。09年9月27日
子供の頃のような月の光を眺めてみたい。9月25日
クレヨンしんちゃんが子供たちの未来にはたした役割は大きい。09年9月23日
医師への信頼の功罪。09年9月21日
新しい車椅子と、東京北社会保険病院屋上庭園のネコ。09年9月19日
母は危うく寝たっきりを免れた。09年9月17日
ゴーギャンの絶望と希望学。09年9月15日
敗北的海外進出と空洞化した国内の高齢化、それでも日本は生き残る。09年9月13日
老いた母の望みは、毎夜、静かに寝入ることだ。09年9月11日
母の惚けを案じながら、お台場から帰った。09年9月9日
物事は決まったようにしか動かない。09年9月7日
華やかな世界の嘘っぽさが堪え難くなった。09年9月5日
要求を適度に無視するのが、老人介護のこつだ。それは国際外交にも通じる。09年9月3日
絵本作家とイラストレーターへの道と現状。09年9月1日
私の選挙雑記。落選議員の共通点は顔がでかいことだ。09年8月30日
母は壊れた真空管テレビに似ている。09年8月28日
私は10代には戻れないが、物理学では未来から今へ時間が流れていると言う。09年8月26日
昭和20年代の夏休み、子供たちは毎日、目一杯、遊んで過ごした。09年8月24日
厳しい生活にも、ゆとりは十分にある。それが日本の底力だ。09年8月22日
老後は心がけ次第で、楽しくも不満だらけにもなる。09年8月20日
人は突拍子もない抜け道を考えて、人生を楽にしようとする。09年8月18日
戻って来た夏日射しに海を感じる。09年8月16日
立ち止まれば秋。09年8月14日
老人とペットたちの年を経るスピードは似ている。09年8月12日
大雨でも母を散歩に連れ出す。09年8月10日
老いたら反省も後悔もするな。09年8月8日
最近、徹夜仕事がこたえる。09年8月5日
良いことでも、人と違うと排除される。09年8月3日
生きる意欲の有無が老人の生死を分ける。09年8月1日
母は脱水症を引き金に老人性欝を起こしていた。09年7月30日
いよいよボケが始まったか、とドキリとさせられた。09年7月28日
最期よければ総て良し。09年7月26日
松の蜂蜜と遊び友達。小説のような親友は滅多にいない。09年7月24日
次は北関東で皆既日食。私は90歳で、見るのはちょっと無理か。09年7月22日
NHKスペシャル「マネー資本主義」、偽装されモラルが欠落した金融工学。09年7月20日
大雪山遭難におけるグループ登山の問題点。09年7月17日
物理学者戸塚洋二氏の死。苦悩に対し、優秀な頭脳は役に立たず、逆に増大させる。09年7月15日
徹夜で描き上げたポスター原画を銀座8丁目のデザイン会社に納品した。09年7月13日
盆提灯を灯すと、死んだ者を思い出す。09年7月10日
眠くて気怠いのは低血糖が原因だった。09年7月8日
昔、ホームレスは乞食と浮浪者を区別していた。09年7月6日
手芸をしていた頃の母は、元気で惚けもなかった。09年7月4日
悪運の強さで、命が助かり危機を乗り越えた。09年7月2日
十条富士塚の祭礼「お富士さん。」と湯島天神での大祓。09年6月30日
我が家が普通ではないと知ったのは、社会に出てからだ。09年6月27日
住まいから風景が見えないと気がめいる。09年6月25日
女性は一人散歩が苦手だが、男は一人散歩が好き。09年6月23日
雨の散歩と姿を消したロボット型給水塔。09年6月21日
つまずいてばかりの私と、作家たちの自殺。09年6月19日
太宰生誕100年の桜桃忌に、ヤマモモが熟した。09年6月17日
のんびり行こう。悩んでも悩まなくても結果は同じ。09年6月15日
一難去ってまた一難、平穏は夢。09年6月13日
週刊朝日、痴漢冤罪から身を守る「理論武装」「その場から立ち去ってかまいません」09年6月11日
子供の才能と老人の健康は、ほめると伸びる。09年6月9日
菅家さん無罪が再鑑定で判明した足利事件に思う。09年6月7日
植物の予知能力。09年6月5日
ダイナマイトは甘い味。09年6月3日
パナマ帽とuvex (ウベックス)社の保護メガネ。突然生じた歯茎のしこり。09年6月1日
寝たっきり老親の介護をする男達を見て、予防医学の大切さを。09年5月30日
老母の留守番を気にしながら、汐留の電通で打ち合わせ。09年5月28日
ジューンベリーと桑の実。09年5月26日
卯の花と、タラの木の若葉と、インドの女医さん。09年5月24日
安全教育によって、若者の危険回避能力が衰退した。09年5月22日
暑くなり、ケフィアヨーグルトは魔法鍋で発酵させている。09年5月20日
上手に新型インフルエンザに感染しようと思っている。09年5月18日
早朝、眠れないまま、重いことばかり考えていた。09年5月16日
ルーン・ストーン占い。09年5月14日
私にも脳梗塞の因子があるようだ。09年5月12日
母の場合、直葬ではなく生前葬を選んでいる。09年5月10日
岩崎宏美婚約発表とアンパンマンを意地悪く見た。09年5月8日
桐の花の香り。09年5月6日
ささやかなことの連続が、生活を良くも悪くもする。09年5月4日
消したい記憶と九州女の思い切りの良さ。09年5月2日
一人で歩いていると、母に何か起きたと思われた。09年4月30日
思い出の多い銀座へ母を連れて行ったら、惚け気味の頭が治った。09年4月28日
新人ホームレスの日曜日。09年4月26日
病院をさまよう無保険患者たち。09年4月24日
介護疲れを招かぬように、手抜き家事に励んでいる。09年4月22日
正しい歯科医院の選び方。09年4月20日
厳しい注意で、母のプライドと自立心が蘇った。09年4月18日
厳しい世の中でも、いつも通り自然は新緑に覆われた。09年4月16日
満開の桜は新緑に変わり、花見の宴が夢のようだ。09年4月14日
電話では相手の本心が見える。09年4月12日
暖かくなり、新米ホームレスにも良い季節になった。09年4月10日
明日のことは悩まず、素晴らしい春を楽しんでいる。09年4月8日
今年も南蔵院のしだれ桜見物へ行った。09年4月6日
寒い夜桜を野天の炬燵に入って楽しみたい。09年4月4日
日銀短観は史上最悪だったが、心配するほどではない。09年4月2日
病院受付での偏屈な年寄り。09年3月31日
NHKスペシャル「沸騰都市のそれから」に強欲のコラボを見た。09年3月29日
いろいろな惜別。09年3月27日
WBC日本優勝で元気が出た。09年3月25日
平穏無事に憧れるが、とても得難い。09年3月23日
お化けがいた時代は楽しかった。09年3月21日
紀香陣内離婚に宇宙コウモリ。09年3月19日
コブシと白モクレンの違い。09年3月17日
厳しい事態に対応出来るように、身の回りのものを捨てている。09年3月16日
与謝野財務相は珍しく仕事ができる閣僚のようだ。09年3月14日
今年生産の車は質が良いので買い時だ。09年3月12日
死ぬにも金がかかる。09年3月10日
「上海バンスキング」を見た。09年3月8日
雨の散歩。09年3月6日
不況でヒットするもの。09年3月4日
コメディを見ると、ホッとする。09年3月2日
恵まれた主人公のドラマは面白くない。09年2月28日
少々惚けても、悪知恵は我々と変わらない。09年2月26日
春間近。09年2月24日
古民家の縁側で、老人達は楽しそうに病気自慢をしていた。09年2月22日
王子の二の午へ出かけた。09年2月19日
世俗とは無関係に、自然は季節どおり春間近になった。09年2月17日
NHK・沸騰都市シンガポールは魅力がない国だ。09年2月15日
春一番が吹いた日。09年2月13日
母は「よっこいしょ。」で元気になった。09年2月11日
水仕事ができるように、指の傷を早く治癒させた。09年2月10日
昨日の動画を入れ替えた。09年2月9日
赤羽自然観察公園で撮った動画を編集して添付した。09年2月8日
何故か、のどかな日に母の老いは進む。09年2月6日
伝統的な営みは、荒んだ心を癒す。09年2月4日
難しい毎日だが、脚力尽くる時、山更に好し。09年2月2日
民も公も国家も無責任ばかり。09年1月31日
派遣の若者に老人介護は難しい。09年1月29日
いつも身近にある、とても大切なもの。09年1月27日
時折惚ける母の相手をしながら、劇団七曜日時代を懐かしく思い出した。09年1月25日
老後の男女差、家事のできるお爺さんは孤独に強い。09年1月23日
豪華な公務員宿舎住まいの、躾をしない母親。09年1月21日
池袋の四川料理屋にて、派遣切りについて激論。09年1月19日
バソコンだけが私の誕生日を覚えていた。09年1月16日
先端恐怖症の私は、おろし金が苦手だ。09年1月14日
NHKスペシャル「女と男」の科学では、恋愛の快感はドーパミンにあった。09年1月12日
年末に怪しい仕事依頼の電話2本。09年1月10日
老いは、晴れたり曇ったり、交々至る。09年1月8日
正月気分から日常に戻ってホッとしている。09年1月6日
来年正月どんな生活をしているかは考えず、屠蘇セットを片付けた。09年1月4日
今年は相当に頑張らないと生き残れそうにない。09年1月2日
2009年の言葉、「神は自ずから助くるものを助く。」09年1月1日
終わりが近いと感じているのか、母はありがとうを頻発するようになった。08年12月29日
神棚とパソコンの大掃除しながら、色々と寄り道。08年12月27日
正月準備は煩わしいが、止めると寂しくなる。08年12月25日
眠り過ぎると不眠症になる。08年12月23日
不眠症になりかけだが、薬には頼りたくない。08年12月21日
牛黄(ゴオウ)主成分の試供薬品で元気になった。08年12月19日
死が近づくと、いつもと違う雰囲気を感じる。08年12月17日
英語下手でも、益川教授はノーベル賞。08年12月15日
景気回復しても、先進国はメタボ経済には戻らない。08年12月13日
ツワブキの花と、左右を間違える母。08年12月11日
昔の子供はニッキ味が大好きだった。08年12月9日
シークレット・ガーデンの「ノクターン」に安らぐ。08年12月8日
生き方の実用本では心の糧にはならない。08年12月6日
新型インフルエンザの究極の予防方法。08年12月4日
幸せ自慢を聞かされると疲れる。08年12月2日
疲れているが、自然や動物たちに触れると元気になる。08年11月30日
20世紀末、終電後の深夜には、偽警官に老人ナンパが跋扈していた。08年11月28日
母は少しずつ、終末期へ向かっている。08年11月26日
ぼったくりの博多モツ鍋を池袋の有名店で食べた。08年11月24日
最近、和風の会話や光景が心に染み入る。08年11月22日
冷たい朝、新河岸川に流れて行く人生。08年11月20日
三ノ輪から竜泉を経て、千束の鷲神社の酉の市へ。08年11月17日
定額給付金とオバマ大統領とダイソンサイクロンクリーナー。08年11月16日
宮崎大宮高等学校隣のイモ畑の苦い思い出。08年11月14日
墓は自然に風化して無くなるのが良い。08年11月12日
母が寝たっきりにならないように、現状死守している。08年11月11日
カリン?マルメロ?、どちらか悩みながら咳止果実酒を作った。08年11月9日
熱っぽくて気怠いのは、クラウン下の虫歯が原因だった。08年11月8日
遺品様々。粗末な遺品は何故か哀しい。08年11月6日
小室哲哉の凋落。アーティストと逆境は常に一対だ。08年11月4日
豊かさが消えた時、人の本当の姿が見える。08年11月2日
マーフィーの法則。探しものは、探すのを止めたら見つかる。08年10月31日
経済危機が芸術を進化させる。08年10月29日
景気予測は専門家より、自分の直感を信じる。08年10月27日
姉は博多の墓の東京移転を考えているが、私は関心がない。08年10月26日
鶏の生焼けの食中毒予防に、オウバク入りの家庭薬を飲んだ。08年10月24日
世間は暗いが、明けない夜はない。08年10月23日
介護では、強気な対応が寝たっきり防止になる場合もある。08年10月21日
水野恵理氏の個展オープニングへガレーのチョコを持って行った。2008年10月18日土曜日
針裏がフラットに止まる中型のホチキスを買った。08年10月17日
尾瀬の山ブドウと人懐っこい白犬。08年10月15日
交通事故死した甥が姉に残した安らぎ。08年10月13日
老いた母に弱気とわがままが交錯する。08年10月12日
大家族の安らぎに憧れている。08年10月11日
注射器の使い回しでC型肝炎に感染させられた世代。08年10月10日
経済危機に日本人4人のノーベル賞受賞。しかし、お二人は遅過ぎた。08年10月8日
姉妹は仲が悪そうで、好い話し相手でもあった。08年10月6日
爽やかな秋の日、簡素な霊安室で姉と対面した。08年10月4日
ヒグラシが鳴く中、金木犀が香った。08年10月2日
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。08年9月30日
6年かかって母の腰痛は治まり、ペインクリニックを終了した。08年9月28日
NHK教育サイエンスゼロで疲労回復物質イミダゾールペプチド(別名イミダペプチド,イミダゾールジペプチド)。08年9月26日
ほのぼのと、秋は静かに深まる。08年9月25日
お彼岸、母は一段と弱ったが笑顔は増えた。08年9月23日
金持ち喧嘩せず。08年9月21日
株が下がると絵も売れない。08年9月20日
出戻りの絵の、彼女の視線。08年9月17日
敬老の日の緑道公園。9月15日
猛暑でも過ぎてしまえば、母には良い夏だった。08年9月14日
老いは思い悩まずに受け入れる他無い。写真日記更新。08年9月12日
サンマの塩漬けとiPhoneの売れ行きの悪さ。08年9月11日
私たちは、ささやかなことで幸せになれる。08年9月9日
個展終了して、ようやく日常が戻った。08年9月7日
気弱になった母に、幻聴と幻覚が起きた。08年9月4日
ショートスティを終えた母は無気力に惚けていた。08年9月3日
母は施設にショートスティさせて、無事に個展初日を迎えた。08年9月1日
初日の9月1日まで制作に集中。08年8月27日
誕生日前日、母は香典の前払いをしてもらった。08年8月24日
星野ジャパンの敗因とジンクス。08年8月22日
一期一会の思いで過ぎ行く夏をかみしめる。08年8月21日
東京北社会保険病院皮膚科で母の左まぶたのホクロを切除した。08年8月19日
母は姉の名を忘れた。08年8月17日
深夜、母が呼ぶ幻聴で目覚める。08年8月15日
汗拭けば眩しき道に月見草 08年8月13日
ホクロから出血。医師は0期基底細胞癌の可能性を捨てきれない。08年8月11日
夏日が途絶え、涼風に頭が冴えた。写真日記更新。08年8月10日
猛暑の中、オリンピック中継もまた暑苦しい。08年8月8日
装丁用の絵を納品した。08年8月6日
進んでは止まり、母の老いはジグザグに行く。08年8月4日
遠く花火の音を聞きながら、来年のグルメ便を選んだ。08年8月2日
赤羽風景は次々と変わって行く。08年8月1日
孤独死における男女差。08年7月31日
アオノリュウゼツランの花が咲き始めた。08年7月29日
楽しい子供時代の記憶は一生を豊かにする。08年7月28日
東京北社会保険病院皮膚科へ、母を朝一番の予約で連れて行った。08年7月26日
母の左まぶたのホクロが出血した。08年7月24日
案内状用の絵は22日お昼前に描き上げた。08年7月23日
蝉時雨熱い昭和が蘇る 08年7月21日
梅雨明けて、初秋まで長い耐久レースが始まる。08年7月19日
介護を人任せにするのは、人生の大きな損失だ。08年7月17日
9月の個展モードに入って、一日中絵描きをしている。08年7月16日
母は行きつ戻りつ老いて行く。08年7月14日
猛暑の散歩、車椅子の母は霧吹きで暑さをしのいだ。08年7月12日
子供の頃、井草の軸の線香花火を楽しんだ。08年7月11日
徹夜組がいても、iPhoneはヒットしない予感がする。08年7月10日
四苦八苦しながら、9月個展の準備。08年7月9日
梅雨の晴れ間に、花の甘い香り。08年7月7日
写真日記更新、母は散歩へ出ると元気を取り戻す。08年7月5日
友人の母親の死に、激動の昭和史の終わりを感じた。08年7月4日
日南市大堂津今昔。08年7月2日
母だけでなく、私も老いた。08年7月1日
お富士さんから湯島天満宮夏越の大祓へ。08年6月30日
親が生きていて良いのは、昔話ができることだ。08年6月28日
早期ガンを臭気で発見する犬。08年6月26日
危うい東京北社会保険病院とアオノリュウゼツランの花。08年6月25日
梅雨の晴れ間に、ど忘れしたことを思い出そうとした。08年6月24日
緑道公園の個性的なおじさんたちと、青の竜舌蘭の花。08年6月22日
食品売り場は生命感が満ち、元気になれる。08年6月21日
高齢化社会を思うと、自分の身体は自分で守る他ない。08年6月20日
母の悩みは深いが、それでも日々好日。08年6月18日
昼寝から目覚めた後に。08年6月17日
昼顔が楚々と見送る鈴の音 08年6月15日
家にこもっても何も解決しないが、外へ出れば良いことが起こる。08年6月13日
医師に診てもらう前に様子をみた。08年6月12日
団地のビワ。写真日記掲載。08年6月10日
母は憤ると元気になる。08年6月9日
映画「The 有頂天ホテル」に10年の経緯を感じた。08年6月8日
背中が痒い時、一人者なのが厭になる。08年6月6日
適当に、母は惚けの世界に逃避する。08年6月5日
家族がいれば、辛さに耐えられ、希望にもなる。08年6月3日
プリントした母の顔はぼんやりして、影が薄かった。08年6月2日
老人介護は直ぐ傍でみている家族が一番心得ている。08年5月30日
寒い雨の中、散髪へ出かけた。08年5月29日
母は市販薬で寝たっきりにせずにすんだ。08年5月28日
ウツギにマルハナバチ。写真日記更新。08年5月27日
母は口が悪い間は元気だ。08年5月25日
介護とはリスキーなものだ。08年5月23日
母は苦労した事で楽しい老後を迎えられた。08年5月21日
新河岸川の透明な波。08年5月19日
介護に一喜一憂は禁物だ。08年5月17日
風光る5月、母の肺に水がたまっていた。08年5月16日
久しぶりの好天。08年5月15日
緩やかにグミの茂みへ鈴の音 08年5月13日
昔の大家族には生と死のダイナミズムがあった。08年5月11日
母は気晴らしに点滴をしてもらった。08年5月10日
頑張る老人の、寝たっきり期間は短くなる。08年5月8日
久しぶりに銀座。08年5月7日
笑いと夢は、人を救う。08年5月5日
滅入っている時、笑いは救ってくれる。08年5月3日
電動ベットになれば、母は寝たっきりへ一直線だ。08年5月2日
介護する者の健康を大切にしないと介護は破綻する。08年4月30日
大家族が集まった祖母の通夜が懐かしい。08年4月28日
抗欝剤スルピリドで、母はドラッグハイになった。08年4月27日
整形外科から内科へ病院のハシゴをした。08年4月25日
母用に介護ベット導入を考えている。08年4月24日
老いれば体力が弱るのは自然なことだ。08年4月23日
救急車で彷徨う高齢者患者。08年4月22日
好感を持てる励ましと、持てない励まし。08年4月20日
雨の散歩。08年4月18日
友達の能力を知るのが、人生を楽しくする秘訣だ。08年4月16日
昼寝二題。08年4月14日
散歩道は新緑へ一気に変身した。写真日記更新。08年4月12日
母は出かけるのを嫌がるので、一人で買い物へ出た。08年4月10日
母は元気を取り戻した。08年4月8日
大切なものを捨てる覚悟がないと、前に進めない。08年4月7日
母の死の予感は三度目が最期。08年4月5日
ホームレスの生き方に幸せの法則がある。08年4月3日
春爛漫。一人者男女の差異。08年3月30日
南蔵院のしだれ桜から、渋谷の画材店ウエマツへ。08年3月30日
花の季節に酔生夢死。08年3月27日
花木ミツバカイドウの名を始めて知った。08年3月26日
春の日々、ふいに母の急変の気配を感じる。08年3月24日
新しい局面を迎える仕事に合わせ、液晶テレビを買った。08年3月23日
辛い話しは、緑道公園の静かな道で母に話す。08年3月21日
30年使っている三菱の紙巻き赤鉛筆ダーマトグラフをなくした。08年3月18日
久留米、母の実父の思い出。08年3月16日
王子税務署から王子稲荷へ回った。08年3月14日
桐ヶ丘団地の桜の古木は太い枝から剪定された。08年3月12日
自然公園の青トカゲたちは冬眠から目覚めた。08年3月11日
何もしない選択肢。08年3月9日
人生の最期に処分する思い出の道具は。08年3月7日
福岡県黒木町剣ヶ淵悲話。08年3月5日
残尿感にノコギリ椰子エキス。08年3月3日
生温い天候は電子部品や子供たちの神経に異常をきたした。08年3月1日
稲付城からアルカード。柴犬の故郷はペットショップ。08年2月28日
郷里から甘鯛の白の大物3匹が届いた。08年2月26日
姉も私も死後は無縁仏になると覚悟している。08年2月24日
先祖代々の墓が母を悩ませ鬱状態になった。08年2月22日
早春の日射しの中、病院の屋上庭園でセキレイを眺めていた。08年2月20日
緑道公園の日溜まりでハーモニカの「仰げば尊し」を聞いた。08年2月18日
初物の土筆を見つけた公園で、カクイ綿のホーロー引き看板が蘇った。08年2月16日
真昼の静かな町に昭和の元気な時代を想った。08年2月14日
冷たい雨の中、王子稲荷の初午に出かけ101円を拾った。08年2月12日
表参道の黒々とした大群衆と、六本木ヒルズの無機質な輝き。08年2月10日
45年前、厳冬期の霧島えびの高原。08年2月9日
母は一過性に依頼心が強くなった。08年2月8日
昭和23年、雪の舞う中の寂しい葬列。08年2月6日
日はうらら節分の豆踏みつぶす 08年2月5日
節分の雪。雪の朝 紅さす君を幻に 08年2月3日
アキレス腱断裂以来、遅刻しても絶対に走らないことにしている。08年2月2日
食品売り場で「農薬入りの中国冷凍餃子が食べたいな。」と母は冗談を言った。08年2月1日
ベランダで空豆を育ててみたい。08年1月30日
リステリンの新製品を使い始めて歯石が付かなくなった。08年1月28日
鬱気味の母は自然公園に行くと明るさを取り戻す。08年1月27日
夕暮れに、老々介護が忍び寄る。08年1月25日
タレント志望の若者たち。08年1月24日
子供たちの、雪の古民家でのおにぎり昼食会は一生記憶に残るだろう。08年1月23日
世の中、平穏無事は少なく貴重なものだ。08年1月21日
老いは階段状に落ちて行く。08年1月19日
風に舞う蒲の穂綿が汚いからと、根こそぎ抜かれてしまった。08年1月18日
新河岸川に舞うカモメに、遠い港町の旅愁を感じた。08年1月17日
63歳の誕生日に、四葉のクローバーを2本見つけた。08年1月16日
母への、90年近く続いた幽霊橋の祟りは薄れてきた。08年1月15日
テレビ無しでは仕事に集中出来ない。08年1月14日
赤羽緑道公園。散歩道の個性的な犬達。08年1月12日
一人暮らしの老人は散髪して再入院の準備をした。08年1月10日
認知症さえなければ老人介護は楽だ。08年1月9日
男女の仕事分けが老親の不幸を招く。08年1月8日
フリーズドライの七草は失敗だった。08年1月7日
母の老人性鬱は休ませると悪化する。08年1月6日
電子レンジで温める湯たんぽを買った。08年1月5日
正月に墓参を済ませると、胸につかえていたものが取れた。08年1月4日
07年大晦日から08年へ、穏やかな正月。08年1月2日
明けましておめでとうございます。08年1月1日
年の暮れの驟雨。07年12月30日
家庭の仕事は楽しい。07年12月28日
姓名判断の功罪。07年12月26日
一夜でクリスマス飾りは松飾りに変わる。07年12月25日
狭い台所での食事は、飲み屋の雰囲気。07年12月24日
掃除は完璧ではなく、汚れを残すくらいの心がけが良い。07年12月22日
のどかな初冬の陽光。07年12月21日
生きるとは現実を見つめること。07年12月20日
母が元気な間は正月準備の手は抜かない。07年12月18日
人から多く受け取るより、多く与える方が楽。07年12月16日。
ヘタウマ絵本全盛の今、絵本作家とは呼ばれたくない。07年12月14日
めずらしく仕事しないで過ごした。07年12月13日
ワーキングプア、マイナス思考だけでは不幸になる。07年12月11日
日なたボッコのデジャブ感。07年12月10日
秋のように人生の終局も美しくありたい。07年12月9日
樅の木で失意サンタが首くくる 07年12月7日
窓のプチプチを貼り直した。07年12月5日
寒波とインフルエンザ来襲。07年12月4日
強度の睡眠障害を克服できた訳。07年12月3日
写真日記更新。赤羽自然観察公園、黄金の秋。 07年12月1日
昔は町内に一軒は八百屋があった。07年11月30日
人生を合理的に再構築してくれることが日記の効用。07年11月29日
孤独死を恐れる事はない。07年11月28日
珍しく風邪気味。07年11月27日
母はベットから明けの明星を眺めた。07年11月25日
二の酉。三ノ輪、竜泉、浅草と、レトロと近未来を旅した。07年11月23日
食後2時間血糖値に糖尿病合併症は深く関わる。07年11月22日
穏やかな秋日和。07年11月21日
やや不幸が過剰気味な時に一番安堵感を感じる。07年11月20日
木枯らしの中で日なたぼっこ。07年11月19日
悩まず恐れず、戦わないと問題は解決しない。07年11月17日
大変だと思っている時は大変ではない。07年11月15日
サツマイモのツルは美味い。07年11月14日
秋日和。07年11月12日
小次郎ちゃんの術後経過。07年11月10日
楽に老いることはできない。07年11月9日
写真日記更新07年11月7日
ツワブキの花と酒饅頭。07年11月6日
老人達には、変わらないことが幸せ。07年11月5日
昭和38年東京。07年11月4日
20年維持して来たケフィアヨーグルトの種を食べてしまった。07年11月2日
団地萌えの聖地赤羽台団地は3年後には消える。07年11月1日
光電話開通で部屋の模様替えと大掃除。07年10月31日
散歩道の老人とペットたち。07年10月29日
母は車椅子は最高の乗り物だと思っている。07年10月27日
亡父の深夜のタバコに困っていた。07年10月26日
太るのは総カロリーで、チーズ、糖質、内容は無関係だ。07年10月25日
狂った世相。07年10月24日
カサコソと猫耳きらり草紅葉 07年10月22日
田舎者の休日。07年10月21日
昆布のようなウラボシ科のシダ植物。07年10月20日
自由は楽しいけど寂しくもある。07年10月18日
書き文字で分かる脳梗塞の予兆。07年10月17日
バリアフリーが、医療費問題を解決する。
写真日記更新。御諏訪神社下に小さな個人墓地がある。07年10月14日
昭和38年の環状七号線の夢。
赤羽台団地は人も風景も変わって行く。07年10月11日
ようやく企画書を送信し、今は絵描きに戻っている。07年10月10日
雨の中、ふいに金木犀が香った。07年10月9日
日南市大堂津から母の古い知人が来訪した。07年10月7日
平穏と危機を混在させながら時は流れる。07年10月5日
近松門左衛門原作、昭和29年溝口健二監督「近松物語」映画考。07年10月4日
老い様々、酔生夢死も良いものだ。07年10月3日
冷たい雨に秋色が増した。07年10月2日
使いやすい手製ベットで母は助かっている。07年10月1日
コトコトと鰹節を削る音が懐かしい。07年9月29日
病院好きの年寄り達。07年9月28日
闘志だけでは世の中は渡れない。07年9月27日
月見団子と大釜 07年9月26日
もの書きはストレスが溜まる仕事。07年9月25日
風一陣ツクツクホーシは黙り込み 07年9月23日
街スズメへのへのもへじに首かしげ 07年9月22日
自然公園は都会の心のオアシス。07年9月21日
20年後を考えると末恐ろしくなる。07年9月20日
録画した「かもめ食堂」を鬱気味の母と見た。07年9月18日
寂しい敬老の日 07年9月17日
郷里では住所に名前さえ有れば配達物が届く。07年9月15日
人と会い話すだけで老人は元気になる。07年9月14日
雨上がりの涼風に港町を想った。07年9月12日
食欲のない母の食事作りに苦労している。07年9月11日
臨死の考察。07年9月10日
無為徒食で過ごしてみたい。07年9月9日
台風一過、母も私も少し元気になった。07年9月7日
肩の力を抜くと何事も巧く行く。07年9月6日
どのような人生にも、一瞬の至福有り。07年9月4日
蝉の声が遠くなって、静かな公園が戻って来た。07年9月3日
足腰、目、歯の衰えで老いを自覚する。07年9月2日
薬剤師の説明。07年8月31日
老ハサミ研ぎ職人。07年8月30日
行く雲を見上げて眠るアブラ蝉 07年8月29日
カナカナを初めて聞いた夏。07年8月27日
腰痛の経緯。07年8月26日
暑さに慣れた頃に秋が来る。07年8月25日
母は94歳になった。07年8月24日
涼風に腰痛。07年8月23日
東京の夏の最低気温は世界最悪。07年8月22日
老人の診断は大雑把な方が良い場合がある。07年8月21日
豊かな者は失う事に弱く、貧しい者は失う事に強い。07年8月19日
檜枝岐の墓。07年8月18日
夏の終わりに1年の終わりを感じる。07年8月17日
ビールを飲みながら、去って行く夏に別れを告げた。07年8月16日
猛暑で眠い。07年8月15日
蝉時雨一気に昭和をさかのぼる 07年8月12日
人生は長い葬儀なのかもしれない。07年8月11日
猛暑の中喪服を着て弔問。07年8月10日
猛暑の夏は霧吹きで乗り越える。07年8月9日
虚空蔵菩薩は広大な宇宙の知恵の菩薩。07年8月7日
1日に洗濯5回、すべてカラカラに乾いた。07年8月5日
炎天に道路工事と蝉の声 07年8月4日
写真日記9枚掲載。絵を納品。07年8月2日
どんな人生にも救いは用意してある。07年8月1日
涼しい夏ののんびりした散歩。07年7月31日
私はささやかなことですぐに幸せになれる。07年7月29日
久しぶりに仕事三昧。07年7月28日
昼顔の見つめる先に白い道 07年7月26日
夏休み、よしず張りで食べたかき氷。07年7月25日
高齢者にとって病院は社交の場だが、若い患者には深刻な場所。07年7月23日
すべて病は治療より予防が簡単。07年7月21日
老親や妻を介護する男たち。07年7月20日
人生、悩みの作法。07年7月19日
昔は、路上でままごとをしていた。07年7月18日
帝釈山登山中に中越地震。07年7月17日
台風一過に地震。07年7月16日
東京の集合住宅での盆の入り。07年7月14日
東京は優しい人が多い。07年7月13日
続、ホウセンカで爪を染める。07年7月12日
ホウセンカで爪を染める。07年7月11日
老いを否定する姿勢に老醜を感じる。07年7月10日
コーギーちゃんの里親が見つかる。07年7月9日
東京北社会保険病院は自然豊かで散歩コースにしている。07年7月6日
浴衣の季節。07年7月5日
雨の自然公園は美しい。07年7月4日
大型のイエカ発生。07年7月3日
お富士さんから湯島天神で大祓。07年7月2日
小さな虫でも命を奪うのに躊躇するようになった。07年6月29日
迷い犬のコーギーを東京都北区赤羽台にて保護。07年6月28日
人の英知は厄介なものだ。07年6月27日
梅雨の晴れ間に様々な出来事。07年6月25日
好天の原宿。07年6月23日
川面の記憶。07年6月22日
老人の暑さ対策。07年6月21日
頭を麻痺させる程の熱い午後の光の中で、樹下美術館の写真を見た。07年6月20日
母は私を連れて映画館に逃避していた。07年6月19日
懐かしいアーチ式石造りの乙姫橋。7年6月18日
見知らぬ人から青梅を貰う。07年6月17日
何でも屋のグミの実。07年6月16日
梅雨入り。虚構が現実に見える時。07年6月15日
野イバラの道に揺れ行く白パラソル 07年6月13日
何気ない会話。07年6月12日
雨の合間に思う事。07年6月11日
思いっきり良く行動すれば活路は開ける。07年6月10日
郷里からマンゴー。07年6月9日
人様々、心の闇は計りきれない。07年6月8日
夏の白昼の精霊達。07年6月7日
真摯に生きていれば運命は過酷ではない。07年6月5日
今日も説教おじさんは酔っていた。07年6月4日
1ヶ月で胴回りが2センチ縮んだ。07年6月3日
写真日記更新5月26日〜6月2日。07年6月2日
一瞬でも幸せであれば、それが幸せ。07年6月1日
赤い服が恥ずかしかった時代。07年5月31日
二十四の瞳。07年5月30日
虫歯はレジンで治療。07年5月29日
写真を撮られる事で、母はガンを克服。07年5月27日
東国原知事に負けずにセールス。07年5月26日
惚け防止に昔の映画を見せている。07年5月25日
剣先イカでイカソーメン。07年5月24日
5年目の介護生活。07年5月23日
薄型テレビ売り場。07年5月22日
夕暮れ、テレビを止めて思うこと。07年5月20日
簡単に健康に痩せる方法。07年5月19日
疲労気味の母に強壮ドリンクが効いた。07年5月18日
カルガモのヒナ、写真日記へ掲載。07年5月17日
取り壊される赤羽台団地。07年5月16日
輪投げ。07年5月14日
古民家のお化け。07年5月13日
終わりよければ総て良し。07年5月12日
携帯と昔の電話。07年5月11日
田舎者になってしまった。07年5月9日
散歩道の動物達。07年5月8日
貴金属価格は高値安定。07年5月6日
客観性を捨てれば幸せになれる。07年5月6日
歯磨きの3分間は息苦しくなる程長い。07年5月4日
行方不明の歯科医の消息。07年5月3日
夏日に母は軽い熱中症を起こした。07年5月2日
赤羽台はミズキが多い。07年5月1日
躑躅忌。07年4月30日
漁船の目 2007年4月29日
雷雨の後の素晴らしい夕空。2007年4月28日
晴れのち驟雨。2007年4月26日
宅配DVD。2007年4月25日
深夜の車椅子。2007年4月23日
逝ってしまったものたち。2007年4月22日
エイリアン。2007年4月21日
笑う門には福来る。2007年4月20日
ゴールデンのルイちゃん、一期一会。2007年4月19日
作品展のハシゴをした。2007年4月18日
運の良し悪しの判断は難しい。2007年4月14日
変わることも素晴らしい。2007年4月13日
変わらないことは素晴らしい。2007年4月12日
寄稿文の代筆を頼まれた。2007年4月11日
葉桜の木漏れ日の道宴の跡 2007年4月10日
渋谷-オリンピック公園-原宿夕景。2007年4月9日
気持ちの限界点。2007年4月7日
失敗をポジティブに考える。2007年4月6日
停電が何故か懐かしかった。2007年4月4日
南蔵院のしだれ桜と置き忘れた母の杖。2007年4月2日
男女の考えの違い。2007年4月1日
花と嵐。2007年3月30日
気がつけば桜満開。2007年3月29日
無為の時間が本当は大切である。2007年3月28日
四葉のクローバーを見つけた。2007年3月27日
コーギーの小豆ちゃん。2007年3月26日
寒い雨の日のまどろみ。2007年3月25日
生死のバランス。2007年3月24日
老人公園 2007年3月23日
家庭医の死の看取り方。2007年3月22日
彼岸中日。2007年3月21日
老いは色々な思いを残して過ぎ行く。2007年3月20日
午前中の散歩は老人とペットばかり。2007年3月19日
何処も高齢化は深刻。2007年3月18日
ドラマ「東京タワー」を見ない訳。2007年3月16日
時代も人も変わり行く。2007年3月15日
穏やかな散歩道。2007年3月13日
青色申告の帰りに王子稲荷へ。2007年3月12日
前途多難なのに気持ちは平穏無事。2007年3月10日
始まりがあれば終わりがある。2007年3月9日
決断力のない買い物。2007年3月8日
一人で立つことの大切さ。2007年3月7日
花曇りに自転車操業。2007年3月5日
春の目覚め。2007年3月4日
夕暮れの散歩。2007年3月3日
映画「東京物語」考 2007年3月2日
時は静かに過ぎ行く 2007年3月1日
ゴールデンレトリバーの肖像。2007年2月28日
健康オタクとお茶擦り器 2007年2月24日
シュークリームのシューが好き。2007年2月23日
焼売が読めなかった中学生の私。2007年2月21日
思い出したくない過去。2007年2月20日
沈丁花開花。2007年2月19日
解決出来ないことはない。2007年2月18日
王子稲荷の二の午。2007年2月17日
1日に体重を30グラムづつ減らす予定。2007年2月17日
エンドウの花。2007年2月13日
ユキヤナギが芽吹いた。2007年2月12日
背中の痛み。2007年2月11日
忘れていた初午。2007年2月8日
未来。2007年2月7日
「無」について。2007年2月6日
続、過剰反応。2007年2月5日
過剰反応様々 。2007年2月4日
ヤマガラのおみくじ。2007年2月3日
母は老いたが、平穏無事。2007年2月3日
風邪気味に葛根湯。2007年1月30日
保険で歯を入れた。2007年1月29日
池袋で同窓会。2007年1月28日
暖冬に安売りのダウンコートを買った。2007年1月27日
血糖測定器のセンサーを注文。2007年1月24日
タケプロンの薬疹 2007年1月22日
華麗なる肖像画。2007年1月21日
顔見知りのカラス。 2007年1月20日
窓の陽にストーブのファン静かなり 2007年1月19日
夜の浚渫船 2007年1月17日
ラーメンにはこだわりがあり、東京では食べない。2007年1月16日
死神とのデットヒート 2007年1月14日
のどかな冬日射し。 2007年1月13日
正月が終わると暖冬。2007年1月11日
老人の1年は我々の5年に相当する。2007年1月9日
我が家から極寒の雲取山が見える。 2007年1月8日
古びた化粧箱に屠蘇セットをしまった。2007年1月7日
寒い雨の中、母を散歩へ連れて行った。2007年1月6日
兄からの葉書。2007年1月6日
五体投地 2007年1月4日
2006年大晦日から2007年元旦へ。
疲れる大晦日。2007年1月1日
自然公園のオカリナ。2006年12月30日
年の暮れの新宿 2006年12月29日
「ノクターン」シークレット・ガーデン。2006年12月27日
本当に幸せな時は、それを意識していない。2006年12月25日
インレーの下が虫歯になって神経が死んだ。2006年12月24日
限りなく飲み屋に近い小料理屋。2006年12月21日
奥歯を失う覚悟ができた。2006年12月19日
様々な喪失感が一時にやって来た。2006年12月19日
誤嚥性の肺炎。2006年12月15日
母の散歩を休んだ。 2006年12月14日
通販の尿漏れパンツ。2006年12月13日
病気を平然と受け入れる図太さが必要だ。2006年12月12日
異常感が続く限り医師に徹底的に訴えるべきだ。2006年12月10日
人の生き死の仕組みはシンプルである。2006年12月9日
惚けは老人の心を安らかにする。2006年12月7日
狭い台所での食事は楽しい。2006年12月6日
御諏訪神社下に動物病院が開院した。2006年12月5日
医師の優しさが一番の薬である。2006年12月3日
昭和30年代は魅力に溢れていた。2006年12月2日
色々と終わりの日 2006年11月30日
終末期介護マニュアル。2006年11月29日
親は何時までも死なないような気がしていたが。2006年11月27日
生者必滅。2006年11月26日
退院した母は黄金色のイチョウ並木に感動していた。2006年11月24日
幸不運を合わせると誰でも同じ0。2006年11月23日
母に朝鮮人参末水溶液でサプリメントを飲ませた。2006年11月22日
母は東京北社会保険病院から退院出来そうだ。2006年11月21日
医師立ち会い無しで、自宅では死ねない。2006年11月20日
女性の強さは男女差ではなく、生活の恒常性にある。2006年11月19日
緊急入院。 2006年11月18日
母の容態は激変した。 2006年11月18日
心を打つ、カモメの群れとアメリカ国歌。2006年11月17日
時間が悩みも苦しみも押し流して行く。2006年11月16日
終末期緩和ケア。2006年11月16日
外れて欲しい予測。2006年11月15日
母は新しい小犬との出会いが嬉しかった。2006年11月13日
物は滅びるから良い。2006年11月11日
ホームレスの白い飼い猫 2006年11月10日
人の終わりは、くすみながら重い軌跡を残す。2006年11月10日
介護保険申請 2006年11月8日
失敗しても、私は後悔しないことにした。2006年11月6日
秋の日の ヴィヨロンの ひたぶるにうら哀し 2006年11月5日
母は赤いマフラーで元気になった。2006年11月4日
今年、3人目の訃報。2006年11月3日
粘り強い命と、あっけない命。2006年11月2日
老人のガンは何もしない方が良い場合もある。2006年11月1日
逞しいインド商人。2006年10月31日
頭の良い鳥は目が可愛い。2006年10月29日
おばさん自転車の無謀運転が目に余る。2006年10月27日
母は元気を取り戻したが明日は分からない。2006年10月26日
野良の三毛ネコはすっかり大きくなった。 2006年10月24日
「鶴瓶に乾杯」に郷里大堂津が出た。2006年10月23日
健康過ぎると弱者への思いやりが欠ける。2006年10月22日
冷風に、リュックから常備の雨コートを出した。2006年10月21日
処方された薬の受け取りと、昼食の買い物へ出た。2006年10月20日
ゴールデンのラッキーとの惜別 2006年10月19日
夫は郷里へ移住、されど妻と子は付いて来ず。2006年10月18日
見る位置で幸せにも不幸にもなる。2006年10月18日
赤羽自然観察自然公園のチョイ悪老人達。2006年10月16日
赤とんぼは手摺がお気に入りで、いつも4,5匹がとまっている。 2006年10月15日
みんなの安泰を願う 2006年10月14日
初物の銀杏 2006年10月13日
ペットとの惜別が続き母は滅入っていた。2006年10月12日
シャネルの化粧品売り場 2006年10月11日
パンパスススキのフサフサした穂が風に揺れていた。2006年10月10日
母の腫瘍マーカーは肝臓ガン再発を示していた。2006年10月8日
母に呼ばれ 何事かと行けば 窓に月 2006年10月7日
公団へ給湯器の修理を頼む。2006年10月6日
母は若い医師に黄疸があると診断されたが。2006年10月4日
エビアンより東京の水道が美味かった。2006年10月1日
運命の神様が思いがけない事をするのではなく、予兆に気付かないだけ。2006年9月30日
皮膚科で右手のシミを3個、凍結除去した。2006年9月29日
うさん臭い似非自然保護者たち。 2006年9月27日
母は縫いぐるみクラブへ行きたいと言った。2006年9月26日
閑古鳥の鳴く恵比寿ガーデンプレイス。2006年9月25日
澄み切った空に羊雲が見え、池袋に着く頃は黄昏になっていた。2006年9月24日
不意に、呼び止められて金木犀 2006年9月21日
献体の白菊会から電話が来た。2006年9月19日
亡父が母を迎えに来たのかな、とふと思った。2006年9月18日
大型犬の小次郎ちゃんはおかあさんと一緒だとのんびりしている。2006年9月16日
霧雨に 見る人もなき 彼岸花 2006年9月14日
キジバトの 後ろ姿に 秋の雨 2006年9月12日
母は最近、簡単な言葉が思い出せない。2006年9月10日
ハチは新河岸川の上流へ飛び去った。2006年9月9日
谷に雨 遍路の鐘は 軒に消ゆ 2006年9月8日
働き盛りは、病気を何とか伏せようとする。2006年9月6日
長き夜にむせて奈落の闇を知る 2006年9月5日
東京北社会保険病院は社会保険庁最期の贅沢である。2006年9月4日
日朝の歴史は長いスパンで見ないと、歪んでしまう。2006年9月3日
「お父さんは、強くて偉い。」男の子は誇らしげだった。2006年9月2日
パトカーが疾走して行く秋の雨 2006年9月1日
風清涼 夏の夢見る 百日紅 2006年8月30日
一人で美味しく食事が出来る男は孤独になる。2006年8月29日
献体した父の遺骨は紅型風呂敷に包んで持ち帰った。2006年8月28日
桐ヶ丘都営団地の公園は自然豊か。2006年8月27日
老人達は大魔神佐々木投手のことを怪獣のように話していた。 2006年8月26日
劣悪な医療環境の私達以降の世代は、母程は生きられない。2006年8月25日
中年は遠く実れる夜の桃-西東三鬼 2006年8月24日
同窓会を母の介護があるからと丁重に断った。2006年8月23日
キャンデーが溶けて流れるアスファルト 2006年8月21日
ヒグラシが列車見送る山の駅  2006年8月20日
今の若者は見かけは立派だが体の性能は悪い。2006年8月19日
母の様子を見に行くと、死んだように寝ていた。2006年8月18日
畳屋は自転車に道具一式を積んで来た。2006年8月16日
子供たちの寂しい水かけ大会。2006年8月13日
腰椎の圧迫骨折の最新治療法。2006年8月12日
ペインクリニックの副作用で母は失禁した。2006年8月11日
貯金代わりの材料や道具が今役立っている。2006年8月11日
介護を熱心にやるあまり心を病んでしまうこと。2006年8月7日
出来る時にしておかないと2度と出来ない、が高齢の母の口癖。 2006年8月6日
自然公園での散歩があるから、今の生活に耐えられる。2006年8月5日
彼女はミシガン育ちの子供達を東京に連れ帰ることに不安を感じていた。2006年8月4日
来年の花見を言う高齢の母。2006年8月3日
家事は気分転換に役立っている。2006年8月2日
お台場行きと比べると、浅草行きの遊覧船は退屈だった。2006年8月1日
蚊帳のベールに包まれた空間は心地良い。2006年7月31日
子供から少年になる頃、私はトンボやカエルを殺せなくなった。2006年7月30日
南東のビルの間に小さく隅田川の花火が見えた。2006年7月29日
母にガスを取り除くガスコン錠が処方された。2006年7月28日
お爺さんの交通整理は車椅子に親切だが、おばさんは違う。 2006年7月27日
玄関から夕暮れの地上が見え、新幹線が過ぎて行った。2006年7月27日
奥歯の痛みが強く、柔らかいものさえ噛めない。2006年7月24日
桜を眺めながら「あー眠い。」と呟いて死ねたら素晴らしい。2006年7月21日
顎関節症のクリック音。2006年7月20日
雨上がりの子供たちの遊び。2006年7月19日
カナダの携帯電話事情。 2006年7月17日
夏日射しの中、精霊トンボが母の帽子にとまった。 2006年7月16日
迷子の亀を捕まえて、浦島太郎みたいに亀池に放った。2006年7月15日
アメ横でプルーンを買った。2006年7月15日
夕暮れの部屋に盆提灯が優しく灯る。2006年7月13日
母はホウセンカで爪を赤く染めた。2006年7月12日
夏休みの海は今だにワクワクする。2006年7月11日
母と私の東京北社会保険病院眼科での定期検診。2006年7月10日
赤いアロハで母は元気になった。2006年7月6日
テレビ朝日取材クルーが園内をうろうろしていた。2006年7月5日
湯島神社の大祓は十條のお富士さんの祭礼と重なる。2006年7月4日
蘇生する自然。2006年7月3日
盛者必衰。権力は虚しいものだ。2006年7月2日
子供心に、アスベスト製防火服が宇宙服のように格好良く見えた。2006年7月1日
先の事ばかり考えていると、人生は瞬時に過ぎてしまう。2006年6月26日
朝食抜きが太る訳。2006年6月25日
役所は強者には弱いが、弱者には強い。2006年6月24日
キツネノエフデ。2006年6月22日
野生の動物は弱っても誰にも助けを求めない。2006年6月21日
原宿で画廊のハシゴ。 2006年6月21日
指扇の老人専門病院に見舞う。2006年6月20日
日本人が戸惑うカナダ医療事情。2006年6月17日
雨上がりの澄み切った風景に海辺の街を感じる。2006年6月17日
昨日も明日もどうでも良く、今生きている事が総て。2006年6月16日
ニッケ紙は食紅で色づけしたニッケ入り砂糖を紙に塗ったもの。2006年6月14日
不親切なエレベーターのボタン表示。2006年6月12日
私は身近な人が死ぬと不思議とお金が入る。2006年6月11日
介護は真面目にするほど、亡くした後の喪失感が大きい。2006年6月9日
母が歩けるのは、鼠径リンパ節廓清をしなかったおかげだ。2006年6月8日
残された家族は、世間に忘れられた頃から哀しみが深くなる。2006年6月7日
緑道公園のアメリカザイフリボクの紅色の実も鈴なりである。2006年6月6日
珊瑚礁が手を伸ばせば届きそうに透き通って見えた。2006年6月5日
ヨシキリの声を聞くと、素直に頑張りたくなる。2006年6月4日
介護保険は頑張る者は不利に、怠惰な者は有利に認定される。2006年6月3日
母に必要なのは事実ではなく、医師の笑顔であった。2006年6月2日
昼顔の花が風に揺れ、清楚さが心に染み入った。2006年6月1日
母はその家を祖母と父の墓だと手を合わせる。2006年5月31日
人の流れが変わり商店街は消滅した。2006年5月30日
明日を思い煩う事無く、一瞬一瞬に精一杯生きる。2006年5月29日
彼は相続したアパートの家賃収入があり、貧乏絵描きではない。 2006年5月28日
掃除をしなくても、埃では人は死なない。2006年5月26日
昔の事を思い出す事は、認知症の予防や治療効果がある。2006年5月25日
映画好きの母には、寅さん映画はどんな薬より効果がある。2006年5月24日
日の出桟橋は昔の日活映画に出て来そうな風景。2006年5月23日
老人は生活の質を良くするだけで、健康状態も好転する。2006年5月22日
生に執着すると老いは寂しくなる。2006年5月21日
母は息子が粗相の始末をすることを嫌がる。2006年5月19日
母が元気を取り戻したのは老いを受け入れたからだろう。2006年5月17日
母がいない部屋は広く、心に穴が空いたようだ。2006年5月17日
子供トカゲを見つけて母は喜んだ。小さな自然でも心和む。2006年5月15日
母が倒れてから私は規則正しい生活になった。2006年5月14日
プルーンのワイン漬けで母の便通は快調。2006年5月13日
昨日から舞茸エキスを母に飲ませていないので買いに出た。2006年5月13日
食べ物が美味しい限り、人は絶対に死なない。2006年5月12日
老いは病気ではなく、人生の一つの過程だ。2006年5月11日
老人はプライドが傷つき、やがて惚けの中へ逃避する。2006年5月9日
記憶の欠落など、ハルシオン特有の副作用だ。2006年5月7日
このごろ子供の頃のことを良く思い出す。2006年5月6日
良い人になった母を見るのは却って寂しい。2006年5月6日
携帯の普及で赤電話が皆無になってしまった。2006年5月5日
母が死んだらすぐに宝くじを買おうと思っている。2006年5月2日
高齢の母は病院内をたらい回しされた。2006年5月1日
明日は母の胃カメラ。2006年4月30日
ガンの再発でも高齢の母には何もしないが得策。2006年4月28日
古民家の竃の火は暖かく優しい。2006年4月27日
東京の春は本当に美しい。2006年4月26日
人生は別れと出会いの繰り返し。2006年4月26日
死は暗く寂しいものではない。2006年4月25日
桜は終わり 2006年4月23日
ふいに聞こえた「風の盆恋歌」2006年4月22日
風が命を運び死とともに魂は風となる。2006年4月22日
治りにくい耳の潰瘍は床ずれかもしれない。2006年4月20日
埼京線風景、砂漠に潤い。2006年4月19日
スー族の言葉「今日は死ぬのに良い日だ」2006年4月17日
抽象画を納品する。2006年4月15日
食欲は生物共通の悩ましい問題だ。2006年4月13日
わんちゃんと赤ちゃんの車椅子への対応。2006年4月12日
厭な女の子は男を籠絡するのが得意。2006年4月9日
桜は色々な記憶を目覚めさせる。2006年4月8日
健康の源は脳の力にある。2006年4月8日
生きて行く上で一番大切な事は人間関係だ。2006年4月5日
故障プリンターを持って、上野から秋葉原。2006年4月4日
陋屋に寄り添うように花明かり 2006年4月2日
杖止めて遠く眺むる花吹雪 2006年4月1日
変化する事が寂しくなった。2006年3月31日
春爛漫。2006年3月30日
プリンターの目詰まり。2006年3月29日
プロ仕様デジカメは凄い。2006年3月28日
東上線でふじみ野市へ。2006年3月26日
酔っぱらった二人連れの女の子に絡まれた。2006年3月26日
お彼岸に春爛漫。2006年3月21日
枯れ木が折れるように逝くものだ。2006年3月20日
鳩とスズメ。2006年3月19日
電話セールス。2006年3月18日
強風の中、池袋へ。2006年3月17日
イーゼル 2006年3月16日
彼岸が近づき母の逝った後を思う。 2006年3月15日
王子税務署のデジャブ感。2006年3月14日
スパムメールはどうやって稼いでいるのだろう。2006年3月13日
昼寝は極めて得意だ。2006年3月11日
命の息吹。2006年3月10日
下北沢で遊んでいた頃。 2006年3月9日
ホームレスの歯磨き。2006年3月8日
杉花粉症と額作り。2006年3月7日
落ちたボタン。2006年3月6日
自然公園の小鳥達。2006年3月5日
春への期待が老人を元気にする。 2006年3月3日
古民家のひな祭り 2006年3月2日
引き時の判断はいつも難しい。2006年3月1日
シミ取りに皮膚科へ行く。 2006年2月28日
男子厨房に入るべからず。2006年2月27日
母の系譜。二人の父。2006年2月26日
独り者の人生。2006年2月25日
近くに 旧居があるのに8年間訪ねなかった。2006年2月23日
石積みに打ち付けるさざ波。2006年2月22日
BSE予防にポークカレー 2006年2月21日
早春の新年会。2006年2月19日
散歩道の動物達 2006年2月15日
以前の東京都民は肥料入の水道を飲んでいた。2006年2月13日
絵も描いています。2006年2月12日
団地の高台の道に海を感じる。2006年2月11日
王子稲荷の初午 2006年2月10日
若い頃に戻りたいとは思わない。2006年2月7日
日曜の朝はワクワクする。2006年2月5日
気持ちが無いビル街の風。2006年2月4日
歳の数の節分の豆は食べられない。2006年2月3日
昔は旧暦の正月に餅をついた。2006年2月2日
ヒットラーの最期の12日間 2006年2月2日
子供の頃見た移動動物園を思い出す。2006年2月1日
何が幸せで何が不幸かは本人には見えない。 2006年1月30日
先に死んだ人を思い出すことで、死への恐れが薄れる。2006年1月28日
春間近かに無人の診察室。2006年1月25日
雪の日の車椅子押しは大変。 2006年1月22日
家庭医の突然の死に戸惑う。2006年1月21日
医師への謝礼の効果 2006年1月20日
意外に老人の世界は心地よい。2006年1月18日
運命は静かに受け入れた方が楽。2006年1月16日
希望を持つことで生命を燃え立たせる。2006年1月15日
早春の雨と死に装束。2006年1月14日
年賀状を出す相手が5人に減ったら爽快だ。2006年1月13日
自然の中では老いも死も至極自然な事だ。2006年1月12日
とても面白い科学博物館。2006年1月11日
人の運命は朝玄関を出る時の足の左右で変わる。2006年1月9日
幸せになりきるのも、不幸になりきるのも難しい。2006年1月7日
人生は濃密でも軽くても、人生の意味は同じ。2006年1月5日
豆柴がワンと尾を振る初詣 2006年元旦
師走に強壮飲料を母に飲ませた。2005年12月30日
ラックビーを3倍量飲むと便の臭いが消える。2005年12月29日
スパメール 2005年12月28日
クリスマスに、夕陽寒風に独り逆らう 2005年12月25日
真実は本当は単純なものだ。2005年12月22日
肝臓ガンの母に舞茸を食べさせている。2005年12月18日
霜の朝 写真日記更新。2005年12月17日
肺ガンから生還したのに先に逝かれた。2005年12月13日
サンシャインビル最上階で忘年会。2005年12月12日
若者は革新的であるが、親になると保守的になる。2005年12月8日
子供への褒め言葉が人生を良い方向へ変える。2005年12月6日
貧しい時代、街は安全だった。2005年12月5日
腰つきの悪い餅つき。 2005年12月4日
話を聞かず一方的に自分の事を話すのは惚け症状。2005年12月2日
耳鼻科でファイバースコープ。2005年11月30日
新しい車椅子。2005年11月29日
心優しい幼い兄弟達。2005年11月27日
東京で稲ワラを貰う。2005年11月23日
男は頑張っても熟年離婚。2005年11月22日
妻を斡旋すると言う電話セールス。2005年11月21日
慰める言葉は存在しない。2005年11月19日
最後に必ず良いことがある。2005年11月17日
ビロードモウズイカの奇跡。2005年11月17日
酉の市。2005年11月11日
日々是好日 2005年11月9日
萩原朔太郎の幼児体験。2005年11月8日
自然の中の若者達は美しい。2005年11月6日
子供、大人、男女、それぞれに特有の匂いがある。2005年11月4日
南九州の港町の運動会。2005年11月2日
電車内で聞こえた他人夫婦の会話。2005年10月31日
気分がざらつく日々。2005年10月29日
出がけのおまじない「さんどさんのかくさん・・・」2005年10月27日
新宿情景は時代を写しているが、美しさに欠けていた。2005年10月26日
絵描きの侘しい世界と秋日射しの自然公園。2005年10月24日
古いものは消えて行く。2005年10月20日
元気だった自然は秋色に変わり、やがて枯れる。2005年10月18日
小母さんの自転車は怖い。2005年10月17日
生きていることが本当に素晴らしく思える。2005年10月16日
素人のクレームは怖い。2005年10月15日
ケロロ軍曹とゲゲゲの鬼太郎とおじゃる丸。2005年10月14日
アスベスト被爆。2005年10月10日
人に手伝って貰うのが嫌いな性分である。2005年10月9日
味噌のセールス。2005年10月8日
母の相手で疲れると、大家族が羨ましくなる。2005年10月7日
気力が幸せを招き寄せる。2005年10月6日
猫又坂。土地の印象は接した人によって作られる。2005年10月5日
変わらない街は素晴らしい。2005年10月3日
人は、話すことで人としていられる。2005年10月1日
食は命なり。2005年10月1日
人生に安定は無縁なのかもしれない。2005年9月29日
独り、もの思う秋。2005年9月27日
忙しく病院の梯子をした。2005年9月26日
僅かな年金で迎える老後。2005年9月24日
自然の中で、老人と子供の交流。2005年9月23日
知人のドイツ人は炬燵が大好き。2005年9月22日
壊れたテレビにも良いことがある。2005年9月20日
子供は世界一が好き。2005年9月19日
祭囃子と文化の底上げ。2005年9月18日
風清涼夏の夢見る百日紅 2005年9月16日
今日から秋。2005年9月15日
2007年問題。2005年9月14日
若者の肩の傷。2005年9月13日
アジア的人間臭さは飽きない。2005年9月10日
大風に負けるもんかと蝉の声 2005年9月7日
日本人の自己主張の弱さは世界を救う。2005年9月5日
驟雨と東京のジムグリ。2005年9月4日
珍しくお金になる仕事。2005年9月2日
指の怪我。2005年8月31日
夏の終わりに鐘の音。2005年8月29日
心地良くない台風一過。2005年8月26日
緑道公園のブルーベリー。2005年8月23日
波音とマティーニ。2005年8月22日
びんつけ芋とは安納芋のこと。2005年8月21日
EMS国際エキスプレスでタイへポジを郵送した。2005年8月18日
栄枯盛衰。2005年8月16日
一生を四季にたとえると、私は晩秋にいる。2005年8月14日
悪魔の置き土産。2005年8月14日
クラビットによる日光皮膚炎。2005年8月12日
介護していた私が腸炎と薬疹でダウン。2005年8月6日
太平洋高気圧がもたらした熱帯夜。2005年8月4日
小さな事故のあった夜、24の瞳を見た 2005年8月3日
ドイツの年金システムはすごい。2005年8月1日
子供の消えた街の風景。2005年7月30日
真昼の幽霊。2005年7月28日
赤とんぼと巡礼の鐘の音。2005年7月27日
母の泌尿器科での検査。2005年7月25日
夏の午後、みんなごろ寝。2005年7月24日
母の検査。2005年7月22日
石塔の花しおれて蝉時雨 2005年7月21日
冷房なしの楽しみ 2005年7月17日
老人介護はモグラ叩きに似ている。2005年7月16日
盆の入り 2005年7月14日
生きていることはそれだけで素晴らしい。2005年7月13日
忙中、ほんの少し色気  2005年7月12日
自然は子供たちを子供らしくする 2005年7月11日
家族の暖かさ。2005年7月9日
アスベスト被爆   2005年7月6日
顔が見える営業  2005年7月4日
猛暑の後に夕立、そして墓参り。2005年6月28日
死亡記事 2005年6月27日
母の久留米の思い出  2005年6月26日
蚊帳の香り  2005年6月24日
死者と会話する母 2005年6月22日
交通事故の息子を介護する母。2005年6月19日
思い出せない歌手の名 2005年6月17日
池袋大谷口の給水塔  2005年6月14日
同窓会   2005年6月12日
貧乏絵描きのお金の融通の仕方  2005年6月11日
今は遠い、金へん景気の頃 2005年6月6日
勝ち犬負け犬の幸不幸  2005年6月4日
父の命日 2005年6月1日
2漕式洗濯機  2005年5月27日
口先で体裁の良い人を信用しない  2005年5月26日
野イチゴに桑の実 2005年5月25日
グルグル回るホームレスの一生  2005年5月23日
都会の自然で人のエゴイズムを見せつけらる 2005年5月22日
羽の折れたカラス  2005年5月21日
ささやかな自然の回復 2005年5月18日
生きている者の美しさ 2005年5月14日
床屋の娘の耳掃除 2005年5月12日
最近、反省しないことにしている。 2005年5月7日
本当の贅沢 2005年5月5日
再びウグイスカグラの実  2005年5月1日
またもや自己嫌悪の1日  2005年4月29日
躑躅忌  2005年4月25日
ツバメと芸人さんの自殺 2005年4月23日
四つ葉のクローバー 2005年4月22日
老いは笑い飛ばすほかない。2005年4月20日
変わらないもの 2005年4月17日
納豆の食べ方  2005年4月15日
絵市場  2005年4月14日
春は心弾む季節であるが。2005年4月11日
春の移ろい。 2005年4月10日
健康な間は幸せ。2005年4月3日
最悪と思っている時は最悪ではない。2005年3月30日
雨の花見。2005年3月28日
過去は嫌いである。2005年3月26日
訃報様々。2005年3月23日
青春の門  2005年3月22日
地震のが無いと思っていた北九州に地震。2005年3月21日
彼岸の入りと直葬。2005年3月17日
確定申告と母の留守。2005年3月15日
彼岸のお布施。2005年3月13日
春の雨の記憶 2005年3月11日
乾いた砂の甘美な夢。2005年3月9日
春の雪とねじれた心 2005年3月4日
遠い春の動物達の死 2005年3月3日
中村屋のポークカレー缶詰には肉は入ってなかった 2005年3月1日
弱者に一番優しいのは同じ弱者。2005年2月27日
巨大地震災害は人災。2005年2月26日
もの持ちの不幸  2005年2月24日
人生は思い通りいかない。2005年2月21日
術後ヘルニア 2005年2月20日
素朴な家庭医と小学生 2005年2月19日
老いを日焼けで感じた。 2005年2月17日
青春の残瑛   2005年2月15日
ドーモ君とウサ爺の隠れ家  2005年2月14日
お婆さんは、ただ挨拶を交わすだけで表情が明るくなった。2005年2月13日
天然ガス炎上。2005年2月11日
観客がいると頑張ることができる。2005年2月8日
死ぬ気でやれば何でもできる、は本当だろうか。2005年2月7日
宮の坂は車椅子の難所。2005年2月6日
早春の林をカワセミが飛び去って行った。2005年2月6日
季節の風習は一人になっても止めないことにした  2005年2月2日
老姉妹たちは子供に戻って会話していた。2005年1月30日
人はいなくなっても、自然は同じように季節を繰り返す。2005年1月29日
少しずつ失って行く日々 2005年1月27日
母は耳鼻科へ、私は歯科へ、  2005年1月25日
食い物が美味ければ人は死なない   2005年1月24日
老いとは小さくなって行くもの 2005年1月23日
美しい夕日と事件  2005年1月20日
60歳で前倒しで年金申請  2005年1月18日
幸せは経験するものではなくて、あとで思い出してそれと気づく。05年1月16日
日溜まりに繰り返される人生     2005年1月14日
負け犬の遠吠え   2005年1月9日
降圧剤を持ち逃げしたインコ  2005年1月8日
緩下剤を餌と間違えて食べてしまった鳩達  2005年1月6日
アメリカ行きの飛行機雲   2005年1月3日
元旦に、父の晩年を悔いる    2005年正月元旦
カモメが餌をねだる大晦日 2004年12月31日
初雪の散歩道   2004年12月30日
年の暮れ  2004月12月28日
キューブラー・ロスの遺言と月の砂漠  2004年12月26日
送られて来た入選作品集   2004年12月24日
サンキライのクリスマスリース   2004年12月23日
黄金クモの喧嘩    2004年12月21日
運が良かった   2004年12月19日
プルーンのワイン漬けは便通を整える  2004年12月15日
思い出を捨てる  2004年12月14日
鮨とカリン酒  2004年12月7日
本当の贅沢  2004年12月4日
編集者の父親  2004年12月2日
数字の賞味期限より嗅覚と味覚を信用している。2004年12月1日
思いがけず、少し好日。2004年11月30日
鰺の刺身とアニサキス 2004年11月28日
父の遺伝でヘルニアになるのを恐れている 2004年11月25日
へこたれの死の覚悟    2004年11月21日
ペインクリニックのできない整形外科医    2004年11月20日
雨の銀座とモリコーネ   2004年11月19日
絵描きの生活とヘクソカズラ 2004年11月15日
悩みを再生産する人の英知は時として煩わしい。2004年11月8日
昭和23年の赤羽の航空写真   2004年11月7日
方言、江戸言葉、酉の市。 2004年11月5日
飾り職のYさん  2004年10月31日
青春とは不快で息苦しく暑苦しい。 2004年10月30日
オキーフとゴッホの孤高の違い。 2004年10月23日
老いたら反省しなくても良い。2004年10月21日
CRTモニタが壊れた 2004年10月20日
口内炎が塩水うがいで治った  2004年10月17日
秋色深し自然、野外炊爨の楽しさ  2004年10月12日
心の奥へ消えて行く作家の人生 2004年10月11日
作家の死と台風余波  2004年10月4日
思い返す時    2004年10月1日
耳鼻科の内視鏡   2004年9月29日
秋冷え  2004年9月27日
桐ヶ丘都営団地の苦い栗    2004年9月26日
床ずれと、スベリヒュ   2004年9月25日
イヌの目線と前立腺    2004年9月23日
ニュー渡来系   2004年9月20日
静かに老いる人、死に急ぐ人、人生様々。2004年9月13日
歴史を見て来た椎の古木 に安らぐ 2004年9月10日
介護は適当にやらないと長続きしない   2004年9月8日
ドメスティックバイオレンス  2004年9月6日
うなづく人ほど、うわの空  2004年9月3日
厄日なれど可もなく不可もなし。2004年9月2日
ほろ苦い、祝いの花輪 2004年8月31日
平成狸合戦ぽんぽこと現在の多摩ニュータウンと美少女コンテスト。  2004年8月29日
パワフルな老人たち。ホウセンカで指先を染る。2004年8月26日
デジャブ、とオリンピック  2004年8月22日
飄々とした老い  2004年8月18日
うまく老いることは本当に難しい。2004年8月16日
行く夏の雑記。2004年8月11日
狂言自殺  2004年8月9日
曇り空の花火と信頼出来ない病院 2004年8月7日
自然公園の豊かな夏  2004年8月5日
満員電車の空席に座った子供たちを叱る     2004年8月3日
氷イチゴは偽物が美味い    2004年8月1日
傷絆創膏と,駆け巡るスコールと,ガン検査の結果   2004年7月29日
昔の海辺の夏休み   2004年7月28日
作家の借金  2004年7月25日
40度の炎天下、ホームレスは防寒着を着て歩いていた。  2004年7月22日
病院への文句は言ってみるものだ。2004年7月21日
アトランタの新人ロックグループ 2004年7月20日
ガンは手術除去がベストだが、回復に近代医学は役立たない  2004年7月18日
真夏の墓参   2004年7月15日
ゲリラDVDの撮影は心温まる真夏の夢    2004年7月14日
深夜スーパー   2004年7月13日
敗戦後混乱期の白パン   2004年7月10日
冗談が言える子は健全に育つ    2004年7月8日
カボチャのお礼  2004年7月3日
昔は生と死が調和して同居できていた。    2004年6月23日
若い頃は終わりが来ることなど考えなかった 2004年6月21日
夜景に翻る襤褸の旗   2004年6月17日
GAPちゃんは2才になったばかり    2004年6月14日
遺髪    2004年6月11日
伝統工法建築はナチュラルカラーで美しい。 2004年6月10日
年を取ることは、様々な喪失感に耐えることだ。 2004年6月6日
田端、池袋情景   2004年6月1日
広漠とした世界へ飛び去った羽蟻の潔さは心を打つ。 2004年5月28日
変わることを恐れなければ、人生は素晴らしい。 2004年5月27日
野生の果実は、衰えた生命を元気づける。  2004年5月21日
盲導犬など、仕事をしている犬は可愛い。 2004年5月18日
ツバメの巣と酔生夢死  2004年5月17日
血糖値を下げる酢黒豆 2004年5月15日
パッション、2千年前のユダヤ青年の死が世界史を変えた 2004年5月8日
今日はのんびり、心配は明日すれば良い  2004年5月5日
「アボンリーヘの道」と公園の野生の果実    2004年5月4日
白内障対策にフランス製防護眼鏡    2004年5月2日
何も結果が得られなくても何かをし続ける。  2004年4月30日
相性診断における体臭の意味  2004年4月29日
クスの木はクマの木彫りの香り。   2004年4月18日
桐が丘商店街と風光る季節。04年4月13日
家族があるのは素晴らしい  2004年4月11日
母の車椅子散歩はペットの散歩に似ている   2004年4月8日
子供の匂い  2004年4月5日
仕事が終わった後  2004年4月4日
草花や樹木の名を少年に教えた   2004年3月30日
普通の生活が最高のハッピーエンド  2004年3月26日
葬儀の進行に慣れてしまった   2004年3月24日
フノリの匂い  2004年3月23日
ラブストーリーのアイデアは    2004年3月22日
イラスト採用コンペに   2004年3月21日
介護生活とラブストーリー    2004年3月20日
怪我をした鳩   2004年3月18日
白い花は壮絶で美しい    2004年3月17日
肉親を見送る都度、死は重くなって行く。2004年3月15日
人は変化する自然に触れていて健康になる   2004年3月14日
夢に出て来た転校生  2004年3月13日
青色申告   2004年3月13日
乾いた強風は好きになれない   2004年3月10日
厄落とし  2004年3月9日
携帯紛失と仕事が決まる     2004年3月7日
母は肝臓ガンから生き残った、しかし、  2004年3月5日
生き甲斐はなくても幸せ   2004年3月3日
春の初日にみぞれ  2004年3月1日
狸に化かされた母    2004年2月27日
薄墨色の記憶    2004年2月27日
夢見ることで母は元気になった   2004年2月25日
悲劇と喜劇は紙一重、笑いは大切なもの    2004年2月22日
新河岸川から志村2丁目  2004年2月20日
新河岸川から志村2丁目  2004年2月20日
冬木立を過ぎる優しい風   2004年2月18日
絵描きとイラストレーターの現状  2004年2月12日
遊び過ぎは虚しくなる   2004年2月11日
王子稲荷の初午  2004年2月9日
石けんを止めて湿疹が治った。 2004年2月8日
レモンのママレードを作った。  2004年2月4日
恋はデジャ・ブ    2004年2月2日
子供の頃、葬列は楽しい行事だった 2004年1月31日
10年後の自然を夢見た   2004年1月29日
使わないワープロインクを大量に捨てた   2004年1月26日
タマネギとリンゴを一緒に食べるとドリアンの味    2004年1月23日
魔法使いの帽子  2004年1月21日
50メートル巻きのラップを捨てた   2004年1月18日
阪神大震災と、絵本の誕生と、白菊会会報   2004年1月13日
雑穀米の効能と美味しさ  2004年1月12日
続、JR田端駅と車内での車椅子への対応 2004年1月9日
肝臓ガンの術後始めての診察      2004年1月9日
リハビリ公園の人生縮図    2004年1月6日
正月は平日よりもつまらない。    2004年1月3日
だまし取られた5千円と、百円の厄落とし。2003年12月27日
ハッタイ粉とミカンの葉   2003年12月23日
目的意識が母を元気にした    2003年12月20日
介護は男性に向いている。2003年12月22日
親が老いて行く喪失感   2003年12月23日
便秘と下血    2003年12月19日
寝ている母は、本当に死んでいるように見えた。   2003年12月17日
新しい季節を待つ心が弱った体を元気にさせる。 2003年12月16日
ガンから生還した母を、映画「コクーン」の老人達に重ねる。2003年12月13日
慌ただしい母の退院    2003年12月10日
間違いだらけの病院ドラマ    2003年12月8日
師走、ビルの端に月疾走す寒の風   2003年12月6日
病院、人生縮図    2003年12月3日
手術は成功 2003年11月28日
手術前日の不安    2003年11月27日
母が元気な内に 絵本を描き上げた。   2003年11月25日
砂時計と漢方薬 2003年11月20日
続ヒイラギ 2003年11月19日
ヒイラギ   2003年11月18日
帰り道を変えれば運命も変わる。2003年11月16日
元気が出る商店街    2003年11月13日
破られていない日めくり暦  2003年11月7日
お台場-写真日記と酉の市    2003年11月6日
肝臓の血管造影とCTスキャン    2003年10月29日
のんびりと雨    2003年10月28日
別れの挨拶    2003年10月24日
装丁が出来た日に再入院の連絡があった。   2003年10月21日
母との会話    2003年10月20日 月曜日
幻臭    2003年10月17日
花イカダ    2003年10月16日
東京の人情    2003年10月14日
老人たちの唄う民謡    2003年10月11日
日々好日    2003年10月5日 日曜日
稲刈り    2003年10月4日
隠れ家    2003年10月3日
紫ツユクサと介護    2003年10月2日
虚空蔵島  2003年10月1日
咳止まり枯れ葉舞い落つ石畳   2003年9月24日
エンドルフィン    2003年9月23日
雨の焚き火    2003年9月21日
見えない人    2003年9月20日
伯父の死とプログレッシブ変換   2003年9月19日
彼岸花の膝痛   2003年9月17日
喪失感    2003年9月16日
老いを受け入れる    2003年9月15日
秋晴れと50肩    2003年9月14日
神経ブロック    2003年9月12日
とりあえず、平穏。    2003年9月11日
平穏    2003年9月10日
別居と孤独   2003年9月8日
幸せの青い鳥    2003年9月7日
母の肝臓ガン  2003年9月6日
モネとツクツクホーシ    2003年9月4日
電動ブラシとヒキガエル    2003年9月3日
夏の終わりに    2003年8月31日
粗末な品が捨てられない    2003年8月30日
ドラネコ    2003年8月28日
メール絶え夕空高く蝉の声
マイツーホーで消し忘れ通報    2003年8月26日
お神楽に三毛猫   2003年8月24日
愛犬の死     2003年8月23日
発汗の場所で年齢が分かる   2003年8月22日
何となく大安吉日     2003年8月19日
お茶擦り器とネコ型ロボット   2003年8月11日
母の元気な写真    2003年8月9日
向日葵の疎らに咲ける野辺の風    2003年8月7日
180度の風景を眺めていると気持ちが癒される。 2003年8月5日
白菊会会員- 献体     2003年8月3日
必要以上に頑張らない。それが自然の摂理。   2003年7月29日
盆踊り    2003年7月28日
長期入院者は牢名主に似ている    2003年7月27日
旧荒川河岸段丘下のユリ根    2003年7月25日
C型肝炎ウイルスが消失    2003年7月23日
手術承諾書と手術計画書    2003年7日22日
甥の命日に寛永寺墓地へ  2003年7月19日
リンパ節郭清とセンチネルリンパ節生検   2003年7月21日
赤紙仁王堂と惑星ソラリス  2003年7月18日
1995年にC型肝炎に感染   2003年7月17日
脱酸素剤と黒ゴマ    2003年7月15日
前立腺にノコギリヤシ  2003年7月13日
入院前日は霧雨であった。    2003年7月8日
漁師町の老人達    2003年7月6日
親孝行    2003年7月4日
バリアフリーの地下鉄南北線を使って病院通い    2003年7月3日
駒込病院での初診、バリアフリーの地下鉄南北線    2003年7月2日
お富士さんと湯島天神での大祓    2003年6月30日
母の入院前に、アメイジング・グレース を聴く   2003年6月29日
入院準備    2003年6月28日
何があっても日々好日    2003年6月22日
肝臓ガンが見つかった  2003年6月16日
雨上がりの自然    2003年6月15日
続々、がん宣告。 2003年6月13日深夜
続、ガン宣告    2003年6月13日金曜日
ガン宣告    2003年6月12日
踏みつけられたアザミ   2003年6月11日
横浜夕景色  2003年6月10日
変遷  2003年6月5日
マルハナバチ、自然の変化。   2003年6月3日
野イバラ    2003年5月31日
銀座とさい銭ドロ   2003年5月28日
ソシアルダンスとタンゴ    2003年5月29日
都営桐ヶ丘団地は、日本の近未来の姿。  2003年5月23日
崖の上の家      2003年5月20日
大根の葉    2003年5月19日
雨の日の怪談    2003年5月16日
どら猫の死に場所は青空の下。   2003年5月14日
ボヴァリー夫人    2003年5月4日
祖母はアウトローであった    2003年5月2日
踏み絵     2003年5月1日
自然の輪廻    2003年4月30日
自然を前にして  2003年4月25日
自然写真家の偽善    2003年4月18日
彫金のオタフク鎚とイモ鎚。2003年4月16日
唐傘の香りとこうもり傘の落下傘。  2003年4月1日
老いを受け入れる心と、冬を迎える心は似ている。 2003年4月14日
家庭用スキャナーの進化  2003年4月10日
メロドラマとお昼の支度    2003年4月7日
桐ヶ丘の桜。2003年3月30日
届くメールは詐欺ばかり。 2003年4月6日
亀池弁財天と健康食品    2003年4月4日
光陰矢のごとし   2003年3月30日
桜の花の満開の下にて 。   2003年3月28日
タレント年鑑と美術年鑑    2003年3月26日
四つ葉のクローバー    2003年3月24日
苦労は人を優しく変える。  2003年3月17日
押し売りに同情される  2003年3月19日
子供の頃のツワブキ採り  2003年3月14日
老いは、モグラ叩きの繰り返し。2003年3月9日
続々--正しい歯科医のかかり方 2003年3月8日
日々是好日   2003年3月2日
歯を失う辛さ。続、正しい歯科医の選び方。 2003年2月28日
童は見たり野中の薔薇    2003年2月27日
魂が花の香りを嗅ぎにやって来た時に・・・ スー族の言葉。 2003年2月26日
宗教と文明の戦い。 2003年2月23日
続 正しい歯科医の選び方   2003年2月21日
正しい歯科医の選び方    2003年2月20日
車椅子の利尿剤    2003年2月6日
車椅子はタイムマシーン。 2003年2月15日
母の女子トイレで、変質者と間違われる。2003年2月13日
早春賦   2003年2月11日
ドバト    2003年2月10日
新発見のゴッホの絵。  2003年2月8日
古いガラス戸と暖簾。 2003年2月7日
れれれのおじさんのフンガイ。 2003年2月3日
初午と節分。 2003年2月2日
そそっかしい母  2003年2月1日
風の音。2003年1月30日
油絵額と飲み会。 2003年1月27日
知らない人からお菓子を貰った。  2003年1月22日
季節の変化を待つ母。 2003年1月20日
役に立たないものは美しい。     2003年1月20日
安納芋と柔らか麺と順天堂さん。 2003年1月18日
女畑の灌漑用水路工事 2003年1月16日
ワープロ専用機 2003年1月14日
乳母車と車椅子   2003年1月11日
五体投地とプリン  2003年1月7日
食べ物と詩集   2003年1月5日
まくわ瓜とメロン 2003年1月4日
結膜下出血 03年1月3日
生々流転。  2002年12月31日〜03年1月2日
冬の自然は彩り豊か。  2002年12月26日
池袋の給水塔。埼京線、人物雑記。 2002年12月14日
浅草寺のおみくじは凶が多い。  2002年12月13日
宴会。ギャラリーニケとカレッタ汐留。 2002年12月11日
北鎌倉、サリーちゃんの草履。 2002年12月8日
医療は究極のサービス業。介護用品。 2002年12月3日
福引き。お台場、りんかい線。 2002年12月1日
上越秋景色、日本海。  2002年11月24日
アメ横は東南アジア。車椅子の問題点。 2002年11月17日
落ち葉焚き。 2002年11月16日
母の腰痛入院。老カップルと柿の実 2002年11月4日
崖の上の家。吉原、遊郭。 2002年8月2日